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足音がする。

ゲラルトがリビングへ近づいてくる。

今見つかったら何をされるかわからない。

ダメ……手も足も……動かない。




どうしよう、どうしよう、どうしよう……。




……………………。



(お願い……私の体、動いて……)



……………………。




ハンスが私の手をぱっと握った。

「隠れよう!」

ハンスに手を引かれ、リビングにあるクローゼットの中に入った。ハンスの手に触れたとき、私はまるで呪いから解かれるようにして動けるようになった。

このクローゼットはハンスに隠れてもらうために、あらかじめ一人分のスペースを開けていた。もともと使う予定だったのだからさっさと入ればよかったのに、パニックになってしまった……。我ながら情けない……。クローゼットに隠れるという計画を事前にハンスに伝えておいてよかった。

クローゼットの中は大人二人がいるには狭く、ハンスと抱き合うようにして密着した。何も見えなくて、ハンスの小刻みの息遣いだけがかすかに聞こえてくる。

ハンスの胸板は思った以上にがっしりしていた。震える私のことがわかったのか、ハンスは私の後頭部に手のひらをつけ「大丈夫だよ」と小声で言った。いつもソワソワしていて小心者のハンスなのに、今は落ち着き払っていて、頼もしかった。私はハンスにすがるようにして身を委ねた。


ゲラルトがリビングに来たようだ。


「あれ、物音がしたような気がしたんだけどな……。おーーい、オリヴィア~~~。庭にいるのか~~~?」

そう言った後、ゲラルトが離れていく足音が聞こえた。

私は(ふぅ~~~)と大きく息を吐いた。

クローゼットの香りと混じって、ハンスの汗の匂いがする。私はハンスと密着したままにしていた。急に顔の火照りを感じて恥ずかしくなってきたのだけど、ハンスはそのままの体勢で、小声で言った。

「ゲラルトは……行ったみたいだね」

ハンスの温かい吐息が私の耳にかかってきて、こそばゆかった。びくっとしてしまった。

「そうね……無事にやりすごせたみたい」

「オリヴィア、急に動かなくなるんだもん。焦ったよ」

「うるさいわね」

焦ったとか言いながら、冷静に対処したくせに。いつもの慌てふためくあなたはどこに行ったのよ……頼れる一面だってあるんじゃない、まったく。

「まだ……オリヴィアを探してるみたいだね」

ゲラルトが私の名前を呼んでいる。
姿を現してあげないとまずいことになる。

「ハンス……あなたはこのままここに隠れてて。私はまたこっそり庭まで戻るわ」

「わかったよ。で、ゲラルトが家を出たらまたここから出て、鍵を取ればいいんだね」

「……行ってくる」

私はまた半分パニックになっていた。早く庭に戻ってゲラルトの呼びかけに応じないと……。ハンスとの段取りなんかより、まず庭へ……。

リビングから出て、またこっそり裏手から庭に戻った。ゲラルトは外に出ているようで、ゲラルトの声が近くまで聞こえてきた。

「オリヴィア! なんだこんなところにいたのか! 何回も呼んだんだぞ!」

私は庭の作業に没頭する振りをして、突然のゲラルトの姿に驚いた、というような表情をつくった。

「あら! ごめんなさい! 私気がつかなくって」

ゲラルトは眉間にシワを寄せて、足音を大きく立てながら近づいてきた。私は怖くて逃げ出したくなった。

「もう仕事に行く時間だというのに、見送りに来ないとは何ごとか! お前は妻としての役割を果たしていない。庭いじりに夢中になって仕事をしないようなら、ここにある花壇も花もすべて撤去するぞ!」

ゲラルトはまくし立てるようにして言った。
こうなっては手がつけられない。


(謝らないと……)


「申し訳ございません……二度とないようにします」

ゲラルトは「ふんっ」と大きく鼻息を吐いた。

「罰はわかっているな」

私はうなずいて、頬を差し出した。

しかたないの。
素直に従っておかないと、もっとひどいことをされるから。



バシッッッ!!!!



ゲラルトは私の頬をビンタした。
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