24 / 63
23.白壁の城が見えた
しおりを挟む
乗馬はともかくとして、木登りや魚獲りなどをする令嬢は、早々いないだろう。オライオン曰く、アルテミスだけらしいのだから。彼女に比べれば、大半の令嬢は物静かなはずである。
もしや遠まわしに、大人しくするようにと注意されているのかとも思ったアルテミスだが、アポロンの表情を見る限り、そういうわけでもないようだ。
窓から外を見ると、馬車は丘を登っていた。木々に遮られて見えなかったが、カーブを曲がった時に、丘の上に白壁の城が見えた。
「お兄様? 私、本日の予定を聞いていないのですが、もしかして王城に向かっていますか?」
「おや? 誰も伝えていなかったのか? そうだよ。今日は王城で王子たちとのお茶会がある」
ほんの数秒、微笑を消して瞳に怒気を宿らせたアポロンだったが、すぐに表情を戻して説明してくれた。
「王子様と?」
「ああ、そうだよ。アルテミスはずっと、王子たちと会いたがっていただろう?」
くすくすと、小さな子供の純粋な言葉を愛おしむように、アポロンは目尻を下げてうっとりとした眼差しをアルテミスに向ける。
その視線を受けながら、アルテミスは複雑な心境だった。
確かに幼い頃は、王様が暮らすお城や、そこに住んでいるのであろう王子様やお姫様に憧れていた。けれど今のアルテミスからは、そういう感情はほとんどなくなっていた。
彼女が今一番会いたいのは、きらきらとした王子様でもお姫様でもなく、柔らかな笑みをくれる、穏やかな春の日向のような空気をまとうオライオンなのだから。
彼も王都にいるのだと改めて思い出したアルテミスの頬が、薔薇の蕾のように淡く色づいていく。
魑魅魍魎の跋扈する貴族社会に穢されることなく、領地で大切に育ててきた美しい花。
不埒な虫どもなど近づけることなく、最高の相手を宛がわなければと、アポロンが笑みを深めていたことなど、アルテミスは知る由もなかった。
馬車は進む。丘を抜け、門を潜り、そして噴水の横を通り過ぎ、御者は手綱を引いて馬を止めた。
王家に仕える騎士が馬車に近付き、扉を開ける。先にアポロンが下り、アルテミスに手を差し出す。その手を取って、アルテミスも馬車から下りた。
目の前に立つ王城に圧倒されながら、慣れた足取りのアポロンにエスコートされて王城の中を進んでいく。
天井には天界で暮らす女神や精霊たちが描かれ、まるで今にも動き出しそうだ。柱の一本一本にも、繊細かつ美麗な彫刻が施されている。
廊下の壁際に置かれた美術品も、どれもこれも素晴らしい。
ここが王族が住まう場所なのかと、アルテミスは圧倒されて声も出なかった。
あまりきょろきょろと頭を動かしてはいけないと思っていても、ついつい目が動いてしまう。そんなアルテミスの様子を窺っていたアポロンは、くすりと笑う。
「これから何度も来ることになるだろうから、そんなに目を輝かせなくてもいいよ?」
「ごめんなさい。恥ずかしい振る舞いをしてしまいました」
「恥ずかしくなんてないさ。可愛らしかったよ?」
アポロンの眼差しは、幼い子供のあどけない姿に目尻を下げる大人たちのようだ。やはり淑女としては失格なのだと、アルテミスは気を引き締めて廊下を進む。
案内された部屋には丸いテーブルが並び、壁際もテーブルの上も、彩り豊かな花が飾られていて、まるで春の花園のようだ。
すでに席に着いていた令嬢たちも春らしく淡い色合いのドレスを着ていて、妖精たちのお茶会に迷い込んできたかのようで、アルテミスは心を弾ませた。
しかしアルテミスが部屋に入ると、ぴたりと会話が止み、彼女たちの視線が注がれる。
驚いて足が止まりかけたアルテミスだったが、アポロンに手を引かれていたので何とか立ち止まらずに前に進む。
もしや遠まわしに、大人しくするようにと注意されているのかとも思ったアルテミスだが、アポロンの表情を見る限り、そういうわけでもないようだ。
窓から外を見ると、馬車は丘を登っていた。木々に遮られて見えなかったが、カーブを曲がった時に、丘の上に白壁の城が見えた。
「お兄様? 私、本日の予定を聞いていないのですが、もしかして王城に向かっていますか?」
「おや? 誰も伝えていなかったのか? そうだよ。今日は王城で王子たちとのお茶会がある」
ほんの数秒、微笑を消して瞳に怒気を宿らせたアポロンだったが、すぐに表情を戻して説明してくれた。
「王子様と?」
「ああ、そうだよ。アルテミスはずっと、王子たちと会いたがっていただろう?」
くすくすと、小さな子供の純粋な言葉を愛おしむように、アポロンは目尻を下げてうっとりとした眼差しをアルテミスに向ける。
その視線を受けながら、アルテミスは複雑な心境だった。
確かに幼い頃は、王様が暮らすお城や、そこに住んでいるのであろう王子様やお姫様に憧れていた。けれど今のアルテミスからは、そういう感情はほとんどなくなっていた。
彼女が今一番会いたいのは、きらきらとした王子様でもお姫様でもなく、柔らかな笑みをくれる、穏やかな春の日向のような空気をまとうオライオンなのだから。
彼も王都にいるのだと改めて思い出したアルテミスの頬が、薔薇の蕾のように淡く色づいていく。
魑魅魍魎の跋扈する貴族社会に穢されることなく、領地で大切に育ててきた美しい花。
不埒な虫どもなど近づけることなく、最高の相手を宛がわなければと、アポロンが笑みを深めていたことなど、アルテミスは知る由もなかった。
馬車は進む。丘を抜け、門を潜り、そして噴水の横を通り過ぎ、御者は手綱を引いて馬を止めた。
王家に仕える騎士が馬車に近付き、扉を開ける。先にアポロンが下り、アルテミスに手を差し出す。その手を取って、アルテミスも馬車から下りた。
目の前に立つ王城に圧倒されながら、慣れた足取りのアポロンにエスコートされて王城の中を進んでいく。
天井には天界で暮らす女神や精霊たちが描かれ、まるで今にも動き出しそうだ。柱の一本一本にも、繊細かつ美麗な彫刻が施されている。
廊下の壁際に置かれた美術品も、どれもこれも素晴らしい。
ここが王族が住まう場所なのかと、アルテミスは圧倒されて声も出なかった。
あまりきょろきょろと頭を動かしてはいけないと思っていても、ついつい目が動いてしまう。そんなアルテミスの様子を窺っていたアポロンは、くすりと笑う。
「これから何度も来ることになるだろうから、そんなに目を輝かせなくてもいいよ?」
「ごめんなさい。恥ずかしい振る舞いをしてしまいました」
「恥ずかしくなんてないさ。可愛らしかったよ?」
アポロンの眼差しは、幼い子供のあどけない姿に目尻を下げる大人たちのようだ。やはり淑女としては失格なのだと、アルテミスは気を引き締めて廊下を進む。
案内された部屋には丸いテーブルが並び、壁際もテーブルの上も、彩り豊かな花が飾られていて、まるで春の花園のようだ。
すでに席に着いていた令嬢たちも春らしく淡い色合いのドレスを着ていて、妖精たちのお茶会に迷い込んできたかのようで、アルテミスは心を弾ませた。
しかしアルテミスが部屋に入ると、ぴたりと会話が止み、彼女たちの視線が注がれる。
驚いて足が止まりかけたアルテミスだったが、アポロンに手を引かれていたので何とか立ち止まらずに前に進む。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,007
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる