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18.その力を使いたいと思うか?
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「アルテミスは国を滅ぼしたりなんてしない。もしもアルテミスが黒髪の魔女と同じ力を持っていたとしても、使わなければいいだけだろ? アルテミスはその力を使いたいと思うか?」
首を左右に大きく振るアルテミスの茶色い瞳から、とめどなく涙があふれ出す。
「アルテミスは本当に泣き虫だな」
「そんなはずはないわ。私、人前では泣かないもの」
言い返したものの、初めて会った時から何度も泣き顔を見られていることを思い出してしまい、罰が悪そうに視線を逃がした。
涙を拭ってくれていたオライオンの右手が、アルテミスの頭へと移る。
「そうか。じゃあ、俺の前では泣いていいから。俺がいる夏の間は、一人で泣いたりするな」
「うん」
一年分の涙があふれるように、アルテミスは泣き続けた。
ようやく涙が止まったのは、太陽が真上に昇った頃だった。どうやら一時間以上も泣き続けてしまったようで、アルテミスは目やまぶたが熱くてよく見えない上に、頭痛さえした。
「しっかり泣いたな」
オライオンは笑顔でアルテミスの頭を少し乱暴に撫でる。
髪がくしゃくしゃになるのはちょっとだけ気になったが、嫌な気がするどころかなぜか嬉しくて、アルテミスは抵抗しなかった。
「下りて昼食を持ってきてあげたいけど、ちょっと時間が掛かりそうだな」
首を動かして真下を覗き込んだオライオンは、失敗したと情けなく眉をひそめた。
木の下で待っている愛馬が、虫のように小さい。遠くの景色を見ているときは気にならなかったのに、急に足元から恐怖が襲ってきて眩暈がしそうになった。
「ごめんなさい。私も今はちょっと下りられそうにないかも。目が熱くてよく見えないの」
「じっとしてろ」
真っ赤になった目と、腫れた瞼を気の毒そうに見、然もありなんとオライオンは納得する。冷やしてあげたいが、それも木から下りるまでは無理だろう。
そんなことを考えている間に、アルテミスは近くで揺れる葉を摘むと目に当てた。水で濡らしたハンカチほどではないが、木の葉もひんやりと冷たい。
「あのね」
「ああ」
木の葉で両目を覆ったまま、アルテミスが喋り出す。
「黒髪の魔女は、魔獣を操ることができるの」
さっきはあんなに言葉にすることが難しかったのに、今度はすんなり咽から出てきた。
葉っぱで目を覆っているため、オライオンの表情は見えない。けれどきっと大丈夫だと、アルテミスは言葉を続ける。
「この森から魔獣が減ったのは、私が生まれてからなんだって」
聡いオライオンならば、この言葉の意味が分かるだろう。
アルテミスは彼の答えを待った。
「――それならきっと、アルテミスは悪い魔女なんかじゃないよ。魔獣を大人しくさせて国を守る、優しい魔女だ」
ひらりと、目に当てていた葉が滑り落ちて風に舞う。
優しい青い瞳はにっこりと、魔女の力を告白する前と変わらぬ笑顔でアルテミスを見つめていた。
「ええ。ええ! 私は国を滅ぼしたりなんてしない。本当に黒髪の魔女で、魔獣を操れるのなら、人を傷付けないように言い聞かせるわ」
「ああ。アルテミスならできるよ。でも一人で魔獣の所に行ったりするなよ? 俺も一緒に行くから」
「うん!」
それからアルテミスの目が落ち着き、オライオンの恐怖も落ち着いてから、二人は木を下りた。
根に腰かけて、オライオンが用意してきてくれていたサンドイッチを二人で頬張る。
「あのさ、黒髪の魔女の話なんだけど」
食事を終えてバスケットが空になると、オライオンが切り出して来た。
「アルテミスのことは言わないで、それとなく聞いてみたんだけど」
オライオンは王都から来た。王都にはたくさんの人がいて、優秀な人々も大勢いる。本もたくさんあるという。
無意識に咽を鳴らしたアルテミスの不安を感じ取ったオライオンは、安心させるように彼女の手を握って続ける。
「誰も知らなかった」
首を左右に大きく振るアルテミスの茶色い瞳から、とめどなく涙があふれ出す。
「アルテミスは本当に泣き虫だな」
「そんなはずはないわ。私、人前では泣かないもの」
言い返したものの、初めて会った時から何度も泣き顔を見られていることを思い出してしまい、罰が悪そうに視線を逃がした。
涙を拭ってくれていたオライオンの右手が、アルテミスの頭へと移る。
「そうか。じゃあ、俺の前では泣いていいから。俺がいる夏の間は、一人で泣いたりするな」
「うん」
一年分の涙があふれるように、アルテミスは泣き続けた。
ようやく涙が止まったのは、太陽が真上に昇った頃だった。どうやら一時間以上も泣き続けてしまったようで、アルテミスは目やまぶたが熱くてよく見えない上に、頭痛さえした。
「しっかり泣いたな」
オライオンは笑顔でアルテミスの頭を少し乱暴に撫でる。
髪がくしゃくしゃになるのはちょっとだけ気になったが、嫌な気がするどころかなぜか嬉しくて、アルテミスは抵抗しなかった。
「下りて昼食を持ってきてあげたいけど、ちょっと時間が掛かりそうだな」
首を動かして真下を覗き込んだオライオンは、失敗したと情けなく眉をひそめた。
木の下で待っている愛馬が、虫のように小さい。遠くの景色を見ているときは気にならなかったのに、急に足元から恐怖が襲ってきて眩暈がしそうになった。
「ごめんなさい。私も今はちょっと下りられそうにないかも。目が熱くてよく見えないの」
「じっとしてろ」
真っ赤になった目と、腫れた瞼を気の毒そうに見、然もありなんとオライオンは納得する。冷やしてあげたいが、それも木から下りるまでは無理だろう。
そんなことを考えている間に、アルテミスは近くで揺れる葉を摘むと目に当てた。水で濡らしたハンカチほどではないが、木の葉もひんやりと冷たい。
「あのね」
「ああ」
木の葉で両目を覆ったまま、アルテミスが喋り出す。
「黒髪の魔女は、魔獣を操ることができるの」
さっきはあんなに言葉にすることが難しかったのに、今度はすんなり咽から出てきた。
葉っぱで目を覆っているため、オライオンの表情は見えない。けれどきっと大丈夫だと、アルテミスは言葉を続ける。
「この森から魔獣が減ったのは、私が生まれてからなんだって」
聡いオライオンならば、この言葉の意味が分かるだろう。
アルテミスは彼の答えを待った。
「――それならきっと、アルテミスは悪い魔女なんかじゃないよ。魔獣を大人しくさせて国を守る、優しい魔女だ」
ひらりと、目に当てていた葉が滑り落ちて風に舞う。
優しい青い瞳はにっこりと、魔女の力を告白する前と変わらぬ笑顔でアルテミスを見つめていた。
「ええ。ええ! 私は国を滅ぼしたりなんてしない。本当に黒髪の魔女で、魔獣を操れるのなら、人を傷付けないように言い聞かせるわ」
「ああ。アルテミスならできるよ。でも一人で魔獣の所に行ったりするなよ? 俺も一緒に行くから」
「うん!」
それからアルテミスの目が落ち着き、オライオンの恐怖も落ち着いてから、二人は木を下りた。
根に腰かけて、オライオンが用意してきてくれていたサンドイッチを二人で頬張る。
「あのさ、黒髪の魔女の話なんだけど」
食事を終えてバスケットが空になると、オライオンが切り出して来た。
「アルテミスのことは言わないで、それとなく聞いてみたんだけど」
オライオンは王都から来た。王都にはたくさんの人がいて、優秀な人々も大勢いる。本もたくさんあるという。
無意識に咽を鳴らしたアルテミスの不安を感じ取ったオライオンは、安心させるように彼女の手を握って続ける。
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