聖女の取り巻きな婚約者を放置していたら結婚後に溺愛されました。

その後

だって王命ですもの。
シャガート様は物憂げにため息を付きました。隣で気まずげにしているレーブ公爵令息をちらりとも見ずに。
レーブ公爵令息の元に嫁入りした後、シャガート様は3日と空けずに私の住んでいるクロシェット侯爵家へと通ってきています。いつも後ろにレーブ公爵令息を連れながら。
「酷いと思わない？お父様達が婚約解消を了承してくれなかったのは、レーブ様に頭を下げられたからなんですって。全てが終わったらシャガートにも全て話す。どんな償いでもする。だからシャガートと婚約解消させないでくれ、って頭を下げられたせいで私はレーブ様と婚約解消できなかったんですって。結局結婚まで話がいってしまうし」
愚痴を言うシャガート様は隣で居心地悪そうに身じろぎするレーブ公爵令息を一瞥すらしません。
…でも、愚痴を言いながらシャガート様はレーブ公爵令息をつれずにうちに来たことは一度も無いですし、レーブ公爵令息もシャガート様がどこに行くにも着いていくという噂です。
「今日は楽しかったわ。また会いましょうね」
微笑んで去っていくシャガート様の後ろを静かに礼をしたレーブ公爵令息がゆっくりとした足取りで追いかけていきました。

私にはどうにもできないんだ。
怒った様子でブラーナ様が言いました。カル辺境伯令息の元に嫁入りしたブラーナ様に招待されて、辺境伯領に来た私を歓待したブラーナ様は彼女の自室でそう言いました。
「カルとの婚約は一応政略だったからな。カル側が婚約解消を拒否して、うちの親も認めてくれない以上、私の意思では婚約解消も離婚もできない。
その代わり、いつでも好きなように王都に戻って良いと了承は得たからな。週末には毎週戻るつもりだから、またいつでもお茶会をしよう」
微笑むブラーナ様。それでも彼女は週末が終われば辺境伯領に帰るのでしょうし、カル辺境伯令息は催促せずに自領で待っているのでしょう。
「いつでも来てくれ。私もいつでもそちらに行くから」
微笑んで見送ってくれるブラーナ様に手を振りながら私は王都に戻りました。

だって、私しかいなかったのですもの。
微笑んでメーレ様は言いました。
現在、王太子妃となったメーレ様は、後宮で暮らしており、ベンネル王太子とは一緒には暮らしていないようでした。
「ベンネル様、今でもアカリ様の事を好きな気持ちが消えないのですって。メーレには申し訳ないと思うが、なんて王太子とはいえ何様のつもりなのかしら。私も王家と釣り合う家柄の人間が他にいれば王太子妃なんてならなくても良かったのです」
王家に嫁げる立場の、婚約者が居ない、もしくは未婚の令嬢は聖女のアカリ様だけでした。そのアカリ様は現在、体調が悪いと言う事で一度もその姿を現してはおらず、代理として異例のことですが先代聖女であるアイリス様が聖女の役割をこなしています。
その為、そもそものベンネル王太子の婚約者であるメーレ様がそのまま王太子妃となられました。
「うちの公爵家は王家に対してかなり大きな貸しを作ることになりましたからね。私は王宮ではかなり大きな権力を持つことができました。ベンネル様は後々、何故か行方不明となられるか、聖女様のようにご病気になられるかもしれませんね？」
にっこりと笑うメーレ様。人前で婚約解消なんて言い出さなければベンネル王太子はこんな事を言われるようにはならなかったと思うのですが、まぁ後の祭りでしょう。
…とはいえ、彼女が言ったようにはおそらくならないとは思うのです。婚約者との長年の付き合いは、厳しい心を持った貴族令嬢の方々の心に情を持たせるようですから。
…まぁ、おそらくならないでしょう、と、思います。王太子のまま数十年が経ち、その子供が即位する、なんてことはありそうですが。
「それでは、また今度のお茶会で」
優雅に礼をするメーレ様に礼を返し、私は王宮を後にしました。

その後、私は一度だけアカリ様の姿を目にしました。王都の教会で、簡素な礼服に身を包んだ彼女は目を閉じ跪き、祈りを捧げていました。それが誰かの苦痛を癒すためのものだったのか、どこかの地を満たすためのものだったのか。ただ通り過ぎただけの私には分かりません。
でも、ピンク色のネックレスを身につけ、黒髪とピンクがかった黒の瞳をした彼女はどことなく清々しい顔をしていたように、私には思えるのです。