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第1部 第3章 心優しき魔法使い -海水淡水化装置-

第29話 惚れ直しましたか?

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「えっへへー♪ ツイてるわねぇ、特許契約が転がり込んでくるなんて」

 ノエルは満面の笑みで、歩みを弾ませる。

「でもいいのかい? 権利は君が持ったままのほうが儲かると思うんだけど」

「いーの、いーの。今はすぐ大金が欲しいところだったんだから」

 今朝、宿の食堂でノエルにおれたちの仕事について説明していたところ、例の海運会社のオクトバーが駆け込んできたのだ。

「海水淡水化装置は社内でも大好評でしてな! 是非とも継続して製造したいので、特許契約を結んでいただきたいのです!」

 要は、海運会社のほうで装置の仕組みを模倣した物を作りたいから、発明者と契約して許諾を得たいということだ。

 模倣品を作るたびに一定の使用料が発明者に入ってくる契約か。それとも、発明品の権利そのものを大金で買い取ってもらうか。

 その二択だったが、ノエルは迷うことなく後者を選んだのだった。

「だってさぁ、アタシたちの仕事、とにかくお金がかかりそうじゃん? ふたりとも、装置の材料とか、製造場所の確保とか、お金がかかるところちゃんと考えてなかったでしょ」

 おれとソフィアは頭を下げるしかない。

「……面目ありません」

「うん、面目ない……」

 材料に関しては、買おうとすれば凄い金額になるから、おれとソフィアが素材収集から頑張るつもりでいた。

 時間がかかるが、魔力回路の構築にもどうせ時間がかかるからと、あまり問題視していなかった。

 しかし製造場所に関しては、本当になにも言えない。

 製造に長期間かかる装置を、旅をしながら作ることはできない。それなりの道具と設備を揃えた工房が必要だが、買うにしても借りるにしても、そこでかかるお金は「そのうちなんとかする」としか考えていなかった。

「ちょっと情熱が先走りすぎてたみたいだ。次はちゃんと経費を計算して、計画を立てるよ」

「まあ、無一文でぶっ倒れたアタシが言うのもなんだかなーって感じだけど。それより買い物、買い物♪」

 今日の午後にはメイクリエ王国行きの定期便に乗る予定だ。

 その前に気分転換も兼ねて、必要な物を買いに来たのだ。

 買い物を始めて、数十分後。

「ごめん、ショウ、ちょっと腕貸して」

 遠慮がちにノエルはおれと腕を組んだ。

「しょうがないな。君は美人な上に服装もセクシーだから目を引くんだよ」

 初めこそひとりで買い物していたノエルだったが、何度もナンパされて困っていたのだ。

 おれと腕を組んでいれば、声はかけられない。

「ごめんね、少しだけだから」

 謝りつつも、口元がわずかに緩んでいる。

「…………」

 ソフィアは黙ってついてきていたが、やがて立ち止まった。

「ソフィア?」

 おれを見上げるソフィアの表情は冷静そのもので、久しぶりに――本当に久しぶりに、何を考えているのか読めないものだった。

「すみません。是非とも買いたい物がありますので、行ってきます」

「なら一緒に行こう。こっちの買い物はもうすぐ終わるし」

「ショウさんは、ノエルさんといてあげてください。お昼の鐘が鳴る頃、噴水広場で待ち合わせしましょう」

 有無を言わせぬ雰囲気で、さっさと行ってしまう。

「あ……」

 ノエルはおれから離れた。申し訳なさそうに眉をひそめる。

「今のはちょっとフェアじゃなかったな……」

「どういうこと?」

「んー、女の子の秘密」

「?」

 よくわからないが、ソフィアは機嫌が悪いのかもしれない。

 おれはさっさと買い物を済ませて、指定された噴水広場へ急いだ。

 とはいえ、どうしたものか。 

 ソフィアが機嫌を損ねるなんて初めてのことだ。どうすればいいか、まるでわからない。

 ノエルは荷物を整理すると言って一旦宿に戻っている。おれは心細さを感じながら、ソフィアが来るのを待っていた。

「……お待たせしました」

 やがて声をかけられて、おれは振り返る。

 思わず息を呑んだ。

 とびきりの美少女がいた。

 青みがかった銀髪のショートヘアに、よく映える青い大きなリボン。白く清潔感のある半袖のブラウス。首元には可愛らしく長めに蝶結びしたタイ。上品なハイウェストスカート。

「……ソフィア?」

「はい、ソフィアです」

 普段の実用的な服装とは違う女の子らしい姿に、一瞬ソフィアだとわからなかった。

 ただでさえ美少女のソフィアが、こんな可愛い服装をしていたら、相乗効果で美少女以上のなにかに見えてくる。

 天使かな?

「いかがでしょうか?」

「あ、ああ……可愛いよ、凄く……」

「はい、ありがとうございます」

 ソフィアは、おれをじぃっと見つめてくる。

 見惚れてなにも言えずにいると、ソフィアは思い切ったように飛びついてきた。

 おれの腕に、自分の腕を絡ませて密着する。

 頬を赤らめつつ、黄色い綺麗な瞳で見上げてくる。

「……惚れ直しましたか?」

 返答に困る。顔が熱くなり、胸がドキドキしてくる。

 その胸にソフィアが顔を当ててくる。心音が聞かれてるかもしれない。

「えっと、その……」

 するとソフィアは顔を上げて、悪戯っぽくペロリと舌を出す。

「……なんちゃって、です」

 そっと離れて、微笑みを見せる。

 天使じゃなくて、小悪魔だったか……。

 でも数日ぶりに冗談を仕掛けられて、なんだか嬉しくなる。自然と笑みが溢れる。

「ソフィア、今のは悪質だと思う」

「ノエルさんと腕は組めても、わたしとは嫌ということですか?」

「いや、どっちも嬉しいけど……」

「ノエルさんが羨ましくて、ついやってしまいました」

 そうか、ノエルの影響か。

 ソフィアも女の子だ。ノエルのような目立つ美人がそばにいて、自分もおしゃれしたくなったのだろう。

 それで新しい服を買って、はしゃいでいるのだ。

 そこで正午を知らせる鐘が鳴る。

「おっと、出航まであんまり時間がないな。ソフィア、行こう」

 手を差し出すと、ソフィアは上機嫌にその手を取った。

「……はい!」

 機嫌は治ったみたいで良かった。いや、そもそも本当に不機嫌だったのだろうか。

 女の子はよくわからない。

 ともかくおれたちは、一時間後には船に乗り、港町ディストンに別れを告げたのだった。
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