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回想(ブレイグ視点)

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私がミアと出会ったのは10数年前、先代聖女であるアイリス様が主催の『聖女のお茶会』でのことです。デビュタントや学園よりも前に、親族でもない上位貴族と下位貴族が同じ場に出ることは殆どないですからね。あの日から婚約者となっての顔合わせまで、一度も会ってはいないです。それでも、ミアは私の初恋の人で、私の光でした。

あの頃私は荒んでいました。全てのものが敵に見えていた。『聖女のお茶会』の数日前、私は自分が両親の実の子供ではない事を知りました。私は父の兄と侯爵家のメイドが駆け落ちした結果出来た子供でした。
侯爵家としての暮らししか知らない男は早々に平民暮らしに根を上げ、いつの間にか姿を消していたらしく、1人子供を育てていた元メイドが耐えかねて、息子を侯爵家の前に置き去りにしていったのだと。私はそれを憎らしげに顔を歪めて私を見る母方の祖母から聞きました。両親が子供が居なかったために仕方なく引き取って育てただけの、本当は恥知らずの子供なのだと。
両親の愛を信じていた幼かった私は、全てのことが信じられなくなりました。塞ぎ込む私を両親が心配してくれても、本当は彼らは私の実の両親ではないのだというだけで、他人行儀にしか接せなくなりました。私は本当はここにいてはいけない人間なのだと。本当に両親も自分の事を疎ましく思っているのではないかと。そんなことを思いながら、少し前から出席が決まっていた『聖女のお茶会』で、私は同伴していた母の目を盗み、お茶会の場を抜け出していました。

これからどうすればいいのか、私は教会のだれもいない裏庭でうずくまりただそれだけを考えていました。子供がいないから引き取ってもらえたのなら、両親に新しく子供が出来たら私はどうなるのだろう。身寄りのない平民の孤児として追い出されてしまうのだろうか。両親の愛すらも疑い始めていた私はそこまで考え深く落ち込んでいました。その時です。裏庭の茂みががさがさと音を立てたのは。

「・・・泣いてるの?」
可愛らしいワンピースのあちこちに葉っぱをくっつけ、手には紐と鈴を持った幼い少女が立っていました。その時の私には幼く見えただけで実際は同い年だったわけですが。少女は小首をかしげ私のそばに近づいてきました。目じりに涙が浮かんでいた私は目をこすってそっぽを向きました。
「・・・君には関係ないだろう。お茶会にもどったらどうだ」
私の言葉に全く頓着せず、少女は私の隣に座りました。
「トーマスを見なかった?」
少女が私に問いかけます。
「・・・誰も来なかったよ。お茶会の場に戻ったんじゃないか?」
「お茶会にはいないと思う。だって追い出されちゃうわ。危ないから首輪をつけてあげようと思うの」
「・・・君は何を探しているの」
「猫よ。さっき中庭で見かけたの。首輪をしていないから多分野良猫。きっと見つかったら危ないわ」
少女は手に持っていた紐を猫の首輪代わりにするつもりのようでした。手慰みのように紐を結んだりほどいたりするたびにくっついている鈴がちりちりと鳴ります。
「自分の猫じゃないのに首輪をつけようとしているの?」
「だって野良猫って捕まったら大変だってお父様に聞いたわ。首輪をしていれば私の飼い猫だって思ってもらえるかもしれないじゃない?ほら見てこの組みひも、私が作ったの!この糸と鈴はお母様がくれたものなのよ!」
確かにその紐は手作りだとすぐにわかるぐらい歪なつくりをしていました。
「・・・連れて帰るつもりもないなら、首輪なんて付けないほうがいいよ。猫がかわいそうだ」
「どうして?」
「だって首輪なんて誰かの物だって証だろう。本当は誰のものでもないのに、嘘の証をつけられるなんてかわいそうだ」
私の言葉を聞いて少女はしょんもりと俯きました。猫に首輪をつけるのはあきらめたのか、紐をポケットの中にしまいます。
なんとなく気まずく感じて。もう一度お茶会の場に戻るよう促そうとしたその時、

にゃーん。

猫の細い鳴き声がしました。
少女が顔をあげます。
「トーマスがいる!」
少女は立ち上がりなぜか私の手を握ります。
「一緒に来て!」
少女がぐいぐいと手を引っ張るので、私は思わずついていってしまいました。

「・・・レオ!危ないから足元から離れて!ほらすぐにご飯あげるから!」
猫の鳴き声を頼りに近づいたその場所は教会の人たちが暮らしている居住スペースでした。白い猫がシスターの足元を歩き回り体をこすりつけています。
「あぁもう毛がついちゃうでしょ!」

「トーマスだ」
少女がぽつりとつぶやきます。私の手を握る力が少しだけ強くなりました。
「・・・家族がいたんだね」
少しだけ俯いた少女は次の瞬間に顔をあげ私の目を見つめ、にっこり笑います。
「・・・戻ろう!」

「レオって名前だったんだね。知らなかった」
ぶらぶらとつながった手を揺らしながら少女が歩きます。どうにも返事をしづらくて私は黙っていました。さっきであったばかりの猫なのに、少女は飼い主がいたことになぜか落ち込んでいるようでした。
「あの人、レオに首輪つけてあげないのかな」
「・・・猫が嫌がったのかもしれないし、次の休みに買いに行くつもりかもしれない。きっと何か事情があるんだ。だからあの猫は大丈夫だ」
思わず口にしたのが少女を慰めるつもりの言葉のような形をしていて、少し不思議な気持ちになります。
少女は不意にポケットに手を入れ紐を取り出します。私の手を放し、くるりと私の方に向き直りました。
「ねぇ、これもらってくれない」
少女は紐を私の方に突き出します。
「・・・首輪じゃん」
「もう首輪じゃないの!これは仲良しの印だったの。もう首輪にできないからあなたにあげる。本当は最初は組みひもはお母様にあげるつもりだったんだけど、お母様はもういないから。ずっと仲良しでいようっていう証なのよ。私はミア。私とずっと仲良しのお友達になってくれる?」
紐を私の方に突き出し、上目遣いに見つめる少女。仲良しの印。最初は家族にあげるつもりだった物。無意識に手が動いて紐を受け取ります。
少女がぱっと笑顔になって、それがなんだかうれしくて私も微笑み返していました。
「・・・僕はブレイグ。僕とずっと一緒にいてくれる?」
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