三原色の世界で

リコピン

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第一章

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意図して招いた沈黙、驚愕に見開かれていた碧の瞳がゆっくりとすがめられ、

「…馬鹿にしているのか?」

ゾッとするほどの低音が響いた。抑えられ、それでも消せない冷たい怒りを滲ませる声に、心臓が騒ぐ。

「…いいえ。馬鹿にしているわけでも、冗談を言っているわけでもありません。」

「ではなぜ、そんな話になる。…俺と、結婚だと?」

「…」

最後に溢した言葉、自分で言って痛そうな表情かおをするのは、卑怯だと思った。何を言えばいいのか、わかならくなる。不用意な言葉で彼を傷つけたくないと思ってしまうから。

(七つも年上の、男の人なのに…)

ただ、その年上の男は、赤の一族宗主に連なる爵位持ちでありながら、未だ独身、今までに一人の婚約者も得たことがない。それも全て、その髪色ゆえに。誰にも選ばれず、認められず。

逸らされたままの横顔に滲む表情に、かつての自分の姿が重なる。だけどきっと、こんな風に鬱屈した思いを相手に悟られることさえ、本来なら許せないはず。私ならそう、だから―

「…賭けだと、言いましたよね?」

「俺との結婚が何の賭けになる?」

猜疑に満ちた視線が、だけどこちらを向いたから、受け止める。

「私、妊娠している可能性があるんです。」

「!?」

視線が、素早く、こちらの薄い腹に向けられた。向けられたところで、そこに何かしらの兆候を見て取れるわけではないが、何となく彼の視線を追って、自分でもそこへ視線を向けてみる。

最後にエドワードと夫婦の交わりを持ったのが、二週間ほど前。月のもので判断するにもまだ僅かに早い。そもそも、体質的に月のものが遅れることもしょっちゅうで、判断がつくにしても数ヵ月は先のこと。

「…父親は、誰だ…?」

掠れた声で問われて、顔を上げる。腹部を凝視したままのロベルトはどこか心ここに在らずで、そのせいか、中々に最低な発言をしてくれた。

「子が出来ていれば、、エドワード様の子です。」

「…あいつは、知らないのか?」

こちらの嫌味にも気づかずに、そう聞き返してくる。

「…知るも何も、私もまだ、全く判断がつかないんです。」

お腹ここに居るのか、居ないのか、本当にわからない。

ロベルトの視線がゆるゆると上げられ、それから私の瞳に向けられた。赤の一族が望む色に近い、翠の瞳。視線が絡む―

「…あなたの婚姻を、人生を賭けてみるだけの価値はありませんか?」

言って、腹に手をおく。

ここに、私とエドワードの血をひく子がいるかもしれない。更に、その子が紅紫こうしに翠を持つ可能性は、一体どのくらいだろうか―

(流石にそこまで望むのは、圧倒的に分が悪いけど。)

そして、この賭けには、前提条件として子の「父親」の存在が必要になってくる。例え望む子が産まれようと、私が未婚のままでは戦うこともできずに、子どもはたやすく奪われてしまう。それでは復讐にならない。公爵家への防波堤となってくれる父親がいて初めて、復讐かけが成立する。

必須なのだ、ロベルトのベットが―

「ロベルト様?…それとも、他の男の子どもがいるかもしれない私との婚姻は考えられませんか?」

「…」

返らない返事を焦れた思いで待つが、これだけは彼にもちゃんと考えてもらわなくてはいけないから、黙る。ロベルトが、エドワードの子を受け入れられるのか。出来なければ―

「…なぜ、俺なんだ?」

返事の代わりは別の問いだったけれど、その問いに返す答えは決まっている。

「未婚で婚約者もいない貴族階級の人間で、エドワード様の言いなりにはならない、…むしろ、彼とは対立する立場の知り合いがあなたしかいなかったから。」

「…」

それから―

「…、子どもの父親になって欲しいと思ったから。」

「…」

本気だけど、答えにはなっていない言葉に、ロベルトの反応は薄い。

だから、いくつもの思いの中、彼にも一番理解できるであろうヒントを一つ。私の中で最も醜く、エゴに満ちた望みを曝す。

「…ロベルト様、これは復讐なんです」

「!」

復讐だから、あなたを巻き込むー

「もし本当に、ここに子がいるとして、ねえ、ロベルト様、エドワード様に心の底から悔いてもらうのに一番効果的な方法って何だと思います?」

我が子に、父親だと名乗ることさえ許さない―

彼が気づいた時には、子どもには既に父親がいる。彼が格下だと侮り、容易く排除できると思っている存在ロベルトが、彼の子の父親だ。

描いて見せた可能性に、ロベルトがぐらついているのがわかる。押しきれそうだと思った最後の一線で、ロベルトが躊躇いを口にした。

「…子が居るかもわからない段階では早計過ぎないか?…婚姻は、妊娠が確定してからでは駄目なのか?」

「それも、一応、考えたのですが。」

それでもやはり、確定してからでは遅い。

「出産時期が誤魔化せる内に再婚しておかないと、明らかに父親が違う、ということになってしまうので。」

だからこそ、「賭け」なのだが。

「…もし、子どもが出来ていなかったらどうするつもりだ?」

「駄目なら、他の手を考えます。」

一度賭けに負けて、それで復讐自体を諦めるつもりはない。

「だが…、それなら、俺と結婚する必要は…」

「一人より二人の方が出来ることも多いですし、私は、復讐の相棒としても、あなたがいいと思っています。」

「…」

じっと見つめて真意を探ってくるから、こちらから目はそらさない。

先に視線をそらしたのは、ロベルトだった。

「…本当にいいんだな。」

「はい。」

床を見つめたまま溢された言葉に頷いた。

やがて、顔を上げ、こちらを向いたロベルトの表情、浮かべたのは凄惨な笑み。端正な顔を凄絶に歪めて、

「…いいだろう、賭けにのってやるよ。」

「では…」

「ああ、あんたと、…結婚してやる」

「…ありがとうございます。」

顔が、自然と笑う。思っていた以上の達成感。多幸感に満たされて、戻らなくなってしまった顔のまま、一歩を踏み出す。

「それでは、」

企みを、始めましょうか、旦那様―?





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