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ゲラルトにビンタされるのはこれで何度目だろう。

いつからか数えるのをやめた。

ビンタされたときも痛いのだけど、あとからジンジンと腫れてくる。

最近はゲラルトの期待に先回りして応えていただけで、こうして今までもビンタされてきたことを思い出した。

ゲラルトは冷たい目をして私に言った。
「二度と庭いじりに夢中になるな。俺の朝の貴重な時間がこうして無駄になった」

「申し訳ございません……。今日は休日ですが……お仕事ですよね」

「そうだ。俺は頼りにされているからな。休日も関係なく働いていて嫌になっちゃうよ。……まあわかればいい。次はないと思え」

「かしこまりました……」

「じゃあ、いつもの部屋で待ってろ」

私はぐじゃぐじゃな気持ちになって家の中に戻り、『妻の部屋』に入った。

『妻の部屋』でゲラルトを待つ間、なんともいえない安心感があった。ここにいれば何もされない。ここが私の居場所なんだ。ここにいると私は、ゲラルトの従順な妻、良き妻でいられる。

ゲラルトが部屋まで来て、「では行ってくる』と言った。私は部屋の出入り口で見送り、ゲラルトが戸締りする音を聞いた。ガチャッという鍵の音が、心を落ち着かせた。

私はベッドの上に身を投げた。これでゲラルトは夕方まで帰って来ない。この部屋の中で、私は自由だ……。

そう思ってぼうっとしていると、部屋の鍵を開けようとする音が聞こえる。


すっかり忘れていた。ハンスだ!


扉が開き、笑顔のハンスが入ってきた。

「オリヴィア! 待たせたね!」

ハンスの優しい声を聞くと、なぜかこみ上げてくるものがあった。涙が出そうだった。

「ハンス……悪いんだけど、私はこの部屋から出ないから」

「え!? どうしたの!?」

このまま部屋にいれば、ゲラルトは怒らない。夫婦の生活をこれからも続けられるし、言うことを聞いてさえいれば、ゲラルトは良い夫。確かに浮気しているかもしれないけど、そのうち飽きるだろうし……男の人って、そういうものよね。浮ついた気持ちになることもあるけど、結局いつもゲラルトを支えているのは妻としての私。私がいなければ、ゲラルトはダメになるの。きっとそう。


頭にいっぱい(?)がついているハンスに向かって、私は答えた。
「考えが変わっただけよ。迷惑をかけて申し訳なかったわね」

「今朝まで、ゲラルトをやっつけようって話をしてたじゃん!? え、ていうか、頬が赤く腫れてるけど、どうしたの? もしかしてゲラルトが?」

ハンスに頬の腫れを気づかれてしまった。とっさに隠そうとして手で触れたら、ズキッと痛んだ。

「これは……庭へ出たときにぶつけちゃっただけよ」

ハンスはポケットからハンカチを出した。「水、借りるよ」と言ったあと、ハンカチを湿らせ、私の頬に当てた。


「痛っっ!」


ハンスはいつものあわわという焦りを見せて「ごめんね」と謝った。

私は「気にしないで」と言ったあと、ハンスのなすがままに任せた。

だんだん慣れてくると……冷んやりしていて、気持ちいい。実際、頬はジンジン痛み始めていた。

「オリヴィアは、ずっとゲラルトの横暴に耐えてきたんだね。昔から君を知っている僕が、何の力にもなれていなくて、本当にごめんね」

「だから……何でもないって言ってるでしょ。私たち夫婦は円満なの。この部屋もゲラルトの愛の証だし、それに……」

き止めていた涙が、一気に出てきた。一粒落ちたと思ったら、もう一粒落ちて、さらに一粒落ちて……。

「本当に円満なら、どうしてそんなに泣くの?」

ハンスの目からも、涙が出ていた。
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