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62.黒髪の魔女のお話
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「どうしてお母様は、黒髪の魔女のお話なんてしたのかしら?」
波乱万丈な日々を送ることにはなったが、黒髪の魔女の話と魔封じの石のお蔭で、アルテミスはオライオンと出会い、結ばれることが叶った。
だから感謝さえしているが、疑問に思う。
アルテミスの髪と瞳を見て驚いた使用人たちだったが、代官アマースだけは他と反応が違ったため、何か知らないかと聞いてみた。
彼は初め口を閉ざしたが、アルテミスが過去を恨んでいるのではなく、ただ知りたいのだと気付くと、口を開いた。
「旦那様が王都にいる間に、奥様は領地でアルテミス様をお産みになりました」
生まれてきた赤ん坊は父母のどちらにも似ていない、黒い髪と白銀の瞳を持っていた。
不貞を疑われることを恐れた母イシスは、アルテミスを魔獣が棲む森に捨て、ディオスには死産だったと伝えるように乳母イーノに指示する。
イーノは途方に暮れるが、雇い主に逆らえば職を失ってしまう。泣く泣く幼いアルテミスを連れて森に向かうことにした。
気休めではあるが、せめて魔獣を払うといわれる魔封じの石をアマースに頼んで用意してもらい、子供に持たせようと考え相談に来た。
アマースは初めこそ驚きディオスに顛末を伝えようと考えたが、外聞を気にする彼の気質は良く知っていたため、夫人と同じように娘を処分するよう命じるだろうと予想できた。
それどころかアルテミスを生んだアマースや嫡男のアポロンまで冷遇しかねない。
苦渋を飲み込み、なるべく大きな魔封じの石を取り寄せて、自分の運命も知らずに眠る赤ん坊に持たせた。
すると彼女の髪がイシスに似た茶色い髪に、瞳の色はディオスの瞳に似た茶色へと変わったのだ。
驚いたイーノとアマースだったか、この姿ならば捨てられずに済むのではないかと、赤ん坊を連れてイシスの下へ戻る。
イシスは魔封じの石に反応する子供を余計に気味悪がったが、アマースから、
「自分たちは侯爵に仕える身であり、侯爵に嘘の報告はできない」
と言われ、渋々子供を生かすことに承諾した。
ただし、侯爵家の家族三人には必要以上に近付けないこと、殺そうとしたことと子供の真の姿は誰にも伝えないことを条件に。
放っておけば隙を突いて殺しかねないと判断したアマースとイーノは、この条件を飲んだ。
「申し訳ございません、お嬢様。旦那様にきちんとお伝えしておけば、お嬢様はもっと早くに聖女として認められ、あのような苦労をする必要もありませんでしたでしょう」
深く謝罪したアマースは辞表を出して館を出ていこうとしたが、アルテミスは彼を引き留めた。
幼い頃から傍にいてくれて、領地の経営も任せられる彼は、フルムーン侯爵領に居なくてはならない存在だ。それに――。
「アマースがいてくれたから、私は生きていられたのでしょう? だったら私はあなたに感謝するわ。助けてくれてありがとう、アマース」
「お嬢様……」
にっこりと微笑まれて、アマースは耐え切れなくなったように目元を拭った。
聖女の特徴は、貴族たちにも公表されていなかった。もしもディオスに伝えていれば、アマースの予想通りになっただろう。
一つでも歯車がずれていれば、オライオンとは会えなかったかもしれない。会えていても、別れることになっていたかもしれない。
隣に座って共に聞いていたオライオンが、柔らかな目で愛しげにアルテミスを見つめていた。
「私は今とても幸せなのよ? だからアマースも笑ってちょうだい?」
春に咲き誇る花のように、アルテミスは満面に笑みを咲かせたのだった。
聖女が身に付けていた魔封じの石を外したからか、それとも愛する人と共にいられる幸せからか、王国から魔獣は姿を消した。
フルムーン領に近い隣国を中心に、多くの国でもその恩恵を受けたという。
聖女の傍には常に聖騎士がおり、誰も聖女に危害を加えることはできなかったと伝わる。
<了>
最後までお読みいただきありがとうございました。
波乱万丈な日々を送ることにはなったが、黒髪の魔女の話と魔封じの石のお蔭で、アルテミスはオライオンと出会い、結ばれることが叶った。
だから感謝さえしているが、疑問に思う。
アルテミスの髪と瞳を見て驚いた使用人たちだったが、代官アマースだけは他と反応が違ったため、何か知らないかと聞いてみた。
彼は初め口を閉ざしたが、アルテミスが過去を恨んでいるのではなく、ただ知りたいのだと気付くと、口を開いた。
「旦那様が王都にいる間に、奥様は領地でアルテミス様をお産みになりました」
生まれてきた赤ん坊は父母のどちらにも似ていない、黒い髪と白銀の瞳を持っていた。
不貞を疑われることを恐れた母イシスは、アルテミスを魔獣が棲む森に捨て、ディオスには死産だったと伝えるように乳母イーノに指示する。
イーノは途方に暮れるが、雇い主に逆らえば職を失ってしまう。泣く泣く幼いアルテミスを連れて森に向かうことにした。
気休めではあるが、せめて魔獣を払うといわれる魔封じの石をアマースに頼んで用意してもらい、子供に持たせようと考え相談に来た。
アマースは初めこそ驚きディオスに顛末を伝えようと考えたが、外聞を気にする彼の気質は良く知っていたため、夫人と同じように娘を処分するよう命じるだろうと予想できた。
それどころかアルテミスを生んだアマースや嫡男のアポロンまで冷遇しかねない。
苦渋を飲み込み、なるべく大きな魔封じの石を取り寄せて、自分の運命も知らずに眠る赤ん坊に持たせた。
すると彼女の髪がイシスに似た茶色い髪に、瞳の色はディオスの瞳に似た茶色へと変わったのだ。
驚いたイーノとアマースだったか、この姿ならば捨てられずに済むのではないかと、赤ん坊を連れてイシスの下へ戻る。
イシスは魔封じの石に反応する子供を余計に気味悪がったが、アマースから、
「自分たちは侯爵に仕える身であり、侯爵に嘘の報告はできない」
と言われ、渋々子供を生かすことに承諾した。
ただし、侯爵家の家族三人には必要以上に近付けないこと、殺そうとしたことと子供の真の姿は誰にも伝えないことを条件に。
放っておけば隙を突いて殺しかねないと判断したアマースとイーノは、この条件を飲んだ。
「申し訳ございません、お嬢様。旦那様にきちんとお伝えしておけば、お嬢様はもっと早くに聖女として認められ、あのような苦労をする必要もありませんでしたでしょう」
深く謝罪したアマースは辞表を出して館を出ていこうとしたが、アルテミスは彼を引き留めた。
幼い頃から傍にいてくれて、領地の経営も任せられる彼は、フルムーン侯爵領に居なくてはならない存在だ。それに――。
「アマースがいてくれたから、私は生きていられたのでしょう? だったら私はあなたに感謝するわ。助けてくれてありがとう、アマース」
「お嬢様……」
にっこりと微笑まれて、アマースは耐え切れなくなったように目元を拭った。
聖女の特徴は、貴族たちにも公表されていなかった。もしもディオスに伝えていれば、アマースの予想通りになっただろう。
一つでも歯車がずれていれば、オライオンとは会えなかったかもしれない。会えていても、別れることになっていたかもしれない。
隣に座って共に聞いていたオライオンが、柔らかな目で愛しげにアルテミスを見つめていた。
「私は今とても幸せなのよ? だからアマースも笑ってちょうだい?」
春に咲き誇る花のように、アルテミスは満面に笑みを咲かせたのだった。
聖女が身に付けていた魔封じの石を外したからか、それとも愛する人と共にいられる幸せからか、王国から魔獣は姿を消した。
フルムーン領に近い隣国を中心に、多くの国でもその恩恵を受けたという。
聖女の傍には常に聖騎士がおり、誰も聖女に危害を加えることはできなかったと伝わる。
<了>
最後までお読みいただきありがとうございました。
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みんなの感想(65件)
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面白くて一気に読んでしまいました。楽しかったです!完結おめでとう御座います。でも、後日談を読んでみたいですね~結婚後日談とか新婚生活とか二人の子供達の成長とか立太子した王子とお姫様👸の結婚式や周りの恩恵受けて栄える街や国などを読んでみたいですね~😄
途中で感想が閉じられてしまい、困惑してしまいましたが、完結で解禁ですか?良かった(^ω^)
最終話で一部オライオンがオラトリオになっていますよ〜
なるほど。やはりクズ親共はクズであったね。最終的な処分ではクピード以外明言されて居ないですが、着の身着のまま放逐とかなってると良いなぁ。罪人として隠しようもない刺青か、焼き印でもおされて。
クピードは、クサリヘビにガブガブコースを辿ったのかな〜
ケケケケΨ(`∀´)Ψケケケケ
それにしても、アモール殿下のお相手…
死ぬ前に娶れって、なんて情熱的な。
良いですねぇ(*´ω`*)
若さですね、愛ですね。
そこんとこ、是非とも読んで見たかった。
完結おめでとうございます。
感想ありがとうございます。
心配させてしまいすみませんでした。様子見をしていました。
あれです。マイページのお知らせをご参照ください。
誤字指摘ありがとうございます。
はい。困った人たちでした。
王都を危険に晒しましたから、聖女の意味と、誰が本物で彼女の身に何があったかを踏まえれば……。国内には居場所はないでしょうね。
ふんわりアモール殿下とは良い組み合わせだと思います。
傍から見ると尻に敷かれていますが、主導権はアモール殿下が取るのでしょう。きっと。
ありがとうございます。
おや、魔石かい?
さて、めでたく魔女呼ばわりの呪縛から解き放たれたかな。
とは言え、クズ共が一網打尽に地獄に堕ちるまで、まだしばらくは隠さないとね。
感想ありがとうございます。
魔石ですね。
また余計なことをされたら困りますからね。