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7.計画の立て直し
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僕の婚約破棄計画はあえなく失敗。滉一が去った後、なんと言われたのかをミンジェに伝えたところでデートコースプランの時間が終わってしまい、僕たちも解散した。
◇
「というわけで、今日は前回の反省会と次の作戦を練る会です」
僕とミンジェは最初に会った店――先輩アイドル母のカフェでまた膝を突き合わせていた。
「あはは。チカはまだ諦めてないんだね」
「諦めるわけないよ! まだチャンスは有る。あの人もうしばらくこっちに滞在すると言ってたから、もう一回くらいは仕掛けられると思うんだ」
「了解、最後まで協力するよ。前回あまり役に立てなかったしね」
そんなことない。ミンジェは役を適切に演じてくれた。だけど、相手が予想以上に手ごわかっただけだ。
「まず彼について把握できていることから――。最初に遭遇したとき、僕の顔を見ずにお尻だけ見て『もっと肉付きが良くないとそそられない』って失礼なことを言った。デリカシーのない人なのは間違いない」
「チカのことを韓国人だと勘違いして言葉が通じてないと思ったからだろ?」
「そうだけど。それにしても目の前にいる相手に、しかも初対面の相手のお尻をジロジロ見て品定めするなんて――」
「男はみんなそういうところあるからなぁ」
「いいから! とにかく彼はデリカシーがない。だって初対面のお見合い相手にいきなり子だくさんがいいからヒート起こす間もなく妊娠させるだなんて、頭どうかしてるよ!」
「たしかに、もし彼がそのとおり言ったならちょっとイカれてるね」
「ちょっとどころか相当おかしいよ。オメガに対して、あんな――……」
体力に自信あるとか、馬鹿じゃない?
アルファってどうしてこう、自分の精力旺盛なことを自慢げに話すかな。そういうのはオメガのいないところでやってくれよ。
「ごめんねチカ。オメガの君にとっては俺たちのこういう競争心みたいなのってうざいだろ」
「……なんでアルファってああも自分の力を誇示しようとするんだ?」
「魅力的なオメガを前にした場合、本能的にライバルのアルファより優位に立ちたくてそういう行動に出てしまうんだ」
「ミンジェでもそういうことあるの?」
穏やかな彼からは想像がつかない。僕が尋ねると、彼は困ったように眉を寄せて苦笑いした。
「そうだね。がっかりさせそうで悪いけど、俺もそういうことあるよ」
こんなに優しいミンジェの独占欲を掻き立てて、ライバルを蹴落とそうと思わせるようなオメガがいる――そう思うとなんとなく胸がチクっとした。
「とにかく、婚約者のコウイチはあれで君を完全にロックオンしたのは間違いない」
「そんなぁ」
――どこにロックオンする要素あったんだよ?
「同じアルファだからわかるよ。君の香りのせいか、見た目のせいか、言動のせいかわからないけど気に入られちゃったね」
「嫌われようと思ってしたことが裏目に出たってこと?」
「うーん、おしとやかそうなオメガに嫌な目にあったことがあるのかもな」
「じゃあ、次はおしとやかな猫かぶりのキャラでいく?」
「今更それは無理があるだろ」
「そうだよね……んー」
「ねえチカ。あの人そんなに悪い相手かな?」
「え?」
ミンジェが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「俺の個人的な感想だから君は納得いかないかもしれない。だけど、俺は悪い印象じゃなかった」
「滉一さんが?」
「少なくとも嘘をついて騙そうとしたり、君を蔑ろにしようという感じはしなかった」
「そう? 失礼な印象しかないよ僕は」
「ちょっと言い方がキツいからそう感じるのかもしれない。だけど子どもの話だって、そもそも君の薬の効きが悪いってことに対するアンサーだろ? 実際結婚してつがいになればヒートは今よりずっと楽になるはずだ」
――たしかにつがいになり子どもができればオメガ的には安心とも言える。
オメガはヒート中にアルファによりうなじを噛まれると「つがい」の関係が成立する。そうするとそのオメガのフェロモンはつがいのアルファにしか効かなくなる。これはどちらかが死ぬまで続く関係だ。
そしてつがいのアルファとセックスすることで、ヒートの症状は抑えられる。薬を飲むよりずっと効果的な方法だった。
突発的なヒートにより見知らぬアルファに襲われる危険のあるオメガは、常にリスクを抱えながら生きている。しかしつがいを持つことができれば、格段に安全な生活を送ることができる。
「それはそうだけど……でも初対面なのにこんな話――」
「そもそも俺たちがセフレって設定をでっち上げてその話を振ったからじゃないか」
「あ~、そうだった」
失礼だったのはこっちの方か。
「もっと嫌な奴だったら俺も喜んで婚約破棄計画に協力するよ。だけど、この縁談も悪くなさそうだなって思ったんだ。急いでぶち壊す必要もないんじゃないかって」
「でも……」
「チカは大学三年だろ? ちゃんと話をしたら、彼も途中で退学させてまで結婚を急いだりはしないんじゃないのかな」
「だけど結局卒業後は日本に帰らないといけないじゃん」
「そうだね。だけど俺としても事情を知った今、オメガの君が一人でこっちにいるのがなんとなく心配になってきたんだよ。早いとこつがいに守ってもらったほうが良いんじゃないか?」
「え~。それじゃ本当にミンジェヒョンになっちゃったみたいじゃん!」
僕が笑うと、彼がちょっとせつなそうな表情を見せた。
「かもね。できればどんなオメガもアルファに怯えることなく自由に過ごして欲しいって思うよ」
ミンジェはさっきまでとはちがい、何か憂いを帯びたような視線を窓の外へ向けた。
――あれ? どうしたのかな。
もしかするとミンジェの過去にも何かあったのかもしれない。だけど客という立場でしかない自分には何も聞けなかった。
◇
「というわけで、今日は前回の反省会と次の作戦を練る会です」
僕とミンジェは最初に会った店――先輩アイドル母のカフェでまた膝を突き合わせていた。
「あはは。チカはまだ諦めてないんだね」
「諦めるわけないよ! まだチャンスは有る。あの人もうしばらくこっちに滞在すると言ってたから、もう一回くらいは仕掛けられると思うんだ」
「了解、最後まで協力するよ。前回あまり役に立てなかったしね」
そんなことない。ミンジェは役を適切に演じてくれた。だけど、相手が予想以上に手ごわかっただけだ。
「まず彼について把握できていることから――。最初に遭遇したとき、僕の顔を見ずにお尻だけ見て『もっと肉付きが良くないとそそられない』って失礼なことを言った。デリカシーのない人なのは間違いない」
「チカのことを韓国人だと勘違いして言葉が通じてないと思ったからだろ?」
「そうだけど。それにしても目の前にいる相手に、しかも初対面の相手のお尻をジロジロ見て品定めするなんて――」
「男はみんなそういうところあるからなぁ」
「いいから! とにかく彼はデリカシーがない。だって初対面のお見合い相手にいきなり子だくさんがいいからヒート起こす間もなく妊娠させるだなんて、頭どうかしてるよ!」
「たしかに、もし彼がそのとおり言ったならちょっとイカれてるね」
「ちょっとどころか相当おかしいよ。オメガに対して、あんな――……」
体力に自信あるとか、馬鹿じゃない?
アルファってどうしてこう、自分の精力旺盛なことを自慢げに話すかな。そういうのはオメガのいないところでやってくれよ。
「ごめんねチカ。オメガの君にとっては俺たちのこういう競争心みたいなのってうざいだろ」
「……なんでアルファってああも自分の力を誇示しようとするんだ?」
「魅力的なオメガを前にした場合、本能的にライバルのアルファより優位に立ちたくてそういう行動に出てしまうんだ」
「ミンジェでもそういうことあるの?」
穏やかな彼からは想像がつかない。僕が尋ねると、彼は困ったように眉を寄せて苦笑いした。
「そうだね。がっかりさせそうで悪いけど、俺もそういうことあるよ」
こんなに優しいミンジェの独占欲を掻き立てて、ライバルを蹴落とそうと思わせるようなオメガがいる――そう思うとなんとなく胸がチクっとした。
「とにかく、婚約者のコウイチはあれで君を完全にロックオンしたのは間違いない」
「そんなぁ」
――どこにロックオンする要素あったんだよ?
「同じアルファだからわかるよ。君の香りのせいか、見た目のせいか、言動のせいかわからないけど気に入られちゃったね」
「嫌われようと思ってしたことが裏目に出たってこと?」
「うーん、おしとやかそうなオメガに嫌な目にあったことがあるのかもな」
「じゃあ、次はおしとやかな猫かぶりのキャラでいく?」
「今更それは無理があるだろ」
「そうだよね……んー」
「ねえチカ。あの人そんなに悪い相手かな?」
「え?」
ミンジェが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「俺の個人的な感想だから君は納得いかないかもしれない。だけど、俺は悪い印象じゃなかった」
「滉一さんが?」
「少なくとも嘘をついて騙そうとしたり、君を蔑ろにしようという感じはしなかった」
「そう? 失礼な印象しかないよ僕は」
「ちょっと言い方がキツいからそう感じるのかもしれない。だけど子どもの話だって、そもそも君の薬の効きが悪いってことに対するアンサーだろ? 実際結婚してつがいになればヒートは今よりずっと楽になるはずだ」
――たしかにつがいになり子どもができればオメガ的には安心とも言える。
オメガはヒート中にアルファによりうなじを噛まれると「つがい」の関係が成立する。そうするとそのオメガのフェロモンはつがいのアルファにしか効かなくなる。これはどちらかが死ぬまで続く関係だ。
そしてつがいのアルファとセックスすることで、ヒートの症状は抑えられる。薬を飲むよりずっと効果的な方法だった。
突発的なヒートにより見知らぬアルファに襲われる危険のあるオメガは、常にリスクを抱えながら生きている。しかしつがいを持つことができれば、格段に安全な生活を送ることができる。
「それはそうだけど……でも初対面なのにこんな話――」
「そもそも俺たちがセフレって設定をでっち上げてその話を振ったからじゃないか」
「あ~、そうだった」
失礼だったのはこっちの方か。
「もっと嫌な奴だったら俺も喜んで婚約破棄計画に協力するよ。だけど、この縁談も悪くなさそうだなって思ったんだ。急いでぶち壊す必要もないんじゃないかって」
「でも……」
「チカは大学三年だろ? ちゃんと話をしたら、彼も途中で退学させてまで結婚を急いだりはしないんじゃないのかな」
「だけど結局卒業後は日本に帰らないといけないじゃん」
「そうだね。だけど俺としても事情を知った今、オメガの君が一人でこっちにいるのがなんとなく心配になってきたんだよ。早いとこつがいに守ってもらったほうが良いんじゃないか?」
「え~。それじゃ本当にミンジェヒョンになっちゃったみたいじゃん!」
僕が笑うと、彼がちょっとせつなそうな表情を見せた。
「かもね。できればどんなオメガもアルファに怯えることなく自由に過ごして欲しいって思うよ」
ミンジェはさっきまでとはちがい、何か憂いを帯びたような視線を窓の外へ向けた。
――あれ? どうしたのかな。
もしかするとミンジェの過去にも何かあったのかもしれない。だけど客という立場でしかない自分には何も聞けなかった。
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