クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と約束 1

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「約束していた剣を渡せるようになった。今から受け取りに行く。お前も来いよ。どんな男がその剣を使うのか、武器屋が見たいと言ってるから」
 次の町を目指して馬で走り続け、木陰で休憩をとっている時にフィオンはアーロンに囁いた。

「ありがとう。喜んで行くよ」
 と、アーロンはニッコリと微笑んだ。

「一時間ほど出かけて来る」
 フィオンがエマにそう言うと、2人はその場を離れた。
 フィオンは馬の背に颯爽と飛び乗ると、アーロンの顔を見た。

「さっきの笑顔を見たら、無性に腹立ってきたわ。
 乗せられるままに剣を用意したことを、今更ながら後悔してきた」
 と、フィオンは言った。

「後悔なんてさせないさ。その時が来れば、君も良かったと思ってくれるはずだから」
 アーロンがそう言うと、フィオンは大袈裟に溜息をついた。


 フィオンが馬に発進の合図を送ると、馬はかなりの速さで走り出し、馬のたてがみは捲き起こす風に靡いた。
 どこまでも続く平原を真っ直ぐ走り続けたが、フィオンは突然方向を転じた。躊躇うことなく川を渡り、一瞬だけアーロンを振り返ると林の中へと入り、生茂る木々の間をすり抜けていった。アーロンの馬も立ち止まることなく、目の前を走る馬に負けじと挑むような目をしながら走り続けた。

 フィオンがスピードを緩め始めると、前方から眩しい光が見え始めた。ようやく林を抜けると、鳥の囀りと水の音が聞こえた。澄み渡る空のような美しい湖が広がっていた。
 湖の奥にそびえる山が水面に映し出されている壮大な景色に、アーロンは息を呑んだ。


「ここで、待ってろ」
 フィオンはそう言うと、馬から降りた。湖畔の桟橋で、風に吹かれながら景色を見ている茶色い服を着た男に近付いて行った。フィオンは男に親しげに話しかけてから、アーロンを指差した。

 男は頷くと、フィオンの後ろを歩いてきた。背丈はフィオンの肩よりも低くて小柄な男だった。
 顔は目を除いては頭巾と覆面で隠されているが、その隙間からのぞく眼光は鋭く、相手のことを見透かすような目をしていた。
 アーロンの体を無遠慮なほど眺め回した後に、最後にまじまじとグレーの瞳を見つめた。

 男がフィオンの腕に触れると、男の身長に合わせるかのようにフィオンは身をかがめた。男は覆面をしているが口を片手で覆いながら何かを囁くと、フィオンは薄笑いを浮かべたのだった。
 男は手に持っていた白い布にくるんだ剣をフィオンに手渡すと、颯爽と林の奥へと消えて行った。
 しばらくすると何頭かの蹄の音がし、木々の葉が揺れる音と共に遠ざかっていった。

「なんなんだ?失礼な男だな」
 と、アーロンは不快感を滲ませながら言った。

「アイツを怒らせると怖いんだぜ。
 お前ほどではないが、ああいうのが一番ヤバかったりするからな。悪くするとせっかく用意してもらった剣を持って帰られるところだった。それか…斬り殺されてたかな」
 フィオンはまだニヤニヤしながらそう答えた。

「あの男、何を言ったんだ?」
 アーロンはフィオンの顔をジロリと睨みながら言った。

「さぁな。教えてやらんさ」
 フィオンはそう言うと、ゲラゲラと笑い出した。

「そうか、本当に不愉快だ」
 アーロンがそう言うと、吹く風が辺りの木々をそよそよと動かした。

「まぁ、そう言うなよ。隊長になりたての頃に、アイツと知り合えたのは本当に幸運だった。有名な武器屋は、俺には武器を売ろうとはしなかったからな」

「そうか、どうやって知り合ったんだ?」

「お前の国との戦があった時にな。戦場近くの村が、アイツの故郷だった。どんな男でも、故郷は特別だからな。
 で、俺がアイツの故郷を救ったんだよ。ワインが有名な村でな。
 あー、だからゲベート王国の騎士を恨んでんのかもな」
 フィオンがそう言うと、アーロンは男が消えていった林の方にまた目を向けた。
 
「まぁ、どこで、どんな出会いがあるか分からんからな。土地の者には親切にしておいた方がいい。騎士として信用してもらえたら、色々教えてくれるし助けてくれる。
 で、俺はこうして助けられた。
 まぁ、お前の場合は、何もしなくても向こうから寄ってくるだろうがな」
 フィオンがそう言うと、アーロンは眉間に皺を寄せた。

「お前と親しくしたいという連中は沢山いるだろうからな。それはそれで大変そうだが。いずれは…なんて考えたら、今からお前に取り入ろうとする輩も多いだろう。
 そんな怖い顔すんなよ。事実だろう?
 力のあるアーロン様は、何をしようが自由だ。騎士団を好き勝手にしても、誰も何も言えないぐらいだ」

「酷い言い方だな。誰も何も言わないんじゃない、僕に賛成してくれているからだ。
 僕は国民を守る為の騎士団にしたかっただけだ。だから騎士団を編成しなおした。
 私利私欲を貪る隊長は罪状を明らかにして処罰したことは、その国の第一軍騎士団隊長としては当然だ。
 国民も支持してくれた。貴族連中も何も言わない」
 アーロンは誇らしげに言いながら、青い湖を見つめた。

「お前やっぱりヤバイ男だな」
 フィオンはゲラゲラと笑いながら言った。

「そんなことはない」

「いや、今、結構ヤバイ顔してるぞ」
 フィオンがアーロンの背中を強い力で叩くと、アーロンは少しよろめいた。

「そうかな?僕は僕のした事の多くは正しかったと思っている。もう後悔はしたくないから。
 僕が首を刎ねたのは、隊長だけだ。素行の良くない隊員には、騎士団を辞めてもらっただけだよ。
 もし君がゲベート王国の騎士なら、僕は君を隊長にしている。それぐらいの男でないと、隊長は任せられない」

「会って少ししか経たない男にか?
 お前わりかし軽いな。それとも思い込みが激しいのか」
 と、フィオンは呆れた声で言った。

「時間なんて関係ないだろう?
 僕たちぐらいの年齢にもなると、その人間の本質は完成されている。心を破壊されるような出来事でもない限り、人間は変わらないし変われない。
 少し付き合えば分かるさ。言葉の一つ一つに注意して、どういう信念を持っているのかを探り出す。瞳をじっと見つめていると、邪な男は耐えきれなくなって目を逸らす。
 君とは十分な時間を過ごした。
 共に馬で駆け、食事をし、風呂にも入って酒を飲み、言い争いをし、槍を振る君の姿もこの目で見た。これ以上のことはない。
 分かり合える人間とは、長い時を必要とはしない。分かり合えない人間とは何年一緒にいたとしても平行線だ。僕はその男を受け入れない。どんなに表面上は仲良くしていたとしてもな。
 いろんな人間を見てきたんだ。君の言うように王の息子である僕に媚び諂う者、僕の友を陥れたくて嘘偽りを述べる者、金と引き換えに地位を得ようとする者。
 人間とは、実に醜い。
 それは騎士といえども同じだった。偽の剣をもった腑抜けの男など、騎士の剣をさげて二度と僕の前に現れないように剣をへし折ってやったさ。剣を握る価値もない男だから」 
 アーロンはその男たちを思い出して厳しい顔をした。


「勘違いすんな。俺たちもまだ平行線だ。
 しっかしお前…その顔から想像も出来ないような事を時々喋り出すな」

「顔は余計だ。騎士の隊長なら、それぐらい普通だろう。
 さもなければ、この地位は守れない。僕だけが危ない顔をしているわけではない。
 君だって他の隊長を殺したことがあるだろう。隊長だけでなく、隊員も殺したじゃないか」
 
「あ?前に、他の一部の隊員に対しては残虐非道って言ってたことは、そこからきてんのか。
 あれは逆賊を殺しただけだ。逆賊だ、逆賊。
 王命に従わない輩は逆賊だからな。どんな殺し方をしようが、俺の自由だ。
 それに、俺は正しいことをしただけさ」
 と、フィオンは言った。

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