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後日談
5年後 Side E
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涼を求めて逃げ出した人いきれ、開けたテラスには先客がいた。
「…あら?」
声を上げた女の周囲をうかがう。
「…一人か?ロベルトは?」
「後から。…何か、飲むものを取ってくると。」
「…ふん。」
女の頭が、僅かにかしぎ、
「シンシア様は?ご一緒ではないのですか?」
「…知己に会って、話がはずんでいる。」
「そうでしたか。…では、後ほど、ご挨拶させていただきますね。」
「…ああ。」
「…」
沈黙した女を改めて眺める。この女と、こんな風に穏やかに話をしたのはいつ以来だろうか。かつては、この女が隣に居ることが当然で、その瞳には常に―
「…悪かった。」
「え…?」
「…私は、良い夫ではなかった。」
「…」
「お前に、理不尽を強いた。すまなかった。」
「…謝罪は、必要ありません。」
女が笑う。
「どうしたんですか?エドワード様。いきなりそんなことを。」
「いきなり、ではない。…いつか、謝りたいと思っていた。」
「そう、ですか。…でも、本当に謝罪は必要ないんです。」
「…」
「私は、…そうですね、エドワード様に、すごくすごく、後悔して欲しかったんです。」
「…後悔。」
「ええ。…後悔、されました?私に『理不尽を強いた』こと。」
「…ああ。」
心からの肯定に、女が鮮やかに笑う。
「でしたら、もういいです。それに…」
「…」
「私にとっては『良い夫』ではありませんでしたが、シンシア様にとっては良い夫でいらっしゃるでしょう?それに、ジェシカ様の良い父親ではありませんか。」
「…」
「…エドワード様?」
女の言葉に、咄嗟に返す言葉が浮かばない。
「…お前にとって、あいつは…、ロベルトは…」
「ええ。文句なく良い夫です。」
「…」
「あ!それから、子どもたちにとっても最高の父親ですからね、もちろん。」
弾む声に、苦い思いがこみ上げる。
子ども―
もしも、あの時、あと数ヶ月、いや、ひと月でも―
「…アベルは…」
「元気にしています。産まれたばかりの下の子の面倒も良く見てくれて。」
「…三人目、だったな。」
「はい。」
「…二人目は、赤銅、だっただろう?」
「…」
「三人目は?」
問いに、女が笑う。口を開く刹那、聞こえたのは別の、男の声―
「…俺にそっくりだよ。…少し、赤味がかってはいるかな。」
「…ロベルト。」
「…イリーゼ、ごめん、待たせた。」
男が女に寄り添う。当然の顔をして。受け取ったグラスに口をつけた女が、顔を上げる。その瞳の先にあるのは―
「…あの子は、淡い『ストロベリーブロンド』よ。父親によく似て、『王子様』みたいな。」
「…君が、そう言うなら。」
女が男を見つめる瞳。そこに映る感情を知っている。かつて、同じものを向けられていたのは―
「…イリーゼ、そろそろ中へ。身体が冷える。」
「ええ。」
「…ではな、エドワード。失礼する。」
「…ロベルト。」
「何だ?」
振り向いた男が、女を先に中へと促す。
「…アベルは、私の子だ。」
「…」
「私は、お前が憎い。」
私から…を奪ったお前が―
「…では、ずっと憎んでいてくれ。」
「…」
「アベルを、…イリーゼを、お前に奪われる間抜けを晒すつもりはない。」
背を向けた男が、扉の向こうへと消えていく。ガラス越し、女に寄り添う男の背で、光が淡く煌めいた。
「…あら?」
声を上げた女の周囲をうかがう。
「…一人か?ロベルトは?」
「後から。…何か、飲むものを取ってくると。」
「…ふん。」
女の頭が、僅かにかしぎ、
「シンシア様は?ご一緒ではないのですか?」
「…知己に会って、話がはずんでいる。」
「そうでしたか。…では、後ほど、ご挨拶させていただきますね。」
「…ああ。」
「…」
沈黙した女を改めて眺める。この女と、こんな風に穏やかに話をしたのはいつ以来だろうか。かつては、この女が隣に居ることが当然で、その瞳には常に―
「…悪かった。」
「え…?」
「…私は、良い夫ではなかった。」
「…」
「お前に、理不尽を強いた。すまなかった。」
「…謝罪は、必要ありません。」
女が笑う。
「どうしたんですか?エドワード様。いきなりそんなことを。」
「いきなり、ではない。…いつか、謝りたいと思っていた。」
「そう、ですか。…でも、本当に謝罪は必要ないんです。」
「…」
「私は、…そうですね、エドワード様に、すごくすごく、後悔して欲しかったんです。」
「…後悔。」
「ええ。…後悔、されました?私に『理不尽を強いた』こと。」
「…ああ。」
心からの肯定に、女が鮮やかに笑う。
「でしたら、もういいです。それに…」
「…」
「私にとっては『良い夫』ではありませんでしたが、シンシア様にとっては良い夫でいらっしゃるでしょう?それに、ジェシカ様の良い父親ではありませんか。」
「…」
「…エドワード様?」
女の言葉に、咄嗟に返す言葉が浮かばない。
「…お前にとって、あいつは…、ロベルトは…」
「ええ。文句なく良い夫です。」
「…」
「あ!それから、子どもたちにとっても最高の父親ですからね、もちろん。」
弾む声に、苦い思いがこみ上げる。
子ども―
もしも、あの時、あと数ヶ月、いや、ひと月でも―
「…アベルは…」
「元気にしています。産まれたばかりの下の子の面倒も良く見てくれて。」
「…三人目、だったな。」
「はい。」
「…二人目は、赤銅、だっただろう?」
「…」
「三人目は?」
問いに、女が笑う。口を開く刹那、聞こえたのは別の、男の声―
「…俺にそっくりだよ。…少し、赤味がかってはいるかな。」
「…ロベルト。」
「…イリーゼ、ごめん、待たせた。」
男が女に寄り添う。当然の顔をして。受け取ったグラスに口をつけた女が、顔を上げる。その瞳の先にあるのは―
「…あの子は、淡い『ストロベリーブロンド』よ。父親によく似て、『王子様』みたいな。」
「…君が、そう言うなら。」
女が男を見つめる瞳。そこに映る感情を知っている。かつて、同じものを向けられていたのは―
「…イリーゼ、そろそろ中へ。身体が冷える。」
「ええ。」
「…ではな、エドワード。失礼する。」
「…ロベルト。」
「何だ?」
振り向いた男が、女を先に中へと促す。
「…アベルは、私の子だ。」
「…」
「私は、お前が憎い。」
私から…を奪ったお前が―
「…では、ずっと憎んでいてくれ。」
「…」
「アベルを、…イリーゼを、お前に奪われる間抜けを晒すつもりはない。」
背を向けた男が、扉の向こうへと消えていく。ガラス越し、女に寄り添う男の背で、光が淡く煌めいた。
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