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マリアンナとファビオが到着した日、年老いた村長はたまたま体調が良く、身体を起こして話すことができた。彼女たちは村長のベッドの側に腰掛けた。
優しい目をした村長はうやうやしく頭を下げた。
「マリアンナ様。よくぞお越しくださいました。至らない点も多いかとは思いますが、最大限マリアンナ様のお力になれるよう息子には言い聞かせておりますので、なにとぞごゆっくり養生なされてください。医者と看護師も本日到着予定です」
マリアンナは村長の手を握り、礼を伝えた。
「ありがとうございます、村長。……あなたも体調が優れないのではないですか?」
「いえいえ、これはただの歳のせいです。順番が回ってきたというだけのことですよ。一生懸命長生きしようと努力してきましたが、いざ振り返ると生きすぎてしまったかもしれません。ベッドの上にいるだけではつまらないですよ」
「そのお気持ち、わかります。私も長く生きすぎてしまいました」
マリアンナがこう言った時、村長は「かっかっ」と愉快そうに笑った。
「おかしなことをおっしゃいますな。マリアンナ様はお若いではないですか。これからこの村で病気を治し、楽しい人生を送ってください。若さとは素晴らしいものです。わしも戻れるなら戻りたいものです」
マリアンナは静かに首を横に振った。
「いえ、私の命もそう長くないでしょう。自分の身体なので、わかるつもりです」
村長はマリアンナを孫のように受け入れるような、柔らかい表情を見せた。
「さようでございますか。しかし、お言葉ながら……マリアンナ様はまだ二十歳にもなっておられないと聞きました。それでも、長く生きたと感じるのですか?」
「そうです。したくもない結婚をして、いつも夫に監視されてて好きなこともできず、挙句の果てに病気になりました。何のかいもない人生を、十九年も送ったにすぎないのです。村長はきっと、幸福な青年時代をお過ごしになったから、若さを素晴らしいと思うのでしょう。でも、私にとって若さなんて……我が身を縛り付ける鎖にすぎません。むしろ老婆として生まれていれば、結婚せずに済んだかもしれないし、今よりずっと自由でしょう」
切なげに語るマリアンナに対し、村長は微笑みを絶やさなかったが、少しうつむき加減になった。
「若い時には、若さの価値に気づきにくいものです。確かにマリアンナ様はご自身の人生で苦労なされてきたのでしょうが、長く生きればきっと『若い時はよかった』と思うことがありますよ」
「お心遣いありがとうございます。ただ……ごめんなさい。そんな日は来ないと思います。不自由な身の上を嘆き、もっと胸が苦しくなって、去るだけです。私の今の楽しみは……早くその日が訪れることです」
村長は納得するでもなく否定するでもなく、小刻みにうなずいた。そしてマリアンナの隣で悲痛な表情を浮かべるファビオに目を向けると、ファビオの複雑な心情を察した。
「お付きの方は……ファビオさんですよね? あなたもまだお若いですな」と村長がきく。
ファビオはさっと目元を拭った。
「はい、ファビオと申します。本日から奥様と、この村でお世話になります」
村長は、ファビオの履いている汚れた長靴を見て言った。
「向こうにわしの長靴で、まだ履いていない新品の物があります。わしにはもう使う機会がないでしょう。もらってくれませんか?」
優しい目をした村長はうやうやしく頭を下げた。
「マリアンナ様。よくぞお越しくださいました。至らない点も多いかとは思いますが、最大限マリアンナ様のお力になれるよう息子には言い聞かせておりますので、なにとぞごゆっくり養生なされてください。医者と看護師も本日到着予定です」
マリアンナは村長の手を握り、礼を伝えた。
「ありがとうございます、村長。……あなたも体調が優れないのではないですか?」
「いえいえ、これはただの歳のせいです。順番が回ってきたというだけのことですよ。一生懸命長生きしようと努力してきましたが、いざ振り返ると生きすぎてしまったかもしれません。ベッドの上にいるだけではつまらないですよ」
「そのお気持ち、わかります。私も長く生きすぎてしまいました」
マリアンナがこう言った時、村長は「かっかっ」と愉快そうに笑った。
「おかしなことをおっしゃいますな。マリアンナ様はお若いではないですか。これからこの村で病気を治し、楽しい人生を送ってください。若さとは素晴らしいものです。わしも戻れるなら戻りたいものです」
マリアンナは静かに首を横に振った。
「いえ、私の命もそう長くないでしょう。自分の身体なので、わかるつもりです」
村長はマリアンナを孫のように受け入れるような、柔らかい表情を見せた。
「さようでございますか。しかし、お言葉ながら……マリアンナ様はまだ二十歳にもなっておられないと聞きました。それでも、長く生きたと感じるのですか?」
「そうです。したくもない結婚をして、いつも夫に監視されてて好きなこともできず、挙句の果てに病気になりました。何のかいもない人生を、十九年も送ったにすぎないのです。村長はきっと、幸福な青年時代をお過ごしになったから、若さを素晴らしいと思うのでしょう。でも、私にとって若さなんて……我が身を縛り付ける鎖にすぎません。むしろ老婆として生まれていれば、結婚せずに済んだかもしれないし、今よりずっと自由でしょう」
切なげに語るマリアンナに対し、村長は微笑みを絶やさなかったが、少しうつむき加減になった。
「若い時には、若さの価値に気づきにくいものです。確かにマリアンナ様はご自身の人生で苦労なされてきたのでしょうが、長く生きればきっと『若い時はよかった』と思うことがありますよ」
「お心遣いありがとうございます。ただ……ごめんなさい。そんな日は来ないと思います。不自由な身の上を嘆き、もっと胸が苦しくなって、去るだけです。私の今の楽しみは……早くその日が訪れることです」
村長は納得するでもなく否定するでもなく、小刻みにうなずいた。そしてマリアンナの隣で悲痛な表情を浮かべるファビオに目を向けると、ファビオの複雑な心情を察した。
「お付きの方は……ファビオさんですよね? あなたもまだお若いですな」と村長がきく。
ファビオはさっと目元を拭った。
「はい、ファビオと申します。本日から奥様と、この村でお世話になります」
村長は、ファビオの履いている汚れた長靴を見て言った。
「向こうにわしの長靴で、まだ履いていない新品の物があります。わしにはもう使う機会がないでしょう。もらってくれませんか?」
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