華に君を乞う

しろ卯

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110.アビ。お前が行って

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「アビ。お前が行って討伐して来い。ただし、神子には傷一つ付けるな」
「神子様、ですか?」

 名指しで命じられたアビが跪いたが、彼の目は疑問を浮かべてセッカを見た。
 その反応に顔をしかめたビンスイは、

「そうだ。。すぐに取り戻し、曲者どもを処罰せよ。生死は問わぬ」
「御意」

 王の言葉を聞いたアビの瞳が揺れ、光を失う。従順な傀儡となったアビは、隊員たちを引きつれて蕊玉を出ていった。

 ――あと少し。

 飛び出そうとする手足を押さえつけるように力を込め、オナガはセッカが祈りの間へと下がるのを待つ。
 一秒が一分にも感じる長い時。
 ようやくその時が来た。

「陛下、祈りの時間となりました。御前失礼いたします」
「うむ。行って参れ」

 表情が動きそうになるのを押し留め、オナガはセッカが部屋を出るのを静かに待つ。
 セッカを護衛する禁衛の中に、元部下であるウズラとキウイの姿があった。
 王を葬った後、我に返ったセッカを知らぬ隊員たちは、自分たちを操っていた神子としてセッカを襲うだろう。
 どうか護ってやってくれと祈りつつ、彼女たちが遠ざかっていく気配を耳で追いかけた。

 充分にセッカたちが離れたところで、オナガは動き出す。常と変わらぬ足取りでゆったりと、玉座に近付いていった。
 異変に気付いたビンスイが訝しげな顔を向け、禁衛たちが王を護るために動き出す。

「どうした? オナガ?」
「分かりもはんか?」

 鯉口を斬りながら、静かに問う。

「俺を斬れば、セッカも禁衛も死ぬぞ?」
「そうかもしれん、ねっ!」

 床を蹴り、一気に間合いを詰める。
 オナガとビンスイの間に、立ち塞がる禁衛たち。

「どけえいっ!」

 オナガは襲ってくる刃は斬り捨てて、左手に握った鞘で殴り飛ばしていく。
 ビンスイの顔が強張っていく。神子の守護者として華族以上の力を得ていたはずの禁衛たちが、成す術なく打ち倒されていくのだから。

 王の危機を感じ取った神子が、踵を返して戻ってくる。
 けれどセッカが部屋に入る前に、オナガの刀がビンスイに届いた。

「王手じゃ」

 迷いなく、オナガはビンスイの首を刎ねた。
 火花を散らしながら、王の首が飛ぶ。全員が動きを止め、目だけが空中に弧を描く王の首を追っていた。

 ごとりと、王だったものが床に落ちる。
 その場にいた者たちの、どこか虚ろだった瞳が震え、意思を取り戻していく。
 衣擦れの音まで聞こえる静寂。

 数秒の後、一人が咆哮を上げた。それが呼び水となって、全員が叫び声を上げた。
 解放されたことへの歓喜。意思を奪われていたとはいえ、己が行ってきた言動への後悔。理不尽な王への憤怒。
 感情が爆発したように叫ぶ者。膝を突いて顔を覆う者。肩を叩き合う者たち。

 自由を得た禁衛たちを見たオナガは、口元を緩める。それから、刀を収めてセッカの下へ向かった。
 セッカの瞳は、オナガを真っ直ぐに見つめている。罪悪感に震えながら、それでもオナガを求める瞳。
 戻ってきたのだ。神子の呪縛から解かれ、オナガの下へ。

 オナガも微笑み返す。しかしそれも束の間。柔らかな彼の眼差しに、鋭く動く影が映った。
 床を蹴ったオナガは、右手でセッカを庇うように抱きしめると、左手に持ったままだった刀を鞘ごと振るった。
 セッカを襲おうとした、彼女の護衛だった女が吹き飛ぶ。

「なぜ邪魔をするっ? その女のせいで、私たちがどれだけ苦しんだと思う? 最近入ってきた新入りのお前には分からないだろうが、それは神子などという神聖な存在ではない! その女は」
「ああ、お前の言う通りじゃ。セッカは神子なんかじゃなか。俺の大事な女子おなごじゃ。お前らの気持ちは知っちょるつもりじゃが、俺のセッカは渡せん。手え出すな」

 オナガと女性隊員の騒ぎに気付いた禁衛たちが、騒ぐのを止めてオナガとセッカに視線を注ぐ。
 ある者は驚いたような目を。ある者は憎らしげに。そしてある者は、嬉しそうに笑った。
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