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旅行

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温泉を出た後、委員長の作ったビーフシチューを頂く。

「うん、おいしい」
作り始めてからそんなに時間は経ってないはずなのに、肉は柔らかく、イモに味が染みている。
何か一手間加えたのだろうか。

「口に合ったようでよかったわ。何時間か煮込んだ方がコクが出て美味しくなるはずだけどね」
委員長が食べている肉じゃがの具材は切る大きさが違うだけでビーフシチューと同じに見える。
ここまで決めてメニューを決めていたのだろう。

これが主婦の力というやつか。
委員長はまだ中学生だけど……。


「これからのことだけど、委員長はこの家で生活しながらあの部屋に隠されてた物を調べるんだよね?」
夕食を食べ、フランちゃんが寝た後に委員長に確認する。

「そうね。危険を犯してまで持ってきたのだから見ない手はないわ。私達を呼んだのも、魔王復活を企んでいるのも国王の可能性が高そうだし、色々と抜けていたピースが繋がるかもしれないわ」

「僕は少しの間元の世界でゆっくりすることにするよ。第1騎士団の人が訪ねてくると思うから、そしたら調査の協力をお願い」

「わかったわ」

「それじゃあ、おやすみ」
自室に戻った僕は、今日も来ていた立花さんからのメールにいつもとは違う返事を返してから布団に入る。


「お待たせ」
起きてから、立花さんから帰ってきていたメールに返事をして、朝食を食べた後駅前で立花さんと合流する。

「ゲームの機材を買いに行くんだよね?お金は持ってきたけど、何が必要かわからないから教えてね」

「任せて。立花さんが快適に遊べるように選ぶよ」
僕がヨツバではなく立花さんと呼んだことに立花さんは不満気だけど、誰しもが苗字のある日本で異性を下の名前で呼び捨てにするのは、付き合っているか、遊び慣れているチャラい人くらいだろう。
僕の偏見かもしれないけど、いつまでもヨツバと呼ぶつもりはない。

電車で隣街まで移動して、家電量販店に入る。

「まずは一番大事なVR機器だけど、僕のオススメはこれだよ。人気はワイヤレスのこっちのタイプなんだけど、内蔵されている部品が多い分少し重かったり、ラグが発生するから感覚がズレるんだよ。ケーブル類が邪魔なのは間違いないけどね」
立花さんの銀行口座にも桜井君と同様に大金が入っていたというのは聞いているので、金額はあまり考慮せず、立花さんに合っているものを選ぶ。

ワイヤレスには2種類あって、一つは別の機器とケーブルを使わずにペアリングして繋がっており、もう一つはVRゴーグル自体にCPUなどが内蔵されている。
ペアリングしてある方は多少ではあるがラグが大きくなり、内臓されている方は小さいパソコンが入っているようなものだから重く、コントローラーとは無線で繋がるわけだからやはりラグは発生する。

「そうなの?ラグってそんなに気になるの?」

「無いに越したことは無いってくらいかな。普通にゲームを楽しむには気にならない程度だよ。ラグよりは軽さかな。実際に装着してみて選ぶといいよ」
実際に付けてもらい、重さだけでなく、フィット感や画面に違和感なく焦点が合うかなど確認して決めてもらう。

その後、ゲーミングチェアやコントローラーなど周辺機器も一つ一つ選んでいく。

「大きいものは宅配で送ってもらって、必要な物だけ持って帰ろうか」

立花さんが支払いをするのを待ち、買った物を持ち店を出る。

「お腹すいたね。何か食べてから帰らない?」

「そうだね。僕も少し空いたかな。初期設定の方法も説明したいからあそこのファミレスにでも入ろうか」

「うん。でも、初期設定とかは難しそうだし、クオンが私の家に来て設定してくれたほうが簡単じゃない?クオンも私に教えるよりも楽だと思うんだけど……」

「僕は周りから自分がどう思われているかわかっているつもりだから立花さんの家に行くのは……とりあえず今はやめておくよ。それから前から言おうと思ってたんだけど、クオンっていうのはハンドルネームで本名じゃないから他の呼び方に変えてもらえるかな?」
厨二心で決めた名前で呼ばれるのは抵抗しかないので、直してもらうように頼む。

「……わかった。なんて呼べばいい?」

「普通に斉藤でいいよ」

「普通に……。私は苗字で呼ばれてなんだか距離が開いたみたいで少し寂しいかな。私は偽名だったわけではないし、そのまま四葉って呼んでくれていいんだけど……」

「向こうで会った頃に立花さんが言ってたことだけど、異性の同級生を名前で呼ぶのは緊張するんだよ。ゲーム感覚でいたあの時の僕とは違って、今ここにいるのは不登校の斉藤だからね」
あの頃が1番楽しかったな……

「……そうだね。なんだか私も斉藤君のことを下の名前で呼ぼうと思ったなら恥ずかしくなってきちゃった」

「立花さんが僕のことを他の呼び方で呼びたくなったら好きに呼んでいいよ。ただ、クオンっていうのは仮想空間の僕の分身に名付けた名前だから他の名前でお願い。続きの話は店の中でしようか」

ファミレスで軽食を食べながら初期設定のやり方を立花さんに教える。
昔の機器と違って周辺機器と繋げるだけでほとんど自動でやってくれるのでそんなに難しくはない。
詰まってしまったら電話してくれればいいので問題はないはずだ。

ゲーム内の細かい設定やキャラメイクは、同時に接続して会話しながら進めればいい。

「斉藤君も一緒にやるんだよね?私は一緒に出来て嬉しいけど、向こうはいいの?」
ポテトにフォークを刺しながら立花さんに聞かれる。
元々は立花さんがオンラインゲームをしてみたいという話から、必要な物を選ぶのに買い物に行こうという話だった。
僕も一緒にやるという話ではなかったけど、新しく始まったゲームが気になっていた僕も一緒にやることにした。

「あと残ってるのは委員長だけでしょ?必要なことは調べられるようにしておいたし、放っておいても自力で帰ってくるよ」

「斉藤君は委員長を過大評価し過ぎてない?私も委員長なら1人でなんとかしそうとは思うけど、そんなに楽観視は出来ないよ」

「過大評価はしてないよ。委員長がいたことによってどれだけクラスメイトを殺すのが大変だったか考えると、妥当な評価だよ」

「委員長はそうだとして、斉藤君が向こうの世界に行く時間が無くなるのがいいのかなって聞いたつもりだったんだけど……」

「全く行かないわけじゃないから大丈夫だよ。本音を言うなら、あの世界がゲームのように純粋に楽しかったのは魔法都市に着いた頃くらいまでかな。その後がつまらなかったとは言わないけど……」

「そうなの?王都に着いた時とか楽しそうにしてたと思うけど……」

「あれはゲームとして楽しんでいたわけじゃなくて、観光として楽しんでただけだよ。あの世界じゃなくても旅行に行ったら楽しいでしょ?」

「……確かにそう言われるとそうだったかもしれない」

「あの世界はゲームのようだけど、ゲームではなく現実だったってだけの話。結局、あの世界は進める目的がないクソゲーなんだよ。あの世界が本当にゲームとしてサービスが開始してたなら、あまりのリアルさに話題にはなるけど、本当にゲームが好きな人はすぐに離れていくよ。話が飛んだけど、残りも委員長だけになって全員帰還の目処も立ったし、あの世界は一通り楽しんだからゲームをやる時間を作ろうかなって。それだけ」

「そうなんだ」

「そういうことだから、帰ったら早速始めようか」
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