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後輩を奪いに来た従弟を撃退してみた

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何度も何度も電話をかけてくるところから察するに、センパイは今家出状態なのだろう。だから従兄は心配して何度もかけてくるんだ。

「センパイ、電話出てください」

「…………嫌だ」

幽霊屋敷の一件での従兄を思い出す。センパイを心配して苛立った電話や、センパイを見つけて引っ込んだ恐ろしい雰囲気──従兄はきっと本当にセンパイを可愛がっているんだ。

「電話、出てください」

「…………なんでそんなに出させたがるんだ」

「せっかく愛してくれてる家族を、あんまり心配させてないであげてください」

センパイは深いため息をついてスマホを受け取り、電話に出た。

「………………兄ちゃん、何か用か」

従兄が何を話すのか気になってスマホに耳を近付けるとセンパイは俺をマットに下ろして立ち上がってしまった。

「けちー」

抗議するとセンパイは人差し指を立てて唇に当てた、静かにしろと言いたいのだ。頬を膨らませる静かな抗議に移るとセンパイは頬を緩めた。

「…………友人の家だ、しばらく泊まる」

現在地を聞いているのかな?

「……いや、知らない。会ってない。月乃宮とはもう別れた、未練は……ないとは言わないが、追いかけなんてしていない」

嘘の説明ばかりだ、従兄は騙されるだろうか。

「…………それは、後悔してる。分かってる……短気なのは、ちゃんと治す」

短気さを怒られているのかな? センパイ、温厚だと思うけどなぁ。

「………………違う、暴力で支配しようなんて考えてなかった。他の男に迫っているのを見て我慢できなくてっ……違う! 兄ちゃんに何が分かる! ノゾムは俺と全くタイプが違う男に……女っぽい男に迫ってたんだ! それがどれだけ怖かったか!」

俺を殴った時のことを咎められているのか。従兄もしつこい、俺はもういいって言ってるのに。

「……ノゾムは多分どっちでもいいんだ、女と女らしい男ほど怖いものはない、俺が普段どれだけ不安か……あんたには分かるはずがない。モテるもんな……兄ちゃんは。失恋なんてしたことないんだろ…………だろうな、ないよな」

センパイの声がまた小さくなってきた。聞き取りにくい、そろそろ立てるかな……? 無理だ、頑張って耳を澄まそう。

「…………は? ふざけるな……やっぱりそうだ、俺の気持ちなんて理解するつもりすらないんだろ! 大っ嫌いだ……なんだ、あんたの方から言ったんだぞ。何度でも言ってやる、大っ嫌いだ!」

仲直りして欲しくて電話に出させたのに、完全に裏目に出た。センパイはマットにスマホを投げて壁を殴り、肩を震わせる。慰めに行きたいけれどまだ下半身に力が入らない。

「……………………クソっ、兄ちゃん……」

せめて声をかけようと気の利いた言葉を考えていると、コンクリート打ちっぱなしの部屋の唯一の出口である扉が強く叩かれた。

「……っ!? ノゾム……立てるか」

首を横に振るとセンパイは俺の前に立ち、拳を構えた。強く叩かれた扉の蝶番が外れ、重たい扉が倒れ、その上にセンパイの服を着ている従兄が立った。

「よ、國行。随分と嘘が上手くなったなぁ、兄ちゃん騙されるとこだったよ。GPSがなけりゃ」

ヘラヘラと笑ったままの従兄はスマホをポケットに入れると俺に視線をやった。

「はぁ……誘拐監禁とは、悪どくなったな? 無事ですかー? 月乃宮様」

「俺は別に何とも……二人とも仲直りしてください、何か思い違いがあるんです、ちゃんと話してください」

「…………話すことなんて何もない」

「冷たいな、お兄ちゃん悲しい」

「……嘘をつけっ! いつもそうだ、あんたの言葉には心がこもってない!」

従兄は笑顔を保ったまま虚ろな瞳をセンパイに向けている。確かに、彼の言葉には何の感情もなさそうに思える。でも──

「センパイっ、やめてくださいそんな言い方……多分そう見えるだけです」

──彼の行動からはセンパイへの愛情や俺への気遣いが見て取れた。

「……黙っていろ、ノゾム。それで? あんたは何しに来たんだ」

「話さないんじゃなかったのか? 何って、可愛い従弟が夜中に居なくなったんだ、十分な理由だろ?」

きっと本心なのだろう、しかし声色と表情からは冗談のように受け取れる。

「…………夜中。そうか、もう外は真っ暗だろうな……この辺りに街灯はなかったろ、よく来れたな」

「ん? そりゃまぁ懐中電灯は必需品だからな」

従兄が持っている懐中電灯はかなり大きい、海外の警官が持つ警棒を兼ねた物だろうか。

「…………なぁ、あんたは俺とノゾムの仲を引き裂く気なのか?」

「普通に付き合ってんなら何も言わねぇよ。ただ、浮気された程度で恋人ぶん殴ったのは気に入らねぇし、短気だから殴っちまうって言ってるお前は本当に嫌いだ」

「……俺は、二度とノゾムを殴ったりしない」

「ならいいけど」

センパイは強く拳を握る。従兄に信用されていないと思っているのだろう。

「なぁ……國行、一回殴られるのに慣れたらさ、本当に悲惨なんだよ。別の恋人見つけて、もしそいつに殴られても受け入れるし……殴らない奴と付き合えても、今度は殴られないのが不安になって……ぶってって、ねだるようになる」

「…………随分詳しいな」

従兄は押し黙った。いつの間にか張り付いた笑顔も消えている。

「國行……お前は好きだって言いながら殴ったり、めちゃくちゃな要求して泣かせたりしてねぇよな。そういう奴本当に嫌いなんだよ、殺したくなる。違うよな、國行……」

「センパイそんなことしてません、俺が殴られたのは本当に俺が悪いんです」

「…………ノゾム、黙れ」

三白眼に睨まれて萎縮する。怯えた俺を見て従兄は深いため息をつく──今誤解されたんじゃないか?

「國行……信じてるよ、お前はいい子だ。だろ?」

センパイは何も言わずに従兄に近付く。その視線は従兄が持つ懐中電灯に注がれていた。

「………………兄ちゃん。夜中にこんなところまで俺を探しに来てくれて嬉しい」

「國行……! 当たり前だろ、可愛い従弟なんだから。ほら、一緒に帰るぞ」

「…………心配かけて悪かった。それにしても格好いい懐中電灯だな、少し見せてくれないか?」

従兄はニコニコと笑ってセンパイに懐中電灯を手渡す。瞳は虚ろなままだが目を細めるその仕草はおそらく心の底からの嬉しさを表しているのだろう。

「……ノゾム、俺のスマホを拾ってくれ。なぁ兄ちゃん、ノゾムの服がないんだ。上着を貸してやってくれないか?」

センパイは従兄から上着を受け取ると俺に羽織らせた。俺が元々着ていた服はどこにあるんだろう。

「あっ、スマホ……月乃宮様、ポケット入ってません?」

妙に重い右ポケットを探ると従兄のスマホが入っていた。渡そうとしたが、センパイは俺の前に腕を突き出してそれを邪魔した。

「國行……?」

「…………俺の心配なんてしてないんだろ? 仕事のためにノゾムを追いかけてきただけのくせに、下手くそな演技を打つな。俺のことなんて理解する気もないくせに……可愛い従弟? ふざけるな、嘘をつけ、そんなこと思ってないくせに! 兄ちゃんなんか大っ嫌いだ!」

「は……? ど、どうしたんだよお前……急に」

「………………兄ちゃん、暗いところはまだ苦手か?」

従兄は何かを察したようでセンパイが持つ懐中電灯に手を伸ばす。しかしセンパイが一瞬早く懐中電灯を振り上げ、裸電球を叩き割った。

「……ノゾム、平気か」

真っ暗闇の中センパイは俺を片腕で抱き上げて扉の方へ足音を殺して回り込んだ。

「セ、センパイ……? 何をっ、んむ……!」

何のつもりか聞こうとすればもう片方の手で口を押さえられる。

「國行……? 國行、國行、どこだ國行っ……」

センパイは従兄と仲直りするフリをして灯りを奪い、電灯を破壊して暗闇を作り出した。次はどうするつもりなのだろう。
俺の口を塞いでセンパイ自身も呼吸を殺しているが、荒い呼吸音が聞こえる。従兄だろうか? かなり焦っているようだ。

「嫌……だ、嫌だ、嫌だ……暗い……暗いっ……助けて……嫌、嫌っ、あぁ……ぅあぁああああっ! 誰かっ! 誰かぁっ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁっ、助けて、助けてっ!」

従兄の声……か? いつもの余裕たっぷりな声色とは全く違う、悲痛な声だ。センパイは扉をゆっくりと踏み、部屋から出ていく。
暗闇の中俺を抱えたまま階段を駆け上がり、俺の口を塞ぐのをやめて従兄から奪った懐中電灯を点けた。ここは廃墟で、さっきまで居たのは地下室のようだ。

「ぷはっ……! センパイ、センパイっ? お兄さんが……お兄さんどうしたんですか?」

地下室からは途切れ途切れに従兄の絶叫が聞こえてくる。

「…………あいつは俺からお前を奪いに来たんだ。お前は絶対に渡さない……渡さない、誰にも渡さない……」

「は……? な、何言ってるんですかセンパイ! お兄さんあんなに叫んで……! 早く助けてあげないと!」

「…………なんであいつを気にするんだ、お前は俺のことだけ考えてろ」

センパイの様子がおかしい。いつものセンパイじゃない。優しいセンパイなら敬愛している従兄にこんな仕打ち絶対にしない。

「センパイ……センパイ、ですよね?」

「……何言ってるんだ? 行くぞ」

「えっ……ちょ、本当に置いて行くんですか!? ダメですって! 離してくださいっ! 國行センパイ!」

地下室に戻ろうと暴れるが、センパイの腕力から逃れるのは至難の業だ。もがいているうちに首に覚えのある感触が与えられ、バチッと嫌な音が響いて──

「…………俺にはお前だけ居ればいい。お前もそうなれ」

──目が覚めるとセンパイの部屋のベッドに横たわっていた。窓からは朝日が射し込んでおり、俺の身体はさっぱりとしてセンパイのトレーナーを着込んでいた。
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