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第二十ニ話

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 第二十ニ話

「最近兄さんが妙にご機嫌っていうか。ちょっと気持悪いんですよぉ。」

 私の髪を結いながら、侍女のリンが口を尖らせた。それを聞いて私はニヤニヤしそうになるのを必死に堪える。

「そうなの?何か良い事でもあったんじゃない?」

「私もそう思って聞いてみたんですけど、何でもないって。兄さん元々無口だし、なんにも教えてくれないから。でも絶対何かあったはずです!」

 リンは収穫祭の日私のために料理をしていたのでヤンとリースがデートしたことを知らないのだ。

 あの日二人がどんな風に過ごしたのかは私も知らない。でも、収穫祭の次の日からリースの髪には美しいかんざしが……。リースに聞いてもきっと教えてくれないだろうし。私はそれをニヤニヤしながら眺めている。

「何があったか分かったら、私にも教えてね。」

「わかりました!」

 * * *

「それでね、リン。今日はお願いがあるの。」

「はい!なんでも言ってください!」

 私の前にリンがピシッと正座をする。その様子が可愛いけど、そんなに大げさなことじゃないのに。

「図書館に行ってきてほしいの。本当なら私が直接行きたいんだけど…。」

「それはダメです。閣下からリコリス様お一人での外出は控えるようにと言われております。」

 そうなのだ。なぜかここ最近私の外出が制限されている。すぐ側の王城に行くのでさえ使用人を必ず二人連れていかなければならず、さらに護衛騎士も付けるようにと言われている。
 今日はリースが買出し、ヤンがシュウ様の屋敷へ行っているため私は外出ができない。

「なんの本を借りてくれば良いですか?」

「伝説の天女様について知りたいの。天女様が作り方を教えたっていう風車について、詳しく書かれた本があればそれも借りてきてほしいわ。」

「わかりました!お任せください!」

 元気な返事を残し、リンは颯爽と出掛けていった。






「やっぱり…そうかもしれない…。」

 リンは図書館から天女に関するあらゆる本を借りてきてくれた。それは子ども向けの絵本から、演劇の台本のようなものまで多岐に渡っている。
 その中から私は天女と共に風車作りに携わった技師の伝記を見つけた。

 その本は突然現れた天女への戸惑いや疑いから始まり、彼女の知識に圧倒され、その知識を国のために役立てたいという想いに賛同するところまで細かく記録されていた。
 
 彼女の残した風車の設計図、歯車や水車の仕組み。全て私の前世で見たことのあるものばかりだ。

「彼女は…私と同じ転生者だ。」

 そして風車を作り、ドラガニアの土地が美しく生まれ変わっていく中で彼女が突然姿を消したことが書かれている。

 他の本を読んでも、なぜ彼女が突然このドラガニアの地を離れたのかは書かれていなかった。

「彼女は…、…………。」

「リコリス。」

 その時私は自分の考えに夢中になりすぎて、声をかけられたことにも気付かなかった。

 気がつくと私の背後から大きな影が手元に写っている。

「リコリス…。」

「わぁああああっ!!!」

 いきなり背後に現れたシュウ様に、私は飛び上がるほど驚いた。私の様子を見て、シュウ様も固まっている。

「シュウ様?!いつの間にいらっしゃったのですか?」

「ヤンが声をかけたのだが反応がないと言われた。さっき声をかけたのだが…、驚かせてすまない。」

「全然気づきませんでした。こちらこそ声をあげてしまってすみません。」

 驚いたとはいえ、あんなに大声を出すなんて。恥ずかしい。

「何を読んでいたんだ。」

「天女様のことをちゃんと知りたいと思いまして。この間見た風車のことも調べていました。」

「君は風車を見て何か考え込んでいたな。思い詰めた顔だったから心配していた。」

 私はあの時そんな辛そうな顔をしていたでしょうか。シュウ様に心配をかけていたなんて知らなかった。

「今日は君に伝えたい事があってきたんだ。」

 私の右手をシュウ様の大きな手が優しく包み込む。そのまま窓辺に置かれたソファに並んで腰掛けた。

「バーミリオン公爵と、君の姉。いや元姉か…。二人がドラガニアに来ることになった。勝手に話を進めてしまって申し訳ない。」

 突然のことに何と言えばいいのか分からなかった。もう二度と会うことはないと思っていたから。

「……どうしてあの人たちが?」

 私を蔑む父の瞳、気持ち悪いと罵る姉の声。震える手をシュウ様がぎゅっと握ってくれる。

「君を悲しませることには絶対ならない。それだけは信じてほしい。」

 大きな手を握り返した。ここに私の大切な人がいる。それだけで私は少しだけ強くなれる。

「これから話すことはこの国の重要機密だ。しかし、君にも無関係ではない。だから聞いてほしいんだ。」

「シュウ様。私にも聞いてほしいお話があります。」

 この2つの話は、きっと無関係ではない。

「もしかしたら信じてもらえないかもしれません。それでもシュウ様に聞いてほしいのです。」

「君が何を言ったとしても信じる。俺の婚約者は嘘を吐くような人ではないからな。」

 その漆黒の瞳はどこまでも真っ直ぐに私を見つめていた。私はいつの間にか一番欲しかったものを手にしていたのだ。

 そのとき、私はお祖母様の言葉を思い出していた。

『誰にも言わないほうがいい。心から信頼できる人が現れるまではね。』

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