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20.のろけてる場合じゃなかった
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サーシャは嬉しくて頬を染めながらヨエルに言う。
「昨日のイデオン様は最初怒ってたんだけども途中からなんまら優しくなって……もふもふも触らせてくれたんだよ」
「もふもふ?」
「あ、尻尾ね。お尻に入れるの痛くて怖いから触らせてって言ったら触らせてくれたんだ」
「陛下が尻尾を? それはすごいことですね。雄獣人が尾を触らせるのは親愛のしるしですから」
「そうなの? 嬉しい――こっちに来てからイデオン様のこと怒らせてばっかだったから嫌われてるんでないかなって心配してたんだけど」
サーシャは口元をほころばせた。結婚式で失敗はしたけれど、なんだか何もかも上出来だったみたいな気がして舞い上がる。
「よかったですね、うまくいって」
「あ、あの……実はうまくはいってなくて――」
え? とヨエルが不思議そうにこちらを見た。
「イデオン様すっごく時間かけて舐めてくれたんだけど、なんぼ頑張ってもやっぱり痛くて最後までできなかったんだ。ほら、イデオン様のが大きすぎて……入らなくて」
「そうだったのですか?」
ヨエルが目を見開いた。やっぱり初夜なのにちゃんとできなかったのはまずいのだろうか。
「え、ちょっと待ってください。”舐めた”とおっしゃいましたか?」
「うん。初夜では旦那様がオメガのお尻を舐めるものなんでしょ? 僕、はじめてだったから恥ずかしくって」
「……え、ええ。そうですね……」
ヨエルは目を泳がせている。どうも様子がおかしい。
「違うの? 皆するんでないの?」
「ゴホン、いえ。えーと……そうですね。熱烈な恋人同士でしたらそういうこともあるかと――ですが、一般的ではありません。あの陛下がまさかそこまでされるとは――……。興味深いですね、実に興味深い……」
(ええっ! じゃあイデオン様嘘ついたってこと? なしてそったら嘘ついたんだろ……)
サーシャはこんなことまで話してしまったついでにヨエルに尋ねる。
「それでさ。せっかく初夜だったのにできなかったのってまずいよね。僕はイデオン様の赤ちゃん産まないといけないんだし」
「いいえ、それは初めてだったのですし仕方ないでしょう。サーシャ様は陛下とかなり体格差がありますし、ゆっくり慣らしていけばよろしいかと」
ポットとカップをテーブルから棚に移し、ヨエルは取っ手付きの木の箱を持ってきた。
「つがいにさえなれていれば初夜の目的は果たせたということですから。さあ、傷の消毒をします」
「傷……?」
「うなじの傷を拝見しますね」
「え、うなじ? 僕怪我なんてしてないけど……?」
ヨエルは無表情のまま数秒沈黙した。
「――失礼、お見せ頂けますか」
「うん、どうぞ」
サーシャが頭を下げると、ヨエルが襟足の髪の毛を避けて息を呑んだ。
「陛下にここを噛まれなかったのですか?」
「え、うん。なんで――?」
「そうですか――なぜでしょう……」
ヨエルは口元に手を当てて思案する。
「ヨウちゃん? ねえ、なしたの? ここを噛まれてないとだめなの?」
「……なんと申し上げて良いのか……でも陛下は特に口止めはなさらなかったから話してもよいでしょうか」
「ヨウちゃん、なんなのさ? ねえ教えてよ。おっかない顔して、なんか良くないことなの?」
サーシャがヨエルの腕を掴んで尋ねると、ヨエルは答えた。
「サーシャ様。発情したオメガとアルファが新婚初夜に同衾した場合、一般的にはアルファがオメガのうなじを噛みます」
「ふぅん、そうなんだ……。それって何か意味でもあるの?」
(噛まれるなんて痛そうだけど……?)
「ええ。オメガのうなじをアルファが噛むことでつがいの関係が成立します」
「つがい? え、結婚式すればつがいになれるんでないの?」
「形式的にはそうです。ただ、アルファとオメガはそうすることで初めて肉体的に結ばれるのです。つがいが成立しますと、オメガのフェロモンはつがいのアルファ以外に効果がなくなります。そうすることで、アルファはそのオメガを独占できるというわけです」
(え……じゃあつまり僕、まだちゃんとイデオン様のつがいにはなれてないってこと? 赤ちゃん産むとか以前に、ちゃんと奥さんになれてないってことじゃん――)
さっきまでイデオンの香りの余韻でほんわかしていた頭に冷水を浴びせられたような感じだった。急に寒気がしてサーシャはぶるりと震える。
「ヨウちゃん……僕、ここに来てから失敗ばっかしてたし――イデオン様に妻として認められてないってこと……?」
「サーシャ様、落ち着いてください。陛下には何か考えがおありなのだと思います。愛情がなければ初夜とはいえ国王が花嫁の臀部に口を付けたり、簡単に尻尾を触らせたりはしません」
「――そうかな……?」
「このヨエルを信じてください。陛下のことは彼が幼少の頃から見てきております。サーシャ様は王妃として堂々となさっていればよろしいのです」
しかしヨエルはそう言いながらも「傷痕が無いことを隠さなければ」とサーシャのブラウスの襟を立ててクラヴァットを巻き、うなじを覆い隠した。
(やっぱり、その痕が無いのまずいってことじゃん……)
サーシャはここに嫁いでくる馬車でちゃんと第二性の本を読まず途中で眠ってしまったことを後悔した。
「昨日のイデオン様は最初怒ってたんだけども途中からなんまら優しくなって……もふもふも触らせてくれたんだよ」
「もふもふ?」
「あ、尻尾ね。お尻に入れるの痛くて怖いから触らせてって言ったら触らせてくれたんだ」
「陛下が尻尾を? それはすごいことですね。雄獣人が尾を触らせるのは親愛のしるしですから」
「そうなの? 嬉しい――こっちに来てからイデオン様のこと怒らせてばっかだったから嫌われてるんでないかなって心配してたんだけど」
サーシャは口元をほころばせた。結婚式で失敗はしたけれど、なんだか何もかも上出来だったみたいな気がして舞い上がる。
「よかったですね、うまくいって」
「あ、あの……実はうまくはいってなくて――」
え? とヨエルが不思議そうにこちらを見た。
「イデオン様すっごく時間かけて舐めてくれたんだけど、なんぼ頑張ってもやっぱり痛くて最後までできなかったんだ。ほら、イデオン様のが大きすぎて……入らなくて」
「そうだったのですか?」
ヨエルが目を見開いた。やっぱり初夜なのにちゃんとできなかったのはまずいのだろうか。
「え、ちょっと待ってください。”舐めた”とおっしゃいましたか?」
「うん。初夜では旦那様がオメガのお尻を舐めるものなんでしょ? 僕、はじめてだったから恥ずかしくって」
「……え、ええ。そうですね……」
ヨエルは目を泳がせている。どうも様子がおかしい。
「違うの? 皆するんでないの?」
「ゴホン、いえ。えーと……そうですね。熱烈な恋人同士でしたらそういうこともあるかと――ですが、一般的ではありません。あの陛下がまさかそこまでされるとは――……。興味深いですね、実に興味深い……」
(ええっ! じゃあイデオン様嘘ついたってこと? なしてそったら嘘ついたんだろ……)
サーシャはこんなことまで話してしまったついでにヨエルに尋ねる。
「それでさ。せっかく初夜だったのにできなかったのってまずいよね。僕はイデオン様の赤ちゃん産まないといけないんだし」
「いいえ、それは初めてだったのですし仕方ないでしょう。サーシャ様は陛下とかなり体格差がありますし、ゆっくり慣らしていけばよろしいかと」
ポットとカップをテーブルから棚に移し、ヨエルは取っ手付きの木の箱を持ってきた。
「つがいにさえなれていれば初夜の目的は果たせたということですから。さあ、傷の消毒をします」
「傷……?」
「うなじの傷を拝見しますね」
「え、うなじ? 僕怪我なんてしてないけど……?」
ヨエルは無表情のまま数秒沈黙した。
「――失礼、お見せ頂けますか」
「うん、どうぞ」
サーシャが頭を下げると、ヨエルが襟足の髪の毛を避けて息を呑んだ。
「陛下にここを噛まれなかったのですか?」
「え、うん。なんで――?」
「そうですか――なぜでしょう……」
ヨエルは口元に手を当てて思案する。
「ヨウちゃん? ねえ、なしたの? ここを噛まれてないとだめなの?」
「……なんと申し上げて良いのか……でも陛下は特に口止めはなさらなかったから話してもよいでしょうか」
「ヨウちゃん、なんなのさ? ねえ教えてよ。おっかない顔して、なんか良くないことなの?」
サーシャがヨエルの腕を掴んで尋ねると、ヨエルは答えた。
「サーシャ様。発情したオメガとアルファが新婚初夜に同衾した場合、一般的にはアルファがオメガのうなじを噛みます」
「ふぅん、そうなんだ……。それって何か意味でもあるの?」
(噛まれるなんて痛そうだけど……?)
「ええ。オメガのうなじをアルファが噛むことでつがいの関係が成立します」
「つがい? え、結婚式すればつがいになれるんでないの?」
「形式的にはそうです。ただ、アルファとオメガはそうすることで初めて肉体的に結ばれるのです。つがいが成立しますと、オメガのフェロモンはつがいのアルファ以外に効果がなくなります。そうすることで、アルファはそのオメガを独占できるというわけです」
(え……じゃあつまり僕、まだちゃんとイデオン様のつがいにはなれてないってこと? 赤ちゃん産むとか以前に、ちゃんと奥さんになれてないってことじゃん――)
さっきまでイデオンの香りの余韻でほんわかしていた頭に冷水を浴びせられたような感じだった。急に寒気がしてサーシャはぶるりと震える。
「ヨウちゃん……僕、ここに来てから失敗ばっかしてたし――イデオン様に妻として認められてないってこと……?」
「サーシャ様、落ち着いてください。陛下には何か考えがおありなのだと思います。愛情がなければ初夜とはいえ国王が花嫁の臀部に口を付けたり、簡単に尻尾を触らせたりはしません」
「――そうかな……?」
「このヨエルを信じてください。陛下のことは彼が幼少の頃から見てきております。サーシャ様は王妃として堂々となさっていればよろしいのです」
しかしヨエルはそう言いながらも「傷痕が無いことを隠さなければ」とサーシャのブラウスの襟を立ててクラヴァットを巻き、うなじを覆い隠した。
(やっぱり、その痕が無いのまずいってことじゃん……)
サーシャはここに嫁いでくる馬車でちゃんと第二性の本を読まず途中で眠ってしまったことを後悔した。
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