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8.偶然の再会と推しのスキャンダル
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この日もカフェで少し話した後、外を散歩しようということになった。
あと20分ほどでミンジェとのデート時間が終わってしまう。
「滉一さんが日本へ帰る前にもう一度会ってみる。ミンジェは婚約破棄するのに反対?」
「ううん、俺はチカの意見に従うよ」
そりゃそうだ。お客さんなんだからね。
「やっぱり、ミンジェヒョンのことが好きだから結婚できないって言うのはどう?」
「それだとチカから断ったことになるけどいいの?」
「――そうだよね」
「アルファってすごく執着が強いから、一度この人と決めたらそう簡単には諦めないと思うんだ」
「じゃあどうすれば――」
話しながらあるビルの前を通りかかったとき、聞き覚えのある声で呼ばれた。
「千景!」
スーツ姿の長身美形が手を振っている。
――げ。滉一さん!?
「やあ、ミンジェくんも。相変わらず仲がいいね」
ミンジェに向ける彼の目が笑ってなくてちょっと怖い。お役御免だと言っておけと言われたのにまた一緒にいるから怒っているのかもしれない。
「こんにちは滉一さん」
「こんなところで偶然会うとは、俺たちやっぱり運命に導かれているみたいだね」
彼は僕には慈しむような視線を向ける。
――こんなことシラフで普通に言う人本当にいるんだ。
「あはは、ソウル市内にいれば偶然会うこともありますよ~」
「いいや、この大勢の人ごみの中で美しい君を見つけたことが大事なんだよ」
「はぁ……」
――美しい? お子様には興味なかったんじゃないのかよ。
「そうだ、ちょうど今度会ったら言おうと思ってたんだ。来週帰国するんだがその時もし良ければ一緒に遊びに来ないか? 東京に戻る前に、避暑地で少しだけ休暇を取ろうと思ってね」
「はい?」
いきなり旅行に誘われても困る。
「ゆっくりしたいところだが俺も仕事がある。長くは一緒にいられないんだが、一泊か二泊だけでも。君ももう夏休みに入るだろうし、いいだろう?」
「あー、えーっと……旅行となると、父に相談しませんと――」
「お父さんには先日電話で話しておいたよ。よろしくと言っていた」
「え!?」
――父さん……なんて勝手なことを……!
完全に息子を売る気だな。
「費用ももちろん気にする必要はない。日程はまた連絡するから準備だけしておいて。それじゃあ、ミンジェくんと仲良くするのもほどほどにね」
そう言って彼は道路で待っていた車に乗り込むと走り去ってしまった。
――なんで金持ちってなんでも自分勝手に決めちゃうんだろうな。
千景の父親も元々は金持ちの息子でアルファだ。アルファのボンボンって、本当に相手の話を聞かない。
ミンジェに今の会話を説明すると、意外なことに彼は「いいんじゃない?」と言った。
「もしかするとこれは逆に婚約破棄のチャンスかもよ」
「え。なんで?」
「この間はちょっとお茶しただけだし、お互いよくわからなかっただろう? でも、泊りがけとなれば相手の悪い面が見えてもおかしくない。長く付き合ってる相手とだって一日中一緒にいたら疲れる瞬間がある。そういうときに、あえてもっと相手を疲れさせるようなことをするんだ」
「それでうまくいくと思う?」
「男は結婚したら家庭には安らぎを求めるだろう? それなのに口うるさい嫁がいたら疲れるだけだ。そういう態度で接してみるのもいいかもしれない」
「なるほど! 御曹司様の自分勝手さに振り回されてばかりいないで、こっちもわがまま言って相手を疲れさせるって作戦だね」
ミンジェが頷く。
「やっぱりミンジェに相談してよかった!」
このときは全てうまくいく、そんな気がしていたんだけど――。
◇
その後時間となりミンジェと別れて地下鉄へ向かって歩いていると、スマホがブーッブーッブーッと震えだした。最初は誰かからの着信かと思ったけれど、そうじゃない。
「ん? ネットニュースとSNSの通知……?」
やけにメッセージの通知の数が多い。ソユンからも「今すぐニュース記事見て!」とメッセが入ってたのでなんだろうかと思ってニュースサイトをタップする。
――どうしたんだろ?
『Z-Touch イジュン、深夜の密会』
『国民アイドルイジュンがホテルでお忍びデート』
『イジュン、熱烈なキスの相手は男性か?』
「え……?」
次々と目に飛び込んでくる見出しに僕は手で口を覆った。
――う、嘘だ! こんなの……。
冷や汗が止まらない。嘘、嘘だ。
アイドル界では恋愛に関するスキャンダルが命取りになりかねない。だからこそ契約期間中は恋愛しないとZ-Touchメンバーはファンに対して約束してくれていた。
こんなに魅力的な人なんだから、恋人がいてもおかしくはない。それは頭ではわかっているけど、もしいたとしてもファンにばれないようにしてくれるのが礼儀だと思っていた。
そして実際これまで、イジュンには全くといっていいほど恋愛関係の噂は浮上しなかった。
「どうして……?」
見出しをタップすると、ホテルから出てくるイジュンと男性の写真、物陰でキスしている写真、イジュンのマンションに出入りしている二人の写真などが次々と現れた。
震える指でそれらをスワイプして見ていく。
ステージ衣装でもなく普段着でメイクもしていないが、間違いなくイジュンの顔だった。相手の顔はモザイクがかかっていて誰なのかはわからない。
――オメガ男性と付き合ってるってこと……?
でも相手が男であろうと女であろうと、第二性がなんであろうと関係ない。
「イジュン、今大事な時期なのに」
Z-Touchは今月カムバックして今年はワールドツアーも予定されている。こういうことが起きると、ファンが離れてチケットの売上にも影響を及ぼしかねない。
スマホがブルブルと震え、画面を見るとソユンからの着信だった。
「もしもし……」
『見た? 見たのね? もう、あんたの推しは何をやってるの!』
ソユンは悲鳴みたいな声を上げた。
「そんなこと、僕に言われたって……」
『そうだよね、ごめん。あんたは大丈夫?』
「全然大丈夫じゃない。もう、どうしていいか……」
『私もなにかの間違いだと思いたいわ』
「今日ラジオ収録なのに――」
『それはさっき公式からゲスト変更の通知が出てた』
「対応早……」
『とにかく、私達にできることは何もない。事務所がどう対処するのか、待つしかないね』
「ソユン~。イジュンは大丈夫だよね?」
『そんなの私もわかんないわよ。でも、キス画像まで晒されたらもう言い訳できないから……』
「うん」
『あ、ペンカフェは見ないほうが良いよ』
「え?」
『荒れてるから、見たら具合悪くなる』
「わかった……」
ペンカフェというのはアイドルに関する最新情報を得ることができるコミュニティのこと。公式が運営してファンクラブの代わりを果たす場合もあり、所属するアーティストのスケジュールやイベント情報が見られたり、アイドル本人へメッセージを送ることも可能だったりする。
Z-Touchは公式がファンクラブを運営しているため、ソユンが言うペンカフェとはファンが運営しているコミュニティのこと。ファン同士のチャット上でおそらくイジュンに怒っているファンが悪辣な書き込みをしているのだろう。
――今そんなの見たら心が折れそうだから見ないでおこう……。
どうやって帰宅したのかわからないほど混乱していた。
そして僕はその日の夜に熱を出して寝込んでしまった。
あと20分ほどでミンジェとのデート時間が終わってしまう。
「滉一さんが日本へ帰る前にもう一度会ってみる。ミンジェは婚約破棄するのに反対?」
「ううん、俺はチカの意見に従うよ」
そりゃそうだ。お客さんなんだからね。
「やっぱり、ミンジェヒョンのことが好きだから結婚できないって言うのはどう?」
「それだとチカから断ったことになるけどいいの?」
「――そうだよね」
「アルファってすごく執着が強いから、一度この人と決めたらそう簡単には諦めないと思うんだ」
「じゃあどうすれば――」
話しながらあるビルの前を通りかかったとき、聞き覚えのある声で呼ばれた。
「千景!」
スーツ姿の長身美形が手を振っている。
――げ。滉一さん!?
「やあ、ミンジェくんも。相変わらず仲がいいね」
ミンジェに向ける彼の目が笑ってなくてちょっと怖い。お役御免だと言っておけと言われたのにまた一緒にいるから怒っているのかもしれない。
「こんにちは滉一さん」
「こんなところで偶然会うとは、俺たちやっぱり運命に導かれているみたいだね」
彼は僕には慈しむような視線を向ける。
――こんなことシラフで普通に言う人本当にいるんだ。
「あはは、ソウル市内にいれば偶然会うこともありますよ~」
「いいや、この大勢の人ごみの中で美しい君を見つけたことが大事なんだよ」
「はぁ……」
――美しい? お子様には興味なかったんじゃないのかよ。
「そうだ、ちょうど今度会ったら言おうと思ってたんだ。来週帰国するんだがその時もし良ければ一緒に遊びに来ないか? 東京に戻る前に、避暑地で少しだけ休暇を取ろうと思ってね」
「はい?」
いきなり旅行に誘われても困る。
「ゆっくりしたいところだが俺も仕事がある。長くは一緒にいられないんだが、一泊か二泊だけでも。君ももう夏休みに入るだろうし、いいだろう?」
「あー、えーっと……旅行となると、父に相談しませんと――」
「お父さんには先日電話で話しておいたよ。よろしくと言っていた」
「え!?」
――父さん……なんて勝手なことを……!
完全に息子を売る気だな。
「費用ももちろん気にする必要はない。日程はまた連絡するから準備だけしておいて。それじゃあ、ミンジェくんと仲良くするのもほどほどにね」
そう言って彼は道路で待っていた車に乗り込むと走り去ってしまった。
――なんで金持ちってなんでも自分勝手に決めちゃうんだろうな。
千景の父親も元々は金持ちの息子でアルファだ。アルファのボンボンって、本当に相手の話を聞かない。
ミンジェに今の会話を説明すると、意外なことに彼は「いいんじゃない?」と言った。
「もしかするとこれは逆に婚約破棄のチャンスかもよ」
「え。なんで?」
「この間はちょっとお茶しただけだし、お互いよくわからなかっただろう? でも、泊りがけとなれば相手の悪い面が見えてもおかしくない。長く付き合ってる相手とだって一日中一緒にいたら疲れる瞬間がある。そういうときに、あえてもっと相手を疲れさせるようなことをするんだ」
「それでうまくいくと思う?」
「男は結婚したら家庭には安らぎを求めるだろう? それなのに口うるさい嫁がいたら疲れるだけだ。そういう態度で接してみるのもいいかもしれない」
「なるほど! 御曹司様の自分勝手さに振り回されてばかりいないで、こっちもわがまま言って相手を疲れさせるって作戦だね」
ミンジェが頷く。
「やっぱりミンジェに相談してよかった!」
このときは全てうまくいく、そんな気がしていたんだけど――。
◇
その後時間となりミンジェと別れて地下鉄へ向かって歩いていると、スマホがブーッブーッブーッと震えだした。最初は誰かからの着信かと思ったけれど、そうじゃない。
「ん? ネットニュースとSNSの通知……?」
やけにメッセージの通知の数が多い。ソユンからも「今すぐニュース記事見て!」とメッセが入ってたのでなんだろうかと思ってニュースサイトをタップする。
――どうしたんだろ?
『Z-Touch イジュン、深夜の密会』
『国民アイドルイジュンがホテルでお忍びデート』
『イジュン、熱烈なキスの相手は男性か?』
「え……?」
次々と目に飛び込んでくる見出しに僕は手で口を覆った。
――う、嘘だ! こんなの……。
冷や汗が止まらない。嘘、嘘だ。
アイドル界では恋愛に関するスキャンダルが命取りになりかねない。だからこそ契約期間中は恋愛しないとZ-Touchメンバーはファンに対して約束してくれていた。
こんなに魅力的な人なんだから、恋人がいてもおかしくはない。それは頭ではわかっているけど、もしいたとしてもファンにばれないようにしてくれるのが礼儀だと思っていた。
そして実際これまで、イジュンには全くといっていいほど恋愛関係の噂は浮上しなかった。
「どうして……?」
見出しをタップすると、ホテルから出てくるイジュンと男性の写真、物陰でキスしている写真、イジュンのマンションに出入りしている二人の写真などが次々と現れた。
震える指でそれらをスワイプして見ていく。
ステージ衣装でもなく普段着でメイクもしていないが、間違いなくイジュンの顔だった。相手の顔はモザイクがかかっていて誰なのかはわからない。
――オメガ男性と付き合ってるってこと……?
でも相手が男であろうと女であろうと、第二性がなんであろうと関係ない。
「イジュン、今大事な時期なのに」
Z-Touchは今月カムバックして今年はワールドツアーも予定されている。こういうことが起きると、ファンが離れてチケットの売上にも影響を及ぼしかねない。
スマホがブルブルと震え、画面を見るとソユンからの着信だった。
「もしもし……」
『見た? 見たのね? もう、あんたの推しは何をやってるの!』
ソユンは悲鳴みたいな声を上げた。
「そんなこと、僕に言われたって……」
『そうだよね、ごめん。あんたは大丈夫?』
「全然大丈夫じゃない。もう、どうしていいか……」
『私もなにかの間違いだと思いたいわ』
「今日ラジオ収録なのに――」
『それはさっき公式からゲスト変更の通知が出てた』
「対応早……」
『とにかく、私達にできることは何もない。事務所がどう対処するのか、待つしかないね』
「ソユン~。イジュンは大丈夫だよね?」
『そんなの私もわかんないわよ。でも、キス画像まで晒されたらもう言い訳できないから……』
「うん」
『あ、ペンカフェは見ないほうが良いよ』
「え?」
『荒れてるから、見たら具合悪くなる』
「わかった……」
ペンカフェというのはアイドルに関する最新情報を得ることができるコミュニティのこと。公式が運営してファンクラブの代わりを果たす場合もあり、所属するアーティストのスケジュールやイベント情報が見られたり、アイドル本人へメッセージを送ることも可能だったりする。
Z-Touchは公式がファンクラブを運営しているため、ソユンが言うペンカフェとはファンが運営しているコミュニティのこと。ファン同士のチャット上でおそらくイジュンに怒っているファンが悪辣な書き込みをしているのだろう。
――今そんなの見たら心が折れそうだから見ないでおこう……。
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