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22.外出禁止ってどういうこと?
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その後サーシャは部屋で侍女たちとおしゃべりしながら朝食をとった。
「このパン美味しいね」
「まぁ、サーシャ様よくお気づきになられましたね」
「え?」
「今日のパンはいつもと違いましてね。国王様の結婚祝いに、と王都で一番評判のベーカリーカフェが焼き立てのパンを持ってきてくれましたのよ」
「へぇ」
どうりで美味しいはずだ。サクッとしたデニッシュ生地の中にりんごを甘く煮たものが入っていてとても美味しい。
「わたくしたちもお休みの日にはそのカフェに行くんですけれど、人気のパンは午前中で売りきれてしまうのよね」
「そうそう、この前ランチタイムに行ったら満席で入れませんでした」
「へ~、そんなに人気なんだね」
「そうなんですの。紅茶もとっても美味しくて、店内でしか食べられないサヴァランが格別なんです」
「さばらん?」
「お酒の効いたシロップ漬けのブリオッシュですわ」
「とっても美味しいんですよ!」
「そうなんだ。僕も行ってみたいなぁ」
サーシャが何気なく言うとアンが目を輝かせた。
「まぁ、それでしたら食べに行かれてみては? サーシャ様はこちらにいらしてから結婚式の準備でお忙しかったから王都の観光もまだされてませんわよね」
「そうよそうよ! わたくしたちがグエルブ王国の名所をご案内いたしますわ!」
「え、ほんと? 行きたい! あ、ねえ。ヨウちゃんも行かない?」
壁際に控えているヨエルに尋ねると、彼はちょっと言いにくそうに答えた。
「サーシャ様、大変心苦しいのですが……サーシャ様はしばらくの間外出することができません」
「――はい?」
サーシャは侍女たちと顔を見合わせた。
「え、待ってどういうこと?」
「ですから、サーシャ様はこの王宮の外へ出ることが禁じられているのです」
「うそ……王妃になると外に出られないものなの?」
「いいえ。それがその……陛下の特別なご判断でして」
(え、またイデオン様の独断で……? このポンチョもどきはぬくいしもこもこが気持ちいいからまあいいとして、外出禁止だなんて酷いんでない?)
「じゃあ僕はお城の中でずーっと何してればいいのさ? 東棟にも行っちゃダメだって言うし」
(いくら人質嫁だからって、まるで檻の中の珍獣みたいでないの……)
「陛下は中庭でしたら自由に散策してよろしいとおっしゃっておりました」
「中庭?」
「はい。陛下の執務室の窓から見えるので安心だと――」
「へぇ……」
サーシャが憮然とした顔をしていると、侍女たちが言う。
「でもサーシャ様、ほら、お庭はいま秋の花が咲いておりますし」
「そうですわ。冬になって枯れてしまう前にご覧になられては?」
「うん……」
「きっと発情期が終わりましたら、陛下もきっと外出を許してくださいますよ」
「そうかな……?」
「そうですよ。さあ、食後の紅茶はいかがです?」
◇
サーシャは朝食後、ヨエルと共に中庭に出た。
石造りの外壁でコの字型に囲われた、さほど大きくない空間に様々な植物が植えられていた。真夏ほど賑やかではないのだろうが、涼しくなった季節に咲く花の健気さはサーシャの心を少し慰めてくれた。ヨエルはサーシャの気持ちを察してか、少し離れた位置からこちらを眺めている。
サーシャはひとり石畳の通路を歩いて、つる植物の生い茂るレンガのアーチをくぐった。深みのあるマットオレンジのバラが少し枯れかけながらもまだ一部美しく咲いている。サーシャは午前中のひんやりした空気と、秋の植物の匂いを吸い込んだ。
(ホッカイドウのことを思い出すなぁ――やっぱり自然の中にいると落ち着く……)
クレムス王国にあるサーシャの実家は南方に位置しており、もっと温暖な気候だった。しかしかつての記憶を思い出したサーシャにはこれくらい涼しい気候のほうが性に合っている。
前世では祖母が家の花壇に毎年春になると花を植えて、それが夏に一斉に開花したものだ。ホッカイドウの夏は短い。だからこそその期間だけ咲く花の美しさが人々の心を打つ。冬には全て枯れて雪に覆われ、翌年の春にまた新しい生命が芽吹くのをひたすら寒さに耐えながら待つのだ。
サーシャはそういった自然の厳しさに慣れていたし、自分の人生は一度終わって今はおまけの人生だと理解していた。
(文句ばっかり言ってもどもならんし……イデオン様が僕をどう扱おうと受け入れるしかない。あんまりイライラしないで仲良くすることだけ考えよう)
そして庭の奥まで来ると、王宮に併設されたガラス張りの建物が見えた。
「あれ、なんだべか?」
温室のようだが、ところどころガラスが割れている。中の植物も手入れされていないのか、伸び切った雑草に覆われて荒れ果てている。そちらへ近づいてよく見てみようと思った時、がっしりした腕が腰に回って引き止められた。もこもこのフードをボフっと被せられ、前が見えなくなる。
「わぁっ! な、なに!?」
後ろを振り向いてフードを少し持ち上げる。サーシャを捕まえたのはイデオンだった。不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしている。
「何をしている。フードを被るよう言ったはずだ」
「このパン美味しいね」
「まぁ、サーシャ様よくお気づきになられましたね」
「え?」
「今日のパンはいつもと違いましてね。国王様の結婚祝いに、と王都で一番評判のベーカリーカフェが焼き立てのパンを持ってきてくれましたのよ」
「へぇ」
どうりで美味しいはずだ。サクッとしたデニッシュ生地の中にりんごを甘く煮たものが入っていてとても美味しい。
「わたくしたちもお休みの日にはそのカフェに行くんですけれど、人気のパンは午前中で売りきれてしまうのよね」
「そうそう、この前ランチタイムに行ったら満席で入れませんでした」
「へ~、そんなに人気なんだね」
「そうなんですの。紅茶もとっても美味しくて、店内でしか食べられないサヴァランが格別なんです」
「さばらん?」
「お酒の効いたシロップ漬けのブリオッシュですわ」
「とっても美味しいんですよ!」
「そうなんだ。僕も行ってみたいなぁ」
サーシャが何気なく言うとアンが目を輝かせた。
「まぁ、それでしたら食べに行かれてみては? サーシャ様はこちらにいらしてから結婚式の準備でお忙しかったから王都の観光もまだされてませんわよね」
「そうよそうよ! わたくしたちがグエルブ王国の名所をご案内いたしますわ!」
「え、ほんと? 行きたい! あ、ねえ。ヨウちゃんも行かない?」
壁際に控えているヨエルに尋ねると、彼はちょっと言いにくそうに答えた。
「サーシャ様、大変心苦しいのですが……サーシャ様はしばらくの間外出することができません」
「――はい?」
サーシャは侍女たちと顔を見合わせた。
「え、待ってどういうこと?」
「ですから、サーシャ様はこの王宮の外へ出ることが禁じられているのです」
「うそ……王妃になると外に出られないものなの?」
「いいえ。それがその……陛下の特別なご判断でして」
(え、またイデオン様の独断で……? このポンチョもどきはぬくいしもこもこが気持ちいいからまあいいとして、外出禁止だなんて酷いんでない?)
「じゃあ僕はお城の中でずーっと何してればいいのさ? 東棟にも行っちゃダメだって言うし」
(いくら人質嫁だからって、まるで檻の中の珍獣みたいでないの……)
「陛下は中庭でしたら自由に散策してよろしいとおっしゃっておりました」
「中庭?」
「はい。陛下の執務室の窓から見えるので安心だと――」
「へぇ……」
サーシャが憮然とした顔をしていると、侍女たちが言う。
「でもサーシャ様、ほら、お庭はいま秋の花が咲いておりますし」
「そうですわ。冬になって枯れてしまう前にご覧になられては?」
「うん……」
「きっと発情期が終わりましたら、陛下もきっと外出を許してくださいますよ」
「そうかな……?」
「そうですよ。さあ、食後の紅茶はいかがです?」
◇
サーシャは朝食後、ヨエルと共に中庭に出た。
石造りの外壁でコの字型に囲われた、さほど大きくない空間に様々な植物が植えられていた。真夏ほど賑やかではないのだろうが、涼しくなった季節に咲く花の健気さはサーシャの心を少し慰めてくれた。ヨエルはサーシャの気持ちを察してか、少し離れた位置からこちらを眺めている。
サーシャはひとり石畳の通路を歩いて、つる植物の生い茂るレンガのアーチをくぐった。深みのあるマットオレンジのバラが少し枯れかけながらもまだ一部美しく咲いている。サーシャは午前中のひんやりした空気と、秋の植物の匂いを吸い込んだ。
(ホッカイドウのことを思い出すなぁ――やっぱり自然の中にいると落ち着く……)
クレムス王国にあるサーシャの実家は南方に位置しており、もっと温暖な気候だった。しかしかつての記憶を思い出したサーシャにはこれくらい涼しい気候のほうが性に合っている。
前世では祖母が家の花壇に毎年春になると花を植えて、それが夏に一斉に開花したものだ。ホッカイドウの夏は短い。だからこそその期間だけ咲く花の美しさが人々の心を打つ。冬には全て枯れて雪に覆われ、翌年の春にまた新しい生命が芽吹くのをひたすら寒さに耐えながら待つのだ。
サーシャはそういった自然の厳しさに慣れていたし、自分の人生は一度終わって今はおまけの人生だと理解していた。
(文句ばっかり言ってもどもならんし……イデオン様が僕をどう扱おうと受け入れるしかない。あんまりイライラしないで仲良くすることだけ考えよう)
そして庭の奥まで来ると、王宮に併設されたガラス張りの建物が見えた。
「あれ、なんだべか?」
温室のようだが、ところどころガラスが割れている。中の植物も手入れされていないのか、伸び切った雑草に覆われて荒れ果てている。そちらへ近づいてよく見てみようと思った時、がっしりした腕が腰に回って引き止められた。もこもこのフードをボフっと被せられ、前が見えなくなる。
「わぁっ! な、なに!?」
後ろを振り向いてフードを少し持ち上げる。サーシャを捕まえたのはイデオンだった。不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしている。
「何をしている。フードを被るよう言ったはずだ」
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