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12.戸惑うセッカの反応を見て
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戸惑うセッカの反応を見て、オナガは捨てられた子犬のようにしょんぼりと悲しそうな顔をする。
「駄目か?」
「オナガがいいなら、私は構わないけれど」
「そうか。やったら問題なかね」
恥ずかしそうに消え入りそうな言葉を返すセッカ。にっかりと白い歯を見せて笑うオナガは嬉しそうだ。
チュウヒは華族の前だというのに顔を歪めて、得体のしれない物でも見るようにオナガをまじまじと見る。
華族に対して気安く喋りかけられる平民など、まず存在しない。仕事などの関係で親しくなったとしても、一線を超えることはない。
分を弁えない行為を華族が許すはずがなく、平民の側も弁えているからだ。
オナガの言動は処分されても不思議ではない、礼を失したふるまいである。
恐れを知らぬオナガの胆力に驚くべきか、それとも非礼を受け入れるセッカの心の広さに畏れ入るべきか。チュウヒの頭の中は混乱の嵐が吹き荒れていた。
「それはそうとセッカ、護衛はどげんした?」
安全な蕊山の中でも、彼女は外出する時には常に護衛を連れていた。
セッカは気まずそうに笑顔を硬くしていく。
「人がいたら、オナガと話せないでしょう?」
「サイチョウ様が心配すっど?」
「大丈夫よ? 今日はお父様もお母様もお出かけしているもの。館の者たちは私とオナガの味方だから。お父様とお母様が気付くとは思えないし平気よ」
平民の使用人は、主である華族に逆らうことはできない。どれだけセッカの味方だろうと、問われれば答えてしまう危険がある。
とはいえセッカが護衛も付けずに一人で出歩き、あまつさえ平民の男と逢引しているなどと思い至る華族がいるはずもなく、そんな質問をする者はいないだろう。
だから彼女の言う通り、露見する可能性は低い。
「あまり無茶すっなよ?」
「ええ、気を付けるわ」
花が咲くように微笑むセッカを見ていると、オナガも強くは言えなかった。
「一緒に行ってもいいかしら?」
「俺はよかけど」
確かめるように視線を向けられたチュウヒは、しかめそうになる顔を何とか抑える。たとえオナガの知り合いだろうと、人の良さそうな相手だろうと、華族の申し出を断れるはずがない。
「どうぞご自由に」
「ありがとう、チュウヒどん」
オナガを挟んで三人で歩き出す。
「変わりは無かか?」
「大したことはないわね。オナガはどうしていたの?」
「蕊山から下りてしばらくして、検衛ん試験を受けた」
セッカと別れてからこれまでのことを語って聞かせてやると、彼女は驚いたり笑ったりと、表情をころころと変えて聞き入る。
階層を抜けるところで別れるかと思っていたオナガだが、最上階まで行ったのち、再び降りてくると知っていたセッカは、付いて行きたいと申し出た。
「どうぞ」
チュウヒの許可を得て、オナガとセッカはそのまま連れ立って歩く。
階段での休憩をチュウヒは遠慮しようとしたが、いつも通りに過ごすオナガに負けて、投げやり気味に果李を補給する。
オナガも支給されていた果李を補給しようとしたが、その前にセッカが手を差し出した。
「よかか?」
「ええ、もちろんよ」
セッカと掌を重ね合わせると、温かなものが体に流れ込んでくる。
「これも久しぶりやなあ」
平民が蕊山で生活する場合は、携帯用の果李を補給するか、富絡と呼ばれる道具を使って蕊山から栄養を補給する。
だが掌を重ね合わせることで、人同士で分かち合うことも可能となる。
オナガが蕊山で暮らしていた頃、初めは彼も他の使用人たちと同じように、果李や富絡を使っていた。だがいつからかセッカから栄養を受け渡してもらうことが多くなっていた。
親しげに話していたオナガとセッカに驚きつつも、表情には出さないように努めていたチュウヒ。
それでもさすがに自らの栄養を、平民であるオナガに渡すセッカの姿には度胆を抜かれたようで、目を丸くして二人を凝視していた。
「セッカが華弁や垠萼に行くこつがあったら、俺が栄養を返すね」
「楽しみだわ。でも垠萼は危険ではなくて?」
「セッカんこつは俺が命に代えて護っで、心配するこつはなか」
「それは駄目よ。オナガにもしものことがあったら耐えられないわ」
平民が暮らす華弁に華族が訪れることは無いわけではないが、騒動になりやすく、あまり褒められたことではない。ましてや魔物が徘徊する垠萼は危険地帯である。
どちらも高位の華族とみられるセッカが足を運ぶような場所ではなかった。
二人のずれた会話が入ってくる耳にも瞼のように遮断する機能が欲しいと、切実に願う中飛だった。
「駄目か?」
「オナガがいいなら、私は構わないけれど」
「そうか。やったら問題なかね」
恥ずかしそうに消え入りそうな言葉を返すセッカ。にっかりと白い歯を見せて笑うオナガは嬉しそうだ。
チュウヒは華族の前だというのに顔を歪めて、得体のしれない物でも見るようにオナガをまじまじと見る。
華族に対して気安く喋りかけられる平民など、まず存在しない。仕事などの関係で親しくなったとしても、一線を超えることはない。
分を弁えない行為を華族が許すはずがなく、平民の側も弁えているからだ。
オナガの言動は処分されても不思議ではない、礼を失したふるまいである。
恐れを知らぬオナガの胆力に驚くべきか、それとも非礼を受け入れるセッカの心の広さに畏れ入るべきか。チュウヒの頭の中は混乱の嵐が吹き荒れていた。
「それはそうとセッカ、護衛はどげんした?」
安全な蕊山の中でも、彼女は外出する時には常に護衛を連れていた。
セッカは気まずそうに笑顔を硬くしていく。
「人がいたら、オナガと話せないでしょう?」
「サイチョウ様が心配すっど?」
「大丈夫よ? 今日はお父様もお母様もお出かけしているもの。館の者たちは私とオナガの味方だから。お父様とお母様が気付くとは思えないし平気よ」
平民の使用人は、主である華族に逆らうことはできない。どれだけセッカの味方だろうと、問われれば答えてしまう危険がある。
とはいえセッカが護衛も付けずに一人で出歩き、あまつさえ平民の男と逢引しているなどと思い至る華族がいるはずもなく、そんな質問をする者はいないだろう。
だから彼女の言う通り、露見する可能性は低い。
「あまり無茶すっなよ?」
「ええ、気を付けるわ」
花が咲くように微笑むセッカを見ていると、オナガも強くは言えなかった。
「一緒に行ってもいいかしら?」
「俺はよかけど」
確かめるように視線を向けられたチュウヒは、しかめそうになる顔を何とか抑える。たとえオナガの知り合いだろうと、人の良さそうな相手だろうと、華族の申し出を断れるはずがない。
「どうぞご自由に」
「ありがとう、チュウヒどん」
オナガを挟んで三人で歩き出す。
「変わりは無かか?」
「大したことはないわね。オナガはどうしていたの?」
「蕊山から下りてしばらくして、検衛ん試験を受けた」
セッカと別れてからこれまでのことを語って聞かせてやると、彼女は驚いたり笑ったりと、表情をころころと変えて聞き入る。
階層を抜けるところで別れるかと思っていたオナガだが、最上階まで行ったのち、再び降りてくると知っていたセッカは、付いて行きたいと申し出た。
「どうぞ」
チュウヒの許可を得て、オナガとセッカはそのまま連れ立って歩く。
階段での休憩をチュウヒは遠慮しようとしたが、いつも通りに過ごすオナガに負けて、投げやり気味に果李を補給する。
オナガも支給されていた果李を補給しようとしたが、その前にセッカが手を差し出した。
「よかか?」
「ええ、もちろんよ」
セッカと掌を重ね合わせると、温かなものが体に流れ込んでくる。
「これも久しぶりやなあ」
平民が蕊山で生活する場合は、携帯用の果李を補給するか、富絡と呼ばれる道具を使って蕊山から栄養を補給する。
だが掌を重ね合わせることで、人同士で分かち合うことも可能となる。
オナガが蕊山で暮らしていた頃、初めは彼も他の使用人たちと同じように、果李や富絡を使っていた。だがいつからかセッカから栄養を受け渡してもらうことが多くなっていた。
親しげに話していたオナガとセッカに驚きつつも、表情には出さないように努めていたチュウヒ。
それでもさすがに自らの栄養を、平民であるオナガに渡すセッカの姿には度胆を抜かれたようで、目を丸くして二人を凝視していた。
「セッカが華弁や垠萼に行くこつがあったら、俺が栄養を返すね」
「楽しみだわ。でも垠萼は危険ではなくて?」
「セッカんこつは俺が命に代えて護っで、心配するこつはなか」
「それは駄目よ。オナガにもしものことがあったら耐えられないわ」
平民が暮らす華弁に華族が訪れることは無いわけではないが、騒動になりやすく、あまり褒められたことではない。ましてや魔物が徘徊する垠萼は危険地帯である。
どちらも高位の華族とみられるセッカが足を運ぶような場所ではなかった。
二人のずれた会話が入ってくる耳にも瞼のように遮断する機能が欲しいと、切実に願う中飛だった。
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