クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と約束 2

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 フィオンは風に吹かれながら、当時の事を思い出した。 
 戦が予想された以上に長引いていたので、代わりに指揮を執るように国王に命じられたのだった。部隊を率いて陣営に駆けつけると、フィオンは馬上でしばし言葉を失った。
 空の酒瓶が転がり、略奪してきた食料と織物で溢れていた。
 やっぱりコイツらがやったのかと思うと、手綱を握る手が怒りで震えたのだった。

 陣営に到着する前に、フィオンが近くの村を通った時のことだった。畑は踏み荒らされて、家は滅茶苦茶に壊されていた。
 フィオンの部隊を見た村長は、また恐ろしい騎士団がやって来たと思い、地面にひれ伏し「酒と食料はもうありません」と叫んだ。大人は怯え震える子供たちを守っていた。
 本来守ってくれるはずの自国の騎士団によって、村を破壊された村人の目は恐怖と絶望の色に染まっていた。
 武器屋の男は、故郷に深刻な被害を与えた騎士と頂点に立つ国王を憎んでいたのだった。

 フィオンが大声を上げると、酒に酔った赤ら顔の隊長がテントから顔を出した。赤ら顔の隊長はフィオンの顔を見ると「成り上がりの男が何をしにきたのか!」と口汚く罵った。
 戦の最中だというのに鎧もつけずに、美酒に酔いしれていたのだった。本気になれば、すぐに終わらせることが出来る戦だと高を括っていたのだった。
 
「すぐにゲベートに勝てるはずだったのに長くかかっててな。
 だから、王命が発せられたんだ。
 簡単にいえば、俺が全権を執り戦を早期に終わらせよとの仰せだった。
 それに従わなければ、逆賊となる。
 でもな隊長としてのプライドが許さんわな。俺みたいな成り上がりの隊長に指揮を執られるなんてさ。もちろん受け入れなかった。
 王命があったとしても、俺が戦死したことにすればいいんだから。俺の隊員も皆殺しにして、平然とした顔で凱旋すれば誰にも分からない」

「君の国らしいな」
 と、アーロンは言った。

「その隊長は激昂した。もとから俺のことが気に食わなかったんだろう。槍を握り、俺を殺そうと襲いかかってきた。その隊長の隊員も、次々と武器を手に取った。
 その場で、騎士同士の殺し合いが始まった。
 俺はその隊長の両腕を突き刺してから首を斬り落とした。訓練を怠り、血筋の上に胡座をかいてきた男の槍など俺には通じない。簡単だった。
 王命は絶対であり、逆賊には死を与えねばならない。
 必ず殺し尽くさねばならない。その首謀者だけでなく、ソレに従う者全てを皆殺しにする。家族も何もかも。
 どんな殺し方をしようが、討伐する隊長の自由だ。その時点から奴等はモノでしかない。
 今までの恨み辛みも重なり、何日も殺してもらえないことだってあるんだぜ。
 俺は王命に従っただけだ。逆賊は、殺さねばならない。お前の国だって、そうだろう?」
 フィオンはそう言うと、アーロンの顔をジロリと見た。

「俺がその隊長を殺すと、殺し合いも終わった。隊長の死体を埋める為に大きな穴を掘り、全てが終わると、その穴に土をかけた。周りを見ると、その隊長の隊員は1人だけになっていた。
 さっきまで多くが生きていたのに、他の隊員はどこに埋もれたのかは知らんがな。
 すぐに、戦を終わらせた。凱旋してから、1人だけ残った隊員を逆賊として処罰した。王命に従わなかったのだから、当然だ。ただ、それだけだ。
 俺は騎士として、当然のことをしただけだ。
 王命に従ったんだから、お前みたいに好き勝手やったわけじゃない」
 フィオンは美しい湖に降り立つ水鳥を眺めながら言った。

「僕が報告書で読んだのは、もっと恐ろしい内容だったよ」

「そうか?俺は、もう忘れた。
 悪い噂ほど大きくなりやすい。俺は別にそれでも構わない。
 この国では、その方が生きやすい。
 まぁ、そっからだな…。ゲベートが、俺とアイツを結びつけてくれた。そして、お前とアイツが結びついた。
 なんか…妙な運命だな」
 フィオンはそう言うと、布にくるまれた剣を見つめた。

 フィオンは剣をアーロンになかなか渡そうとはせず、まるで自らの剣であるかのように大切に持ち続けた。
 

「そうだったのか。
 ところで、その剣を僕に渡してくれないのかな?」 
 と、アーロンは言った。

「あぁ…そうだったな。この剣を持っていると、妙に愛しく思えてきた。
 お前に渡すのが惜しくなってきてさ。イイ女を他の男にみすみす持っていかれる気分だわ」
 フィオンはそう言うと、ようやく布をほどき始めた。

 おそろしいほどに美しく長い剣が姿をあらわした。古の刀鍛冶によって作られたものなのだが、人間業で作られたものとは思えず、魔法のような力が加わって出来たかのように煌びやかな輝きを放っていた。
 フィオンが確認するように剣を鞘から抜くと、美しさもさることながら斬れ味の凄まじさを感じさせるように鋭く光った。新たな刀鍛冶によって鍛え直され、日の光に照らされると、堂々と燃え上がる炎の剣のようにも見えた。


「持ち主によって強さが変わるらしいぜ。どんな斬れ味がするんだろうな。
 素晴らしい武器に触れると、堪らない気持ちになる。俺のモノにしたいぐらいだ」
 フィオンは怖い目をしながら剣を見つめた。

「剣を握る姿も恐ろしいな。
 君が剣を握っているだけで分かる。普通の騎士では到底勝てない」

「当然だ。俺を誰だと思ってる?ここまで生き残ってきたんだ」
 フィオンはそう言うと、低い声で笑い出した。男の恐ろしさを感じたかのように晴れ渡っていた空が、急に曇り出した。

「お前さ、初めて人を殺した日を覚えてるか?」

 アーロンにはフィオンが突然そんな事を言った意図が分からなかった。アーロンが何も答えずにいると、フィオンはそのまま話しを続けた。

「飯、食えたか?」
 フィオンはそう言うと、アーロンを見据えた。



「飯だよ。めーし」
 と、フィオンはさらに繰り返した。

「覚えていない。
 僕が騎士になることは生まれた時から決まっていた。だから、その覚悟は幼い頃から出来ていた」
 と、アーロンは答えた。

 その言葉を聞くと、フィオンは静かに笑った。

「そうだよな。今は同じ隊長であっても、辿り着くまでの道は俺とお前は全く違うんだった。
 俺はな…食えなかった」
 フィオンはそう言うと、空に漂う灰色のちぎれた雲を眺めた。

 やがて太陽は雲に隠れて見えなくなり、辺りはどんよりとして暗くなっていった。

「初めて人を殺した日…人に剣を刺した時の感触…人の体に剣をこの手で刺しこんでいく感触。
 当時は槍なんて使えなかった。まぁ、それ以前に武器なんてもらえなかった。だからその辺の死体がさっきまで握っていた剣を拾って、無我夢中で俺を殺そうと向かってきた敵に突き刺した。
 さっきまで動いていた人間が血を流して、地面に仰向けに倒れ込んだ。
 その男は目を剥いて死んでた。
 その男の体はもう二度と動くことはない。
 目を剥いて開いたままの口が、お前が俺を殺したんだとずっと責め立てているような気がした。
 その目と口は誰かが閉じさせない限り、決して閉じることはない。
 ずっと…なんて言ったが、次の敵が来るから実際には数秒の出来事だったけど、俺にはその瞬間が永遠に感じたんだ。
 殺ったのは、俺なんだ。
 俺が、人間を殺したんだ。
 それが…恐ろしくてな。いつの日か人を殺すことは分かりきってたことなんだけど。
 戦場に出るのならば、殺らねば殺られる。しかし俺にはその覚悟が、人を殺す覚悟が出来ていなかった。
 実際人を殺すのは考えていたよりも、ちがった。俺がソイツの全てを奪うんだから。現在と未来の何もかもを」
 フィオンは耳を澄ましていなければ聞こえないほどの小さな小さな溜息をついた。

「その日は、何も食えなかった。騎士や兵士が残す肉でさえな。いつもはゴミ置き場に投げ捨てられたら飛びついていたのに、気持ち悪くて食えなかった。
 今は、普通に肉を食ってる」
 フィオンの瞳はだんだん険しくなっていった。

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