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21.旦那様の考えていることがわからない
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サーシャは憂鬱な面持ちでヨエルと共に西棟に戻った。
自室には昨夜衣装を着付けてくれた羊獣人の侍女アンとスーが待っていた。部屋に入るなり深々と頭を下げて二人が言う。
「サーシャ様、昨夜は大変申し訳ございませんでした」
「え? な、なしたのさ、そんな改まって……」
「陛下から衣装の紐の結び方がきつすぎたとご忠告いただきました。私達の落ち度でした」
「なんもなんも。そんなのいいって。やめてよ二人とも頭上げて」
二人はサーシャを窺うように顔を上げた。
「その……陛下がお怒りでしたので……」
「いや~、なんもだよ。僕がお酒飲んで酔っ払ったせいなんだから。気にしないでよ。ああいう衣装なんでしょ?」
サーシャが尋ねると二人が口々に言う。
「サーシャ様、ありがとうございます。そうなんです、紐で締め付けるほどウエストが細く見えますでしょう?」
「そうするとお尻が大きく見えて魅力的という様式でございまして……」
「そうなんだ。へぇ~」
「それでですね、サーシャ様。一度お着替えになられたところ申し訳ないのですが、こちらをお召しになって頂きたいのです」
「へ? なんで?」
羊獣人の侍女が畳んだ衣類を持って来た。白くてもこもこした布地だ。
「陛下がこちらをサーシャ様にと……」
「あ、そうなんだ?」
よくわからぬままサーシャは今着ている服の上から新しい服を着せられた。お尻が隠れる長さで、フードが付いているマントのような形状。前世で言うとポンチョのような形だった。ウールでてきていて、手触りも柔らかく温かい。
「あの……これなんか大きすぎるんでない? 部屋の中で着るのにこれでいいの?」
今まではブラウスにベスト、キュロットとタイツという服装で過ごしていた。寒ければそれにロングコートを羽織る。
しかし体のラインに沿うコートではなく、随分ゆったりしたものを着せられてサーシャは戸惑った。こんな服装をしている者はこの城でも実家のお屋敷でも見たことがなかった。侍女が答える。
「それが――陛下はサーシャ様には体の線がわからないゆとりのあるお召し物を用意するようにとのご指示でございまして。それにサーシャ様は寒がりでいらっしゃるので室内でも温かくしないといけないと心配しておいででした」
「え――そうなの?」
「ええ。いつもの装いではサーシャ様の体の線が見えて危ない、と……。ちなみに部屋の外へ出るときはそのフードをかぶるようにとのことです」
「あぶない?」
「はい。その……サーシャさまが匂いを振り撒きながら歩くのは危険だと……」
壁際に立っていたヨエルがそれを聞いて吹き出した。サーシャが彼を見るとヨエルは咳払いして表情を戻した。
「失礼致しました。あまりにも陛下のお気遣いが細やかで驚いたものですから」
ヨエルが笑ったおかげでさっきまで萎縮していた侍女たちもようやく表情を崩した。
「ですわよねぇ」
「私達もちょっと心配しすぎよねって話していたんですの」
「そうよ~。また陛下のお人形隠しが始まったみたいねって――」
侍女二人がくすくす笑う。
「お人形隠し?」
「ええ。ほら、昨日も申し上げましたでしょう。小さい頃から大事なお人形を他の誰にも見られないように隠しておく癖が大人になっても抜けないんですわ」
(――そんなことある……?)
サーシャはイデオンの思考回路がさっぱり理解できなかった。
(おっかない顔で牙剥かれて食べられるのかと思ったんだよ。したけど今度は急に優しくされるし……)
昨日サーシャはもう少し我慢できそうだったのに、少し痛がっただけでイデオンは挿入するのをやめてしまった。サーシャは子づくりする気満々だったのに、彼にはまるでその気がないかのようだった――。
(しかも"つがい”にもしてくれなかったんだよ? もし僕のことが大事ならこんな変な服着せるんじゃなくてせめてつがいっていうのになってくれてもよかったんでないの――?)
そこでサーシャは前世でモテる友人が「処女は面倒だ」と言っていたことをふと思い出す。もしかして性行為に慣れていないオメガは獣人の国では嫌がられるのかもしれない。
考えれば考えるほどイデオンが自分と正式な婚姻関係を結びたくないのではないかという気がしてくる。
(うーん、借金返済のためにもイデオン様が子づくりに協力してくれないと困るのに……)
夫婦の共同作業である初夜で上手く目的を果たせなかったことがサーシャには気がかりだった。
(はぁ。この服はたしかにぬくいけども、なんだか胸はまたひゃっこくなってきた)
イデオンに冷たくされると胸が苦しくなるし、優しくされると嬉しい。
(イデオン様の行動に一喜一憂しすぎだよね――。これじゃあまるで僕、イデオン様のこと好きみたいじゃない? 発情期ってやつだからなのかな。それとも元のサーシャの心が残ってるからなのかわかんないけど……)
ここまでくるとこの気持の変化は借金返済のためだけではない気がしてきた。
サーシャの目的は人質として嫁ぎ、家の借金のため子づくりすること。しかし昨夜は男性であるイデオンとの行為で気持ちよくなれたし、イデオンを夫として心から愛することが可能なのかもしれない。
(そっか。もし僕がイデオン様のこと好きになれるなら、イデオン様が僕のこと好きになってくれれば……国の同盟だけじゃなく実家も僕もイデオン様も皆幸せってことじゃん。よし、イデオン様にもっと好きになってもらったらいいんだ。したっけ全部丸く収まるはず――。次にエッチする時は痛がらずにもっと積極的にしてみるべ!)
自室には昨夜衣装を着付けてくれた羊獣人の侍女アンとスーが待っていた。部屋に入るなり深々と頭を下げて二人が言う。
「サーシャ様、昨夜は大変申し訳ございませんでした」
「え? な、なしたのさ、そんな改まって……」
「陛下から衣装の紐の結び方がきつすぎたとご忠告いただきました。私達の落ち度でした」
「なんもなんも。そんなのいいって。やめてよ二人とも頭上げて」
二人はサーシャを窺うように顔を上げた。
「その……陛下がお怒りでしたので……」
「いや~、なんもだよ。僕がお酒飲んで酔っ払ったせいなんだから。気にしないでよ。ああいう衣装なんでしょ?」
サーシャが尋ねると二人が口々に言う。
「サーシャ様、ありがとうございます。そうなんです、紐で締め付けるほどウエストが細く見えますでしょう?」
「そうするとお尻が大きく見えて魅力的という様式でございまして……」
「そうなんだ。へぇ~」
「それでですね、サーシャ様。一度お着替えになられたところ申し訳ないのですが、こちらをお召しになって頂きたいのです」
「へ? なんで?」
羊獣人の侍女が畳んだ衣類を持って来た。白くてもこもこした布地だ。
「陛下がこちらをサーシャ様にと……」
「あ、そうなんだ?」
よくわからぬままサーシャは今着ている服の上から新しい服を着せられた。お尻が隠れる長さで、フードが付いているマントのような形状。前世で言うとポンチョのような形だった。ウールでてきていて、手触りも柔らかく温かい。
「あの……これなんか大きすぎるんでない? 部屋の中で着るのにこれでいいの?」
今まではブラウスにベスト、キュロットとタイツという服装で過ごしていた。寒ければそれにロングコートを羽織る。
しかし体のラインに沿うコートではなく、随分ゆったりしたものを着せられてサーシャは戸惑った。こんな服装をしている者はこの城でも実家のお屋敷でも見たことがなかった。侍女が答える。
「それが――陛下はサーシャ様には体の線がわからないゆとりのあるお召し物を用意するようにとのご指示でございまして。それにサーシャ様は寒がりでいらっしゃるので室内でも温かくしないといけないと心配しておいででした」
「え――そうなの?」
「ええ。いつもの装いではサーシャ様の体の線が見えて危ない、と……。ちなみに部屋の外へ出るときはそのフードをかぶるようにとのことです」
「あぶない?」
「はい。その……サーシャさまが匂いを振り撒きながら歩くのは危険だと……」
壁際に立っていたヨエルがそれを聞いて吹き出した。サーシャが彼を見るとヨエルは咳払いして表情を戻した。
「失礼致しました。あまりにも陛下のお気遣いが細やかで驚いたものですから」
ヨエルが笑ったおかげでさっきまで萎縮していた侍女たちもようやく表情を崩した。
「ですわよねぇ」
「私達もちょっと心配しすぎよねって話していたんですの」
「そうよ~。また陛下のお人形隠しが始まったみたいねって――」
侍女二人がくすくす笑う。
「お人形隠し?」
「ええ。ほら、昨日も申し上げましたでしょう。小さい頃から大事なお人形を他の誰にも見られないように隠しておく癖が大人になっても抜けないんですわ」
(――そんなことある……?)
サーシャはイデオンの思考回路がさっぱり理解できなかった。
(おっかない顔で牙剥かれて食べられるのかと思ったんだよ。したけど今度は急に優しくされるし……)
昨日サーシャはもう少し我慢できそうだったのに、少し痛がっただけでイデオンは挿入するのをやめてしまった。サーシャは子づくりする気満々だったのに、彼にはまるでその気がないかのようだった――。
(しかも"つがい”にもしてくれなかったんだよ? もし僕のことが大事ならこんな変な服着せるんじゃなくてせめてつがいっていうのになってくれてもよかったんでないの――?)
そこでサーシャは前世でモテる友人が「処女は面倒だ」と言っていたことをふと思い出す。もしかして性行為に慣れていないオメガは獣人の国では嫌がられるのかもしれない。
考えれば考えるほどイデオンが自分と正式な婚姻関係を結びたくないのではないかという気がしてくる。
(うーん、借金返済のためにもイデオン様が子づくりに協力してくれないと困るのに……)
夫婦の共同作業である初夜で上手く目的を果たせなかったことがサーシャには気がかりだった。
(はぁ。この服はたしかにぬくいけども、なんだか胸はまたひゃっこくなってきた)
イデオンに冷たくされると胸が苦しくなるし、優しくされると嬉しい。
(イデオン様の行動に一喜一憂しすぎだよね――。これじゃあまるで僕、イデオン様のこと好きみたいじゃない? 発情期ってやつだからなのかな。それとも元のサーシャの心が残ってるからなのかわかんないけど……)
ここまでくるとこの気持の変化は借金返済のためだけではない気がしてきた。
サーシャの目的は人質として嫁ぎ、家の借金のため子づくりすること。しかし昨夜は男性であるイデオンとの行為で気持ちよくなれたし、イデオンを夫として心から愛することが可能なのかもしれない。
(そっか。もし僕がイデオン様のこと好きになれるなら、イデオン様が僕のこと好きになってくれれば……国の同盟だけじゃなく実家も僕もイデオン様も皆幸せってことじゃん。よし、イデオン様にもっと好きになってもらったらいいんだ。したっけ全部丸く収まるはず――。次にエッチする時は痛がらずにもっと積極的にしてみるべ!)
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