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90.ナグルと会った翌日
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ナグルと会った翌日、オナガは彼の言葉を確かめるべく、見習いたちの訓練所を訪れた。
「珍しいですね、第七から見学に来るなんて」
見習い隊員を訓練していた教員の一人が、オナガの赤い制服を見て揶揄するように言った。
「たまにはな。使えそうな者はおるか?」
「死地部隊に入隊を希望する者はねえ」
そんな自殺志願者はいないと、音に含まれる軽蔑を感じ取りながらも流して、オナガは訓練場へと視線を動かす。
ぱっと見て動きが良いのは赤毛の男だろう。刀の使い方も慣れていて、鍛えれば戦力に組み込めそうだ。
とはいえ、わざわざナグルが告げに来るほどの者とは思えない。
目を引くだけならば、華族と見紛う薄い蒼色の髪をした男だろう。
薄い色の髪は華族の特徴だが、平民にもいないわけではない。時折気まぐれで平民と子を作る華族がおり、その子や子孫に薄い色の髪が現れることがある。
彼ならば、蕊頂に現れても不自然ではないだろう。しかしこれと言って気に留める部分も見当たらない。後ろ姿しか見えぬが動きがぎこちなく、周囲から悪い意味で浮いていた。
「オナガさん?」
声を掛けられてオナガが振り向くと、紫色の制服を着た男が近付いてきていた。
「おお、ゲンポウか。久しぶりじゃな。元気にしちょったか?」
「お久しぶりです。ご挨拶にもいかず申し訳ありません」
第一部隊の隊長をしていた頃に、他部隊から第一に移動してきた隊員だ。第一に移動したばかりなので資格はないと、禁衛入りは辞退した。
深く礼をするゲンポウを見た教員たちが、呆気にとられる。
教員たちにとっても、検衛第一部隊は憧れの存在。ましてやゲンポウは現在、その第一部隊を束ねる隊長である。
「構わん。俺たちとは関わらんほうがよか。上からもそう言われちょるじゃろ?」
「それはそうなのですけど」
と、気まずそうな顔をしながら近寄って来た彼は、
「オナガさんの下で働いていた者たちは、誰も信じていませんでしたよ」
と、声を潜めて耳打ちした。
意表を突かれたオナガは珍しく目を丸くして驚くと、ゲンポウを見やる。真面目な顔つきで真っ直ぐに見つめてくる男。
元部下たちが信じてくれたていたことが嬉しくて、オナガは無意識にふっと笑みを浮かべてしまう。
「そげんこつ、人前でのうても言うなよ? お前も第一なら知っちょるじゃろ? この世界は狂うちょる。俺たちは狂うた世界で生きにゃならん」
くつくつと嘲笑しながらも、オナガは嬉しそうにゲンポウの肩を叩く。
「まったく、俺の部下は困った奴ばかりじゃ」
「その困った部下なんですけどね、アトリさんに、うちの隊員に手を出すのを止めるように言っていただけると助かるんですけど?」
「あれは俺も困っちょる」
たまにふらりと出かけては、気に入った男にちょっかいを掛けているらしきアトリ。
元からそういう性格ならばオナガも口出しは最低限に控えたが、以前は控えめだっただけに、本来の彼女が傷つくのではないかと気が気ではない。
「ヤガンさんがうつりました?」
「あん莫迦はうつるんか」
女性にちょっかいを出してばかりいたヤガン。セッカに失恋してからは少し控えるようになったが、それでも目に付いた。
はた迷惑なことだと呆れたように言って、どちらからともなく噴き出した。
「冗談はこれくらいで、いい見習いはいましたか?」
「そうじゃな。あの赤いんが動きが良かね」
「あの者はリスイと申しまして、禁衛副隊長であるアビ様のご子息です」
禁衛、とオナガは口の中で繰り返し、改めてリスイに目を向けた。
動きはいい。けれど鍛え上げた平民の枠は超えていない。ナグルが注目するような動きではない。
そこまで見てとり、ふと彼に対してなされた説明に違和感を覚える。
「珍しいですね、第七から見学に来るなんて」
見習い隊員を訓練していた教員の一人が、オナガの赤い制服を見て揶揄するように言った。
「たまにはな。使えそうな者はおるか?」
「死地部隊に入隊を希望する者はねえ」
そんな自殺志願者はいないと、音に含まれる軽蔑を感じ取りながらも流して、オナガは訓練場へと視線を動かす。
ぱっと見て動きが良いのは赤毛の男だろう。刀の使い方も慣れていて、鍛えれば戦力に組み込めそうだ。
とはいえ、わざわざナグルが告げに来るほどの者とは思えない。
目を引くだけならば、華族と見紛う薄い蒼色の髪をした男だろう。
薄い色の髪は華族の特徴だが、平民にもいないわけではない。時折気まぐれで平民と子を作る華族がおり、その子や子孫に薄い色の髪が現れることがある。
彼ならば、蕊頂に現れても不自然ではないだろう。しかしこれと言って気に留める部分も見当たらない。後ろ姿しか見えぬが動きがぎこちなく、周囲から悪い意味で浮いていた。
「オナガさん?」
声を掛けられてオナガが振り向くと、紫色の制服を着た男が近付いてきていた。
「おお、ゲンポウか。久しぶりじゃな。元気にしちょったか?」
「お久しぶりです。ご挨拶にもいかず申し訳ありません」
第一部隊の隊長をしていた頃に、他部隊から第一に移動してきた隊員だ。第一に移動したばかりなので資格はないと、禁衛入りは辞退した。
深く礼をするゲンポウを見た教員たちが、呆気にとられる。
教員たちにとっても、検衛第一部隊は憧れの存在。ましてやゲンポウは現在、その第一部隊を束ねる隊長である。
「構わん。俺たちとは関わらんほうがよか。上からもそう言われちょるじゃろ?」
「それはそうなのですけど」
と、気まずそうな顔をしながら近寄って来た彼は、
「オナガさんの下で働いていた者たちは、誰も信じていませんでしたよ」
と、声を潜めて耳打ちした。
意表を突かれたオナガは珍しく目を丸くして驚くと、ゲンポウを見やる。真面目な顔つきで真っ直ぐに見つめてくる男。
元部下たちが信じてくれたていたことが嬉しくて、オナガは無意識にふっと笑みを浮かべてしまう。
「そげんこつ、人前でのうても言うなよ? お前も第一なら知っちょるじゃろ? この世界は狂うちょる。俺たちは狂うた世界で生きにゃならん」
くつくつと嘲笑しながらも、オナガは嬉しそうにゲンポウの肩を叩く。
「まったく、俺の部下は困った奴ばかりじゃ」
「その困った部下なんですけどね、アトリさんに、うちの隊員に手を出すのを止めるように言っていただけると助かるんですけど?」
「あれは俺も困っちょる」
たまにふらりと出かけては、気に入った男にちょっかいを掛けているらしきアトリ。
元からそういう性格ならばオナガも口出しは最低限に控えたが、以前は控えめだっただけに、本来の彼女が傷つくのではないかと気が気ではない。
「ヤガンさんがうつりました?」
「あん莫迦はうつるんか」
女性にちょっかいを出してばかりいたヤガン。セッカに失恋してからは少し控えるようになったが、それでも目に付いた。
はた迷惑なことだと呆れたように言って、どちらからともなく噴き出した。
「冗談はこれくらいで、いい見習いはいましたか?」
「そうじゃな。あの赤いんが動きが良かね」
「あの者はリスイと申しまして、禁衛副隊長であるアビ様のご子息です」
禁衛、とオナガは口の中で繰り返し、改めてリスイに目を向けた。
動きはいい。けれど鍛え上げた平民の枠は超えていない。ナグルが注目するような動きではない。
そこまで見てとり、ふと彼に対してなされた説明に違和感を覚える。
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