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再び

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「・・・そして、ミアが私の腕に組みひもを巻いてくれているところを、私たちを探しに来たお互いの両親が発見、ミアは叱られ、ずっと一緒を誓った私たちは哀れにも引き裂かれてしまったというわけです」
結婚式の翌日の晩、長いような短いような思い出話をブレイグ様はそんな言葉で終えました。
その後、ブレイグ様は両親に私と婚約できるように願い、自分たちに甘えなくなっていた息子の珍しいわがままに侯爵家のお二人はすぐに叶えようとしたようですが、上位貴族と下位貴族の身分の差、両家の立ち位置やその他もろもろ、問題ごとが山積みで、婚約の話がうちにまで届くことさえなかったようです。しかしそれからもブレイグ様は誰とも婚約をせずに、月日がたちアカリ様の取り巻きとなる王命に対し、条件として私との婚約を持ち出したそうです。
「王命を出される代わりに取り巻きとなった男子たちには一つなんでも願いを叶える権利が与えられていましたから。多くの男性陣は何があったとしても現在の婚約者との婚約の継続を願っていたようです。私はミアとの婚約を願いましたから、万が一にもミアが私との婚約破棄や解消を願っていたら、私から無理強いすることは難しかったですね」
家のためとはいえ、ミアが私との婚約を続けてくれて嬉しかったです。はにかむように笑うブレイグ様を見ながら、頭の片隅で脳みそを必死に動かします。『聖女のお茶会』で出会った少年、ずっと一緒にいようと約束した少年・・・駄目です。全く思い出せません。でもなんとなくお父様の話でそんな話があった気がします。もしお父様に詳しく聞けたら、いつかは思い出せるかもしれません。それにしても。ブレイグ様の腕に今日も嵌められている組みひもをじっと見つめます。これは私が作ったものらしいのです。確かにそのぐらいの年齢のとき、私は組みひもを編んでいたような覚えがあります。病気でほとんど会うことが出来なかったお母様にもらった手芸用の糸を組み合わせて作った組みひも。出来上がる前にお母様が亡くなってしまったので、どこかにやってしまったのだと思っていたのですが、私はブレイグ様に渡していたのですね。まだ小さな私が作った組みひもは酷い出来でしたが、ブレイグ様に腕にはまっている組みひもは大事にされてきたのだとわかる色を放っています。
「・・・ブレイグ様。組みひもを大事にしてくださってありがとうございました」
静かに頭を下げます。私が覚えていない仲良しの証。お母様に渡すつもりだったそれは、私の将来の婚約者の手に渡っていたのですね。なんとなく胸が詰まり唇をかみしめます。
「私の宝物ですから」
そっと組みひもを撫で、ブレイグ様が微笑みます。
「私はこれをもらったときに、あなたに対する永遠の愛を誓いました。今ここで再び誓いましょう。私はもう絶対にあなたのことを裏切ることはありません。あなたのことだけを永遠に愛することを誓います。死が二人を分かつまで、死が二人を分かっても。私はあなたのことを愛しています」
微笑むブレイグ様。私はまだ同じ誓いを返すことはできません。ブレイグ様と同じ熱量で彼のことを愛することはできていません。それでも。彼のことを愛してみたい。と思えるようにはなったのです。
返事はできないながらも、私はブレイグ様に微笑み返しました。

「新しいドレスを仕立てましょうか。今後結婚式に出席することが多いでしょうから」
その言葉で私は昔のことを思い出しました。
「ブレイグ様。昔学園のパーティのときに一度、私にドレスを贈った事がありますよね。間違いだということで引き取りに来られましたが。あれは私に贈られたのですか。それともアカリ様に?」
私の疑問にブレイグ様はなぜかうっと痛い所をつつかれたような顔をします。
「覚えていましたか」
「はい。私とブレイグ様の数少ない思い出の一つですからね」
あきらめたようにブレイグ様はため息を一つつきます。
「・・・クロシェット侯爵家からドレスを贈ろうという話は両親もしていましたから。家からの贈り物なら、アカリ様の目にも届かないのではないかと思い。侯爵家の名でドレスを贈ったのです。贈った直後に父からミアが友人たちとドレスを揃えるという話をしていたことを聞き、まずいと思って急いで取りに戻らせたのですが・・・ミアはすでに受け取っていたということを使用人から聞き・・・どう言い訳しようかと悩んでいたのですが、ミアからは特に何も言われず・・・」
どんどん俯いていくブレイグ様。なるほど。あのドレスは私宛てだったのですね。それに私のことを思ってのドレスの引き取りだったと。
「ブレイグ様」
私の声にブレイグ様が顔をあげます。
「私あのドレス。ブレイグ様の銀のドレスが着てみたいです。だってもう夫婦ですもの」
婚約者の色をまとう、ということはできなかったのですから。せめて夫の色をまとってみたいです。
ぱっと顔を明るくしたブレイグ様は急いで立ち上がります。
「すぐに仕立て直させます。次の結婚式までに間に合うように・・・」
部屋を出ようとしたブレイグ様はくるりと振り返ります。
「ミア!愛しています!」
ばたんと閉じた扉を見ながらじわじわと顔が熱くなってくるのがわかります。
・・・私がブレイグ様に「愛しています」と返せるのは案外すぐのことかもしれません。
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