孤狼に愛の花束を

柚子季杏

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孤狼に愛の花束を (14)

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 クリスマスに向けての商品は、夏の終わりに焼きを済ませて、納品も既に済んでいる。今の時期に取り掛かるのは、二月・三月の婚礼で使用する小物類が主だ。
 爺さんが生きていた頃には、受注数もそれなりにこなしていたけれど、独りになった今は受ける数も絞っているのが現状だった。有り難いことに、それなりに需要があるらしい作品作りのおかげで、暇を持て余すということも無かった。
 あまり儲けに関してのこだわりは無かった。俺一人が生活出来る収入があれば良いし、アチラの世界からも守役としての毎月一定額の振込みがあるから、生活が苦しいと思うことも無い。何なら古びた家を建て替えるだけの蓄えもあるくらいだ。
 受注数を減らしたせいか、俺の作る小物は限定商品ということで、以前よりも商品価値が出て来ているらしい。作品の完成に合わせて式を挙げる新郎新婦もいるのだと、担当の業者がまるで自分の事のように胸を張っていた。
「人間も大変だな」
 元が獣の俺には、式だ何だと見栄を張りたがる気持ちが良く分からない。コイツだと想い合えるパートナーと巡り会えたのなら、その相手と一生を共にするという覚悟が出来たなら、ただそれだけでいいように思う。
 とはいえそのおかげでこうして仕事が途切れること無くもらえるのだから、余計なことは口にはしない。人間なんかと世間話をする気も無いから余計に。

 今回頼まれているのは、薔薇の花を土台にしたカードスタンドだ。スタンド部分は業者に引き渡した後に、どこかに回して取り付け作業を行なうらしい。俺の仕事はその土台となる部分を作るのみ。
 こうした細かい商品は、ひとつひとつに時間が掛かる。全て自分の手で作るから、同じ型の物や同じ焼き上がりになる物は無い。
 ふるいにかけて雑多な物を取り除いた土に水を含ませ、元の粘土質状態の土へと戻していく。
 加える水が多過ぎても少なくても、胎土としては使えなくなる。少しずつ量を調節し、ひと塊になったところで脱気し、土に含まれている空気を取り除くために、固い板の上に何度も打ち付け、土の中身を真空状態にするのだ。
 一番気を使うのが焼きの作業ならば、一番体力を使うのはこの脱気の作業かもしれない。余り多くを作っても、乾燥してしまって使い物にはならなくなるため、一度に使い切れる量だけしか作らない。
 今日の作業で使う分のひと塊をまとめ終えたところで、作業小屋の扉が勢い良く開かれた。
「おはよう、銀さんっ!」
「ッ……ああ」
 外の冷たい空気と共に小屋へと飛び込んで来たのは、小太郎の威勢の良い声だった。三度目ともなると驚きも軽減されるが、本当に来たのかと呆れる思いと、ほんの少しホッとしている自分に、小太郎が訪ねて来ることを待っていたのだと気付かされて心地が悪い。

「あ、ごめんね銀さん。オレもしかして邪魔しちゃった? こっちから音聞こえたから、直接来ちゃったんだけど――」
「いや……そろそろ休憩にしようかと思っていたところだ」
 驚きと心地の悪さを取り繕いつつ、平静を装って答える。
 小太郎を気遣った訳ではない。自分が他人に振り回されていることを認めるのは、どうにも癪に障るからだ。
「そっか、良かった! オレさ、シローちゃんに教わって弁当作ってきたんだ。銀さん一緒に食べようよ」
「……弁当?」
「だって夕方までいるつもりだし、弁当くらい持ってくるのが当然じゃん? だから、銀さんの分はオレのついで! ね?」
 この間俺の言った 『これきりにしてくれ』 という言葉を思い出したのだろう。眉を寄せながら聞き返した俺に向けて、小太郎が慌てた様子で弁解を始める。
「本当、銀さんの分はオレの分のついでに作ってるだけだし、おまけみたいなもんだから! そりゃあ邪魔はしないつもりだけど……お世話になるんだし、これくらいはいいでしょ?」
 小太郎が余りに必死に言葉を並べ立てるものだから、返す言葉に詰まってしまう。
「お前が無理をしてないと言うなら、食べるくらいはしてもいいが……」
「やった!」
「だからと言って、俺は別にお前に構うことはしないぞ?」
「うん、分かってるって」
 呆れ半分で答えた俺に、小太郎は満面の笑みで頷くのだからどうしようもない。どれだけ俺が小太郎のペースに乗らないようにと気を引き締めたところで、その上から次々に驚きが降ってくる。

 これまで俺が出会って来た他人の中には、仏頂面で無愛想な態度を取る俺に対して、これほど食い込んでくる輩はいなかった。
 気を悪くするか、そうでなかったとしても、俺が深い付き合いを望んでいないことを悟れば、一歩引いた立ち位置で接する相手ばかりで。
 俺にとってもその方が楽だったし、こちらから距離を縮めたいと思ったこともなかっただけに、小太郎のように引くこともせずに接して来られること自体が初めての経験だった。

「後でこの辺ちょっと片付けてもいい?」
「……好きにしろ」
 小屋の隅にある流しで手の汚れを落とす俺に、背中から声が掛かる。ちらりと振り返れば、半土間になっている棚の前のスペースを眺めて、小太郎が瞳を輝かせていた。
「よぉしっ、オレが今日やる事、決定だ」
「余りうるさくするなよ」
 律儀に返事をすることも無いはずなのに、楽しげな小太郎の声を聞けば、黙っているのが悪いような気すらしてしまう。
「本当は今日さ、もう少し早く来ようと思ってたんだけど……料理なんて初めてしたから時間が掛かっちゃって」
「……食えるのか?」
「銀さんてば失礼だな! 言ったろ、シローちゃんに教えてもらいながら作ったんだから大丈夫! ちゃんと味見もしたし!」
 少し照れながら弁当を広げる小太郎の隣に腰を下ろし、間に置かれた弁当の説明を受ける。初めて作ったなどという話を聞かされれば、怪訝な表情になるのも仕方が無いと思うのだが。
「分かったから少し黙れ」
「っ……もぅ……まあ、いいけどさ」
 ムキなって頬を膨らませる目の前の小太郎の頭を、宥めるように軽く叩けば、むくれていたはずの小太郎の頬が薄っすら赤く色付いた。

「えっと、ちょっと焦げたんだけどね、たまご焼きと、ウィンナー茹でたのと……あっ、おにぎり! 中は梅干とおかかにした」
「……味は、見た目ほど悪くは無いな」
「良かったあ!」
「お前も食うんだろ?」
「うんっ、いただきまぁす」
 俺が口を付けるまではと、感想を待つ小太郎の視線に根負けし、焦げたたまご焼きを口へ放り込む。ほんのり甘く少し焦げ臭いその味が、やけに懐かしさを感じさせた。


「銀さん流し借りてもいい? 軽く洗って帰りたいんだけど」
「好きに使え――まあ、美味かったよ」
「……えへへ……来週も作ってくるから!」
 小太郎の弁当を食べ終わり、作業へと戻りながら礼を伝える。さすがに礼儀すら知らずに済むほど、他人との付き合いが皆無なわけではない。
 俺が告げた言葉に一瞬目を丸くした小太郎が、すぐに照れ臭そうな笑みを見せるから、その後何も言えなくなってしまう。
「あっ、そうだ! 銀さん、この間もらったカフェオレボウル? あれね、すっごく好評だった! みんな喜んでたよ、ありがとうっ」
「そうか」
「それとね、袋もくれたでしょ? あれさあ、オレどっかで見たことある気がするなあって思ったらさ、オレの大好きな絵本描いたイラストレーターさんの絵だったんだよ! もう超ビックリした!」
 流しでざっと弁当箱を洗い終えた小太郎が、興奮した様子で戻って来る。最初に話そうと思っていたのに今まで忘れていたのだと、鼻息も荒いその様子に、思わずこちらがたじろいでしまうほどだった。
「あ……ごめん、うるさかったよね」
「――気に入ったんならそれでいいさ」
「うんっ。じゃあオレ、もう邪魔しないから! 片付けさせてね?」
 呆気に取られる俺に気付いた小太郎が、我に返ったのか途端に一歩引き下がる。
 今の今までこちらが引くくらいに勢い良く喋り続けていたというのに、この変わり様。俺の苦笑いに嬉しそうに微笑を返した小太郎は、元気良く棚の片付けへと気持ちを切り替えたようだ。
 箒とか雑巾とか適当に借りちゃうね、と鼻歌交じりに離れていく姿が、独りきりでは無い空間を余計に意識させた。

(全く――どうしようもないな)

 平静を装おうとしても、気付けばアイツのペースに振り回されている。
 そんな自分に驚きながらも、いつの間にか小太郎という存在を受け入れてしまっているのだから、本当にどうしようもない。


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