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エアコンのない部屋

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午前中に銀行に行って百万円を受け取る手続きをした、振り込まれるのは約一週間後らしい。使い道はまだ決まっていなけれど、楽しみだ。

「ポンと金を渡してくれんもんなのか、ケチじゃのぅ」

「ミツキ、御母堂はああ仰っていたが一気に使ってしまうのはいけない。無駄遣いも控え……と言っている傍からこん……こん」

「呼んだかの、さっちゃん」

「あっ、い、いえ、違います。申し訳ありません。ミツキが今入った店……」

「こんびに、じゃの」

「そうです、こん……び、に! と言いたかったのです。重ねて申し訳ありません。こら! こんびにに入るなミツキ!」

背後霊が二人も居ると流石にうるさいな。

「ほら、コンちゃん」

「む……?」

コンビニで買った二個入りの稲荷寿司の小さなパックを渡す。

「あぶらげ! おいなりさんじゃ! なんじゃなんじゃあ、くれるのかっ? 食べてええのかっ?」

「どうぞ」

「みっちゃんは最高じゃ! ええ子にはええことがあるもんじゃ、願いは口に出していくんじゃよ」

それは今何か言えば叶えてやるということだろうか。

「うーん……今んとこ別にないかな」

「はむっ、んぐ……思い付いたら言うんじゃよ。ぁむ、ん……はむっ、うま……んっ…………大したことは、んむ、出来んがの」

「コンちゃんが食べながら話すのをやめますように」

パンパン、と手を合わせて拝みながらそう願うと、ミタマは少しバツの悪そうな顔をして黙った。

「……それを買いに行っていたのか。無駄遣いではなかったな、すまない」

バツの悪そうな声だ。俺の表情まで何だか複雑になってきた。



午後は歌見のところへアキとセイカを連れて遊びに行った。

「暑っ……! え、外と変わりませんぞ……パイセン、エアコンつけてます?」

玄関扉を開けた瞬間、タンクトップ姿の歌見とムワッとした空気に出迎えられた。日差しがないのは外よりマシだが、蒸し暑さは部屋の方が上かもしれない。

「ウチにエアコンはないが……」

「死ぬ気ですか!? 生活必需品ですぞ、然るべきところに申請したら補助金出ますぞ!?」

「扇風機はあるから大丈夫だ、入ってみろほら」

「ヤダーッ! この暑さの中エアコンのない部屋での扇風機はサウナの熱波と変わりませんぞ!」

「いいから来い! 四人となるとかなり狭いな……悪いな本当。全然布団の上座ってくれて構わないから」

俺は歌見の隣に腰を下ろし、アキとセイカは俺達の向かいにそれぞれ座った。彼らの尻の下には布団がある。

「……パイセン、これ敷きっぱなしじゃありゃあせん?」

昼間でも敷かれているしわくちゃの布団からは万年床の気配がする。静かに尋ねてみると笑顔を浮かべていた歌見は途端に表情を固め、目を逸らした。

「パイセン」

「いや、その……」

「ちゃんと洗って、干しましょう? クソ暑い部屋で万年床なんて不衛生にも程がありまそ」

「…………はい」

歌見は一人暮らしの大学生、生活費はバイトで稼いでいる。学業とバイトの両立は大変だろうけど、寝床のコンディションは整えておかないと、その大変な生活の疲れが取れない。

「旅行終わりましたので、これからは料理作ったり掃除しに来たりしてあげますから」

「それはありがたいが……いいのか?」

「はい! 大切な恋人の健康を守るためとあらば! それに頻繁にパイセンに会えるのはわたくしとしましてもありがたし。夏休み中はバイト休んでますからなわたくし、パイセンに会う機会が少なくて寂しかったんでそ」

歌見のたくましい腕を抱き、筋肉の弾力を楽しむ。彼だけの感触だ。

「寂しいってお前……ふふ、いっぱい居るくせに」

「パイセンは一人だけですぞ」

「もう……嬉しいことを言うなぁ、コイツめ、可愛いなちくしょう」

頭ごとぐりぐりと回すように髪をかき混ぜるように、力強く撫でられる。心地いい。

「うへへ……ぁ、パイセン。前に言ってたバリカンをお借りしたいのですよ、セイカ様の刈り上げ部分伸びてきちゃって若干不格好でして」

「あぁ、本当だな……慣れてないと失敗するから俺がやってやるよ。狭雲、おいで」

「は、はい。ありがとうございます……」

「じゃあわたくし課題やって待ってまそ」

風呂場に連れて行かれるセイカと、何故か着いて行ったアキを見送り、持ってきておいた鞄を開いた。身代わり人形をどけてパソコンを引っ張り出し、立ち上げる。

「英語はセイカ様にご助力いただくとして……数学も、理科もかな…………あっ、現代文なら一人で出来まそ」
   
歌見の生活感が漂う部屋で一人、課題に勤しむ。

「ぉ……?」

バリカンの音が聞こえてきた。


文章問題を全て解き、文法の問題に入った頃、歌見達が戻ってきた。

「おかえりなさいませ! おぉ……さっぱりしましたなセイカ様。ありがとうございまそ歌見パイセン」

「おぅ、ただいま水月。刈り立てはチクチクするなぁ、でもこれがなんか……クセになるんだよな」

「ふふ、セイカしばらく頭触られまくるぞ」

座らされたセイカの頭の下半分、刈り上げられたそこを歌見と俺で撫で回す。

「ひゃぅっ……! くすぐったい……鳴雷触り方がやらしい! 歌見はガシガシ撫でるからまだいいけど……鳴雷さわさわするからくすぐったい」

「だってよ」

歌見の手が俺が撫でていたスペースまで侵食してきた。

「そんなぁ! でもっ、セイカ様わたくしに頭触られるの好きって……!」

「……変な気分になるから、家とかじゃなきゃ……やだ」

「ふっ……ぐっ、ぅ、うう……」

「萌えたのは分かるが咽び泣くな。言っとくがな、俺の家は壁が薄いからそういうことは一切禁止だぞ」

「ビエーン! じゃあ何のためにこんな暑い部屋に来たんですかァ!?」

「暑い部屋でヤったらダメだろ」

「エアコンのない部屋での汗だくセックスには情緒と夢が……ぅう、ちくせう…………パイセン、ウチ来ません? エアコンありますぞ」

これ以上空調設備のない部屋で過ごすのは無理だ、熱中症になってしまう。これまで歌見が無事だったのは奇跡でしかない。

「っていうかパイセンよく暮らしていけますな、こんな暑さで」

「昼間は家に居ないし……扇風機に濡れタオル掛けたり、扇風機の前に氷水置いたり……それで寝るだけなら何とかなる」

「……昼間、居ないんです?」

「今日はシフトが入っていないだけで、大学とバイトで忙しいし……普段なら昼間暇になっても店とかで時間潰す、家は暑いからな」

「なんだ……よかった。じゃあこれからはその時間潰しにわたくしの家って選択肢入れてくだされ、一番上希望でそ」

「……ふふ、そうだな、そうさせてもらうよ。今日もそうしようか」

「はい! 行きましょうぞいざ我が家!」

「俺がバリカン持って行けばよかったな」

扇風機を止めて立ち上がった歌見は俺に手を差し伸べた、その手を取って立ち上がり、俺達はまた自宅への道を歩み始めた。
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