三原色の世界で

リコピン

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第四章

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結局、アベルのお披露目会は-老公の提案にありがたくのせてもらう形で-王都の寒さが最も厳しくなる時期に行うことになった。「少しでも参加者が減ればいい」という消極的な思惑は完全に外れ、欠席する招待客もなく、屋敷のホールは人いきれで息苦しいほどにごった返している。

(…厳選してこの人数、だものね。)

一度のお披露目で終わらせたかったので仕方がないとは言え、興奮冷めやらぬ様子の人々から次々に祝いの言葉を贈られ、若干の疲れを感じ始めていた。

招待客に挨拶してまわるロベルトの隣で密かに意識を飛ばしつつ、考えるのは、本日の主役のこと。

(…ちゃんと、寝れてるといいんだけど。)

本人の預かり知らぬところで主役としての大役を果たしたアベルは、最初の挨拶だけに顔を見せ、既に、与えられた寝室へと戻っている。寝かせつけは乳母代わりの侍女に任せてしまっているが、いつもと違う空気に興奮していたアベル、今夜の寝つきは悪いかもしれない。

不意に心配になって、

「…ロベルト、私、一度、アベルの様子、見てきてもいい?」

挨拶の途切れた間に、小声でロベルトに問いかける。

「ああ。こっちは問題ないから、寝るまでつきあってやるといい。」

「うん、ありがとう。行ってくる。」

ロベルトの言葉に人波を抜けてホールの外へと向かった。ホールの扉を抜け、冷えた空気に触れてホッと一息つく。灯りの少ない廊下を階段へと向かっていた、その途中-

「っ!?」

「騒ぐな。」

(誰っ!?)

突然、背後から腕をひかれた。咄嗟にあげそうになった悲鳴は、背後から抑え込まれた手に阻まれる。

「…乱暴はしない。」

(…この、声…)

抑えられた声ではあったけれど、今度は、その声の正体がはっきりと分かった。今日の招待客の一人、侵入者ではないことに、ひとまず、安堵はしたが-

(…赤の不和が噂されないように、一応、呼んだけど…)

今さらながら、招いたことを激しく後悔する相手。逃れようとしても、押さえられた身体はびくともしない。

「…話がしたいだけだ。声を上げないと約束するなら、手を離す。」

「…」

心臓は未だバクバクしているし、恐怖の代わりに怒りがわいてきている。それでも、このままでは埒が明かないというのもわかるから、男の言葉に頷いて、同意を示した。

ゆっくりと離されていく手、最後は振り切って、背後の男から距離をとる。振り返った暗がりに浮かんだ長身を見上げれば、

「…突然、悪かった。」

「…なんの御用です。エドワード様。」

「君と、二人で話がしたかった。」

「だとしても、もっとまともなやり方があったのではありませんか?」

表情の見えないエドワードを睨むが、彼は無言のまま。

「…」

「…はぁー。…もう、いいです。時間が無いので、話があるならさっさと済ませてください。」

言いながらも、さりげなく周囲を確認する。大声を上げればホールに届く距離、最悪、醜聞となろうが大騒ぎしてやろうと決めてエドワードに視線を戻せば、

「…なぜ、子どものことを黙っていた?」

「子ども、ですか…?」

誰のことを言っているのだろうと、わからない振りでしらを切る。「あなたに関係のある子など居ないだろう」という、これは皮肉なのだが、ちゃんと伝わっているだろうか。

「…あの子…」

「あの子?」

彼の意図を察しない、愚鈍な女の反応に、エドワードがイラつきを見せる。

「…アベルのことだ。」

「アベル、ですか?アベルのことで、何を黙っていたと?」

あなたに何を知らせる必要がある?何を咎められることが?そう続く言葉は胸の内で吐き捨てて、独り合点してみせる。

「ああ、お披露目が遅くなってしまったことを言っています?」

「…」

「それについては、こちらにも事情がありました。あの子は月満たずで産まれ、身体が弱かったものですから。お披露目は時期を見てからと、」

「いくつだ。」

「…」

「あの子の正確な歳は?産まれたのはいつだ?」

「…」

核心を突こうとしてくる言葉に、一拍おいて答える。

「…一昨年の、九月に産まれました。もうすぐ、一歳四ヶ月になります。」

「九月…」

「…」

考える様子を見せるエドワードに対して、相反する思いが沸く。

(気づけばいい―)

離縁したタイミングを考えれば、完全には否定出来ない可能性。最後の時を覚えていれば、自分が下した判断の愚かさがわかるはず。悔いて嘆いて、跪いて許しを請うて欲しい。だけど、

(気づかないで―)

あなたの愚かさが招いた結末、何より大切な二人を失いたくはない。

だから、どちらにしろ―

「率直に言おう。」

「…」

「あの子は、私の子、だな?」

疑問の形をとりながらも確信しているエドワードの言葉に、総毛立つ。

(それが…、あなたが出した結論。)

身震いするほどの歓喜と恐怖に、投げつけたい思いが振り子のように揺れる。だけどー

「違います。」

どちらにしろ、私の答えは一つ。

「…違わないだろう。あの子は間違いなく私の、ソルフェリノの子だ。」

「いいえ、アベルはロベルトの子です。」

一片の戸惑いも、疚しさもなく、断言できる。

(だって、そうでしょう?)

不満をありありと顔にのせた男を、昂然と見上げてやる。

私が、体の不調に食事もろくにとれなかった時も、抱えたものの大きさに押し潰されそうになった時も、産みの苦しみに泣いてしまった時でさえ、傍に居てくれたのはロベルトだった。

(あなたじゃない…)

夜中に泣いて起きるアベルを抱いてあやしたのも、あの子の口に初めての食事を運んだのも、歩くのが覚束ない小さな背中にずっとついて回ったのだってー

(全部、全部、ロベルトだった…)

彼が積み上げたもの、私達にくれたもの、それが私達を家族にした。

だから、あなたの入り込む余地など無い-

「…お話が以上でしたら、お引き取りを。」

「待て、話はまだ、」

「もし、アベルの出生にお疑いがあるのでしたら、国への届け出をご確認ください。後は、あの子を取り上げた者の証言もございます。」

「そんなもの、いくらでも偽証可能だろう。無意味だ。」

「本当に?」

彼の心証がそうであっても、仮に裁判にでもなれば、それらは確実な証拠になる。裁判沙汰になどしたくはないし、そもそもエドワードも裁判には出来ないとわかっているはず-

「…ねぇ、エドワード様?あなたは何をなさりたいのですか?」

「…」

「あなたの主張の、結論は?」

「…アベルを、私の養子に、」

「ハッ!」

あり得なさすぎて笑った。この男は、アベルから父親だけではなく、母親も奪うと言っているのだ。アベルを、自身とあの女の養い子にするとー

「お断りします。」

「…」

どこまでもこちらを馬鹿にした主張に、思考が冷えた。

「エドワード様、あなたのそのお考えは、シンシア様も承知されているのですか?」

「…いや。」

「シンシア様にはお子様が産まれるのですよね?あなたの子が。」

「…」

「ご家族の元へお帰り下さい。」

「…」

「お帰りはあちらです。」

告げると同時、エドワードに背を向けた。今度は、引き留められることもない。いつまでも背中に感じる視線には振り向かず、階段を駆け上がった。




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