華に君を乞う

しろ卯

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32.そいで、王族からん命令は

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「そいで、王族からん命令は、華族は逆らえんのか?」

 カイツが脱力している間に、オナガはさっさと二人の世界から戻ってきたようだ。

「難しいわね。平民と華族のような、強制力を持った力は作用しないわ。ただ立場的に断りづらいでしょうね。特にサイチョウが乗り気のようですし」

 サイチョウはセッカの父親だ。親と王族が取り決めたなら、娘のセッカが嫌だとごねたところで、断り切れるものではないという。

「分かった。駆け落ちをする」
「だから、それは止めろ」

 迷うことなく決意するオナガを、こめかみを抑えながらカイツが止める。まったく油断ができないと、きりきりと思考回路が痛む。

「そうは言うが、俺はセッカが他ん男の嫁になるのは許せれん」
「あら? 嫁にはならないと思うわよ?」

 さらりと否定するレイランに、視線が集まる。

「あの男は次期王の座を狙っているもの。王となるには神子を伴侶としなければならない。妻は娶らないわ」
「ではどうすっとじゃ?」
「妾にするに決まっているでしょう?」

 王族であるレイランは何でもないことのように言い切ったが、オナガとカイツから表情が抜け落ちた。平民の感覚では、妻よりさらに悪い状況だ。

「俺んセッカに横槍を入れるだけでなく、妾じゃと? そん男は俺に喧嘩を売っちょるんか?」

 無意識にオナガの左手が鯉口を切る。

「落ち着け。お前ならやれそうな気もするが、後で平民街にどれだけの被害が及ぶか分からん。少なくとも第一の何人かは道連れになるぞ」

 隊員の行動を制御できなかったのだ。隊長と副隊長は確実に首を斬られるだろう。他にもオナガと関わっていた者は巻き込まれかねない。

「そこまで横暴ではない、と言いたいところですけれど、平民軽視の者が何をするか分からないのも確かですわ。セッカが逃げるだけならともかく、王族を傷付ければそれなりの人数が処罰されるでしょうね」

 レイランの言いぶりを見ると、カイツが想像している範囲外にも被害が及びそうだ。

「だったら、どうせえち言うとじゃ?」
「ですから駆け落ちを」
「だからそれは止めろって!」

 三人は身を乗り出して声を張り上げる。混沌とした状況で、答えは出ない。

「ちょっと仲間に連絡していい?」
「どうぞ?」

 レイランの許可を取ったカイツは、胸ポケットから番貝ばんばいを取り出して弾いた。

『何かありましたか?』

 警戒するチュウヒの声が聞こえる。蕊山でオナガが絡む事件など碌なことではないと、しっかり認識しているようだ。

「悪い。人払いして。お前の意見を聞きたい」
『マガラ隊長は席を外していますから。どうぞ』

 カイツはここまでの状況を簡単に説明する。どうやら頭脳派のチュウヒに助けを求めるつもりのようだ。
 相槌さえ返ってこないが、頭を抱えるチュウヒの姿がいとも容易く想像できる。
 説明を終えた後、しばしの沈黙が落ちた。一同は番貝を通して帰ってくるであろう、チュウヒの答えを待つ。

『セッカ様のご家族としましては、王族とのよしみを持ちたいというのか第一の目的でしょう。これに関しましては、例えばレイラン様付の侍女など、もっと陛下に近い身分の方にお仕えすることで解決できるのではないでしょうか?』

 チュウヒからの提案に、おおっと感心するように歓声が上がる。

「良い案ね。そうすれば私はいつでもセッカを観察できるわ。連れ出すのも面倒な手続きをせずに簡単になる」
「レイラン様? あまりセッカを危険に巻き込まんでくれ」

 先程までとは違う警戒感がオナガとセッカを襲う。

『王族の方につきましても、レイラン様と奪い合ってまでセッカ様を得ようとはなさらないのではないでしょうか?』
「あの男ならするわね。けれど私が二人の恋を守るために戦えばいいのね。いいわ。それで行きましょう!」
「いいのっ?」

 なぜだか盛り上がってしまったレイラン。
 オナガも、

「レイラン様、俺も協力できっことがあればするるど。セッカを守りたもんせ!」

 と、熱く訴え出した。

『話が終わったなら通信を切りますね。あまり遅くならないように帰ってきてください』
「了解。ありがとな」

 投げやりなチュウヒの声に、早く帰れればいいなあと思いながら、カイツは力なく番貝を胸ポケットに収めた。
 話が横道に脱線したり、迷走したり、逆走したりしながら、何とか解決のための台本を作り終え解散できたときには、とっくに下山の予定時刻を過ぎていた。
 
「神様も恋を奨励するなら、身分違いの恋も叶うように便宜を測っといてくれれば良かったのにな」
「ほんのこて、そうやなあ」

 しみじみと言い合いながら、蕊山を下る。
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