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11 契約の締結

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「どうやら私は君の事を誤解していたようだ。
 失礼な態度を取ってしまい、済まなかった」

 真剣な表情で頭を下げるデュドヴァン侯爵。

 複雑な話になりそうだったので、シャヴァリエの騎士はひとまず部屋の外へ出て貰い、現在ここにいるのは私と侯爵様とフィルマンだけ。

「いえ、そんな、謝らないで下さい。
 陛下が何故デュドヴァン侯爵をお選びになったのかは分かりませんが、おそらくこの王命は私を出国させない為に出された物です。
 こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ありません」

 あの態度には正直イラッとしたけど、私も彼の噂を少し信じて不安になってしまったのだから、彼の気持ちは分からなくもない。
 私の方も深々と頭を下げると、最初とは打って変わって穏やかな声が掛けられた。

「顔を上げてくれ。
 それに関しては国王がクソなだけだから、気にしないで良い。
 では、我々は身勝手な国王の被害者仲間だな」

 そう言ってくれるこの人とならば、良い協力関係が結べるかもしれない。
 私はホッと胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます。
 では、今後どうするかについて、話し合いましょう」

「ああ。
 君が悪女ではない事は理解したが、私は本来結婚する気は無かったのだ。
 詳しい事情は話せないが、私は女性が苦手なんだよ」

 そうか、女性が苦手だから、この邸には女性の使用人が少ないんだ。
 それじゃあ、この王命は物凄く迷惑だったんだろうな……。

「では、婚姻を拒否しますか?」

「いや、出来ればトラブルは避けたい」

 まあ、ご子息の事も考えたら、簡単に王家に逆らう訳には行かないのだろう。

「そうですか。では、やはり契約結婚という事で、宜しいでしょうか?」

「君がそれで良ければ、そうして貰えると助かる。
 その代わりと言ってはなんだが、遠慮せずに自由に過ごしてくれれば良いし、必要な物があれば好きに買うと良い」

「実は私も契約結婚の方が都合が良いです。
 馬鹿王太子の婚約者を長年務めていたせいで、どうも幸せな結婚という物に夢を持てなくなってしまって……」

 昔は私も義両親の様な幸せな結婚に憧れていたが、そんな期待はとっくに何処かへ消え失せてしまった。
 私がポロリと本音を漏らすと、侯爵様は憐れみを浮かべた目でこちらを見る。

「ああ、それはなんとなく想像がつく。
 アレのお守りは大変だったろう。災難だったな」

 おや、あまり社交に積極的でない侯爵様まで、アルフォンス殿下のポンコツ振りをご存知とは……。
 思った以上に残念な王太子だ。

「ところで、女性が苦手ならば、私と同じ屋根の下で暮らすのは苦痛では?」

 あれっ? でも、ご子息を産んだ女性とはどんな関係だったんだろう?
 結婚はしなかったみたいだけど……。
 女性は苦手だけど、後継は必要だから、子作りだけを誰かにお願いしたのかしら?
 それとも、その彼女だけは特別だったけど、何らかの事情で結婚は出来なかった?

 ───ダメだ。他人の事情を勝手に想像するのはやめよう。


「変に私に擦り寄ってこない相手ならば、話をする程度なら問題無い。
 実際、今も、特に不快感は無い」

「良かった。少し安心しました。
 ですが、念の為、必要な業務連絡の時以外は、出来るだけ顔を合わせない様にしましょう」

 国王のせいとは言え、迷惑をかけてしまうのは事実なのだから、出来る限り苦痛を与えない様にしたい。

「そうだな」

「それとも、婚姻の手続きだけして、私は別の家に移りましょうか?
 この婚姻は王命なので、離縁は難しいでしょうけど、別居婚ならば可能ではないですか?」

 私の提案に、侯爵様は少し迷う様な仕草を見せた。

「うーん、魅力的な提案ではあるが、暫くは国王も我々の動向を注視しているかも知れない。
 ヤツが何を企んでいるのかよく分からないからこそ、慎重に行動するべきだ。
 別居を考えるなら、二年くらいは様子を見て、ほとぼりが冷めた頃が良いだろう」

 先程から侯爵様は王太子を『アレ』と呼んだり、国王を『ヤツ』と呼んだりしているが、聞かなかった事にしよう。

「そうですね……。
 無理矢理結婚させられた上に、妙な言い掛かりを付けられて罰せられたりしたら、馬鹿馬鹿しいですもんね。
 では、二年を目処に、別居を検討しましょう」

「その時は、君に別邸に移って貰おうかと思うのだが…」

「いえ、別居をするなら義実家の領地に戻りたいので、自分で小さな家を借りたいと思います」

「そうか……。では、せめて家賃や生活費はこちらで負担させてくれ」

 なんか、思ったよりも律儀な人だな。
 
 聖女には手当てが毎月支給される。
 ほんの僅かな額ではあるが、私は忙しくてお金を使う暇がなかったので、まあまあの貯蓄額になっている。
 それに、お義母様が『馬鹿王太子から慰謝料ふんだくってやるから、楽しみにしておいてね』ってウインクしてたから、それも別居後の生活に使えるかも。

 なので侯爵様にお世話になるつもりは無いのだが、せっかくのご厚意を固辞するのも憚られるので、今は適当に流しておこう。

「ありがとうございます。もしかしたらお願いするかもしれません。
 それから、私はどこまで妻の役割を果たせば良いのでしょうか?」

「今の所は、何もお願いするつもりは無い。
家政も社交も。勿論、閨も。
 何も気にせず、好きな事だけして過ごしてくれて構わない。
 世間体が悪いのは困るが、上手く隠して付き合えるならば、恋人を作ってくれても良い」

「ご子息がいらっしゃるそうですが……」

「ああ、ジェレミーの母の役割も、しなくて良い」

 ご子息はジェレミー様って言うのね。
 まあ、二年後に出ていく予定の私が母親面しても、混乱させるだけだよな。

「ジェレミー様は、何歳ですか?」

「……今年五歳になる」

 侯爵様は、微かな警戒心を滲ませつつも答えてくれた。

「そんな小さなお子さんがいらっしゃるなら、悪女に拒絶反応を示すのも仕方のない事ですよね」

「王命に腹が立っていた事もあり、つい過剰に反発してしまった」

「お気持ちお察しします。
 ところで、今日彼はどちらに?」

 そう問うた私に、侯爵様は微かに目を泳がせた。

「あー……、別荘へ遊びに行っている。
 戻って来るのは五日後の予定だ」

 あぁ、成る程……。
 悪女に会わせない様に、避難させたって訳ね。

「分かりました。ではその時に、ご挨拶くらいはさせて下さい。一応、同じ邸に住むのですから。
 それから……私は恋人を作るつもりはありません。
 それこそ、ジェレミー様の教育上、よろしくないのでは?」

 子供って意外と鋭い時あるから、隠していても気付かれてしまうかも知れないしね。
 いくら名ばかりの母とは言え、そーゆーの、良くないでしょ。

「確かに……その通りだな。ありがとう」

 侯爵様は、私がジェレミー様に対する配慮を見せたのがよっぽど意外だったのか、少し戸惑い気味だった。

 私だって、幼い子供の心配くらいしますって。
 一度ついてしまった悪女のイメージを払拭するのは難しいのかなぁ。

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