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誘拐されたエミリア達

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「真昼間の街中で堂々と貴族の子供を誘拐だなんて、随分と大胆ですわね……」

 床に転がされたまま何とか起き上がれないかもがいてみたが、両手両足をガッシリ縛られた状態で芋虫みたいにうつ伏せになっているので仰向けになるのが精一杯だった。

「……多分私が目的だと思います。巻き込んでしまって申し訳ないです」

 横向きに大人しく転がされたままでいるフランシスカが眉を下げて謝って来た。

「そんな、悪いのはフランシスカ様じゃないですわ。それにわたくしが狙われたのかもしれませんし……」

 これでも公爵家令嬢だ。金銭目当てなら有り得ない話ではない。

「そうですね……確かにその可能性も無いとは言い切れないですね。けれど、それなら尚更愚かな行いになりますが」
「?」
「王太子の婚約者のエミリア様を誘拐……愚かすぎて笑えます」

 クスリと笑みを見せるフランシスカはこんな状況なのに何故か余裕そうだ。

「あ……知ってらしたのね」
「私も貴族の子ですから。それにイアンからもよく貴方のお話は聞かされますので」
「え?」

 フランシスカの言葉の意味が分からず思わず聞き返した。それに王太子をイアンと名前呼び、しかも呼び捨てにしているという事は余程仲が良い証拠だろう。

(何者ですの!? はっ! まさかこの子がヒロインとか……)

 想像していたヒロイン像とは雰囲気は違うとはいえ、美少女は美少女だ。学園に入学前から街で偶然出会っていたという展開もよくあるパターンで。

(魔導士のヒロインとか予想外すぎる展開ですけど)

「あ、戻って来たみたいですよ」

 誘拐とはもはや別の方向に思考が飛んでいっていたエミリアだが、フランシスカの言葉に慌てて思考回路を正しい位置へと戻した。

 先程出て行った二人の男の内の一人と共に姿を現したのは、派手な身なりをした男だった。30代くらいだろうか、服装から見るに何処かの商人の様に見える。

「手荒な真似して悪かったな、フランシス」
「……あぁ、やはり貴方ですか。叔父上」

 牢の柵越しに近づいて来た商人風の男は馴れ馴れしくフランシスカに話し掛けた。それを冷めた瞳で見返すフランシスカ。

「お前が素直に言う事を聞き入れてくれたら、こんな手荒な手は使わずに済んだんだがな」
「よく言いますね、何度もキッパリと私は断ってましたよね」

 完全に蚊帳の外なエミリアはただ黙って様子を見ているしかなかった。するとそんなエミリアに気付いたのか、フランシスカの叔父だという男が改めてエミリアの姿を視界に入れて眉を顰める。

「それでは誰なんだ」
「わ、分かりません。一緒に居たので仕方なく……」

 エミリア達を攫って来た男がヘコヘコと頭を下げながら額の汗を拭う。

「……彼女は貴方の最大のミスですよ、しかも取り返しの付かない、ね」
「は?」

 その時慌てた様子のもう一人の男が真っ青な顔をして飛び込んで来た。

「だ、旦那様! そ、外に王家の兵士達が……!」
「なっ、なんだと!? お、お、王家のだと!」

 何やら外が急に騒々しくなったと思ったら、男とフランシスカの叔父がワタワタとしている内に近衛兵達がなだれ込んで来た。

「だ、誰なんだ、この子供はっ!」
「わ、わたくしはエミリア・レナードですわ。この国の四大公爵家の一つ、レナード公爵家くらいご存知ですわよね?」

 仰向けに転がった状態で格好は付かないが、それでも精一杯虚勢を張る。

「こ……公爵家……なんでフランシスと一緒に……」

 ガックリとその場で項垂れるフランシスカの叔父に更に追い討ちをかけるかの様に、フランシスカが畳み掛ける。

「しかも王太子の婚約者ですよ、叔父上」
「…………」

 もう言葉を発せなくなって膝から崩れ落ちたフランシスカの叔父は、エミリア達を攫った男達と共に近衛兵達に捕えられて連れて行かれた。

 エミリアとフランシスカも縛られていたロープを解いて貰って、怪我をしているかもしれないからと念の為に近衛兵に抱っこされた状態で牢から外へと出た。五歳だから仕方ない。

 そこは何処かの邸の庭らしく、エミリア達の居た地下牢は庭の一部に作られていた。

 誘拐されてから怒涛の展開で、しかもあっという間に解放されて何だか頭が回らない。

「リア!」

 正門の方からだろうか。イアンが此方へと駆け寄って来るのが見えた。その姿を見た途端、緊張していた糸が切れたのか思わずポロッと涙がこぼれ落ちた。

 近衛兵が下へ降ろしてくれ、その代わりにイアンがエミリアをギュッと抱きしめてくれた。

「良かった……怪我はしてない?」
「はい……」

 心配してくれていたのが分かるので素直にイアンの腕の中に居るものの、初めての抱擁に顔が熱を帯びて来る。

「予想以上に早いお迎えでしたね、イアン」

 まるで誘拐事件など無かったかの様にニコリとしながらフランシスカが声を掛けて来た。

「フランク……お前が居て防げぬとはな」
「幾ら私でも防げませんよ」
「まぁ、ウチの護衛にも責任はある。今回はリングの事もあるし許してやるが次は無いぞ」
「イアンたらエミリア嬢の事になると怖いなぁ、もう」

 親しげに会話を交わす二人。その会話の内容や口振りから感じたのは、イアンがエドワードお兄様と話している時の様な雰囲気だ。

 そして少し前から引っかかっている部分がある。

「あ、あの。質問をしても構いませんか?」
「なんだい、リア。遠慮なく言ってごらん」
「えーと、ではまずフランシスカ様?」
「はい」

 ニコニコと笑みを讃えるフランシスカ? 様。

「先程からフランシスカ様の事を、フランシスとかフランクとか……色々呼ばれておりますけど、どういう事ですの?」

 そう、叔父からはフランシス。そしてイアンからはフランクと呼ばれているのが引っかかって仕方ないのだ。

「あー、騙すつもりはなかったんですけどフランシス・フラッフィーが本当の名前です。フランシスカは店に来ている時に使っている偽名で、その時は女の子の振りをしているんですよ」
「えっ……」
「これでも正真正銘の男で、フラッフィー伯爵家の嫡男です」

 美少女だと思っていたのが、まさかの美少年だったという驚愕の事実。

「な、何故女の子の振りを……」
「フランクは女性が苦手でね、この見た目と伯爵家の肩書目当ての女性からのアピールにウンザリしてこの始末さ」

 やれやれといったポーズを取りながらイアンが補足する。

「まぁ逆に今度は男からモテてウザイから、イアンみたいに眼鏡でも掛けようかなと思っている所です」
「うむ、あのグルグル眼鏡はいいぞー。一気に野暮ったくなる」

 お茶会で初めてイアンと遭遇した時の事を思い出す。確かにあれなら美少女には見えなくなるかもしれない。

「で、フランクは愛称だ」
「なるほど」

 一つ目の疑問は解決したので、続けて気になっている事をエミリアは質問してみる。

「では……今回の騒動については? フランシス様の仰る通り、殿下の到着が物凄く早かったですよね」
「それについては馬車で帰りながら話そうか」

 立ち話も何だし、エミリアもフランシスも多少なりとも擦り傷があり服も土まみれで酷い状態だった。事情聴取も兼ねてこのまま一旦、城へ同行する事になった。
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