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12 ここは天国なのかしら?
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窓を叩く雨音がうるさくて、目を覚ます。
温かなベッドに後ろ髪を引かれながら、カーテンを開け外を見ると、どんよりとした空が広がっていた。
「今日は雨か……」
枕元のベルを鳴らすと、すぐに侍女のチェルシーが私の身支度を手伝いに来た。
「おはようございます、ミシェル様。
本日は私がお世話をさせて頂きます」
「よろしくね、チェルシー」
デュドヴァン邸で暮らし始めて、早くも四日目。
初日の侯爵様との話し合いのお陰でここでの生活に全く不安が無くなったので、連れて来た騎士達は早々にシャヴァリエ家に帰した。
その際、『意外と上手くやれそうなので、心配いりません』という内容の義両親宛ての手紙を託した。
チェルシーとグレースは日替わりで私の世話をしてくれている。
ドレッサーの前で髪を櫛削られながら欠伸を噛み殺していると、鏡越しにチェルシーがフフッと笑った。
「今日は少し起床が遅かったので心配しましたけど、体調が悪い訳では無さそうですね」
「ごめんなさい。昨日ちょっと夜更かししてしまったからだわ」
ベッドサイドのテーブルに置いてある本にチラリと視線を送ると、チェルシーは納得した様に微笑んだ。
「ああ。あの小説、私も昔読みました。展開が読めなくて、ハラハラしますよね」
数年前に爆発的に流行った恋愛小説なのだそうだが、私は昨日初めて読んだ。
「ええ。恋愛小説って、なかなか面白い物なのね。
私は少し前まで、小説を読む時間なんて無かったから……」
チェルシーとグレース、そしてフィルマンには、私の事情と婚姻の契約に関する事を話してある。
身近な使用人には、今後協力して貰う事もあるかも知れないし、デュドヴァン侯爵もこの三人なら信用出来ると言うから。
「これから沢山本を読む時間がありますよ。
デュドヴァン家が誇る書庫には、ミシェル様が一生かけても読み切れない程の小説がありますし。
それに、夜更かしして朝寝坊しても、誰も叱ったりしませんから」
「ふふっ。それは楽しみだけど、そんなに怠惰な生活を送ったら、なんだかダメ人間になってしまいそうだわ」
「良いではないですか。
ミシェル様は今まで忙し過ぎたのですから、少しくらいダメでもバチは当たりません」
「……それもそうね。
そういう事にしておきましょう」
私達は顔を見合わせて頷き合った。
朝の身支度が整うと、自室の中に用意した簡易の祭壇に向かって祈りを捧げる。
光魔法は毎日朝晩の二回、神に祈りを捧げる事によって、少しずつその力を強める事が出来ると言われている。
本来ならば領地内の教会で祈りたいのだが、残念ながら、デュドヴァン邸からは少し離れた場所にあるらしいので断念した。
祈りを終える頃、ちょうど良いタイミングでチェルシーが朝食のワゴンを運んで来た。
新鮮な野菜をたっぷり使った具沢山のスープに、ポーチドエッグを乗せたアスパラガスのソテー。それから焼き立てのパン。
私の好物ばかりだ。
料理人に手間をかけさせてしまうのは申し訳ないが、私の分は侯爵様が召し上がっている物よりも、質素で消化の良い物を用意して貰っている。
王都にいた頃は食事を取れない事も多かったので、豪華な食事には、まだ胃が慣れないのだ。
「あー、今日の朝食も美味しかったわ。ここは天国ね」
「料理長にお伝えします。きっと大喜びしますわ」
綺麗に完食した食器を片付けながら、チェルシーは嬉しそうに微笑んだ。
フカフカのベッドでたっぷり眠って、好物ばかりの朝食を頂く。
晴れた日には買い物や観劇に出掛けたり、庭を散歩し、花に囲まれながらグレースご自慢の紅茶を飲む。
雨の日には、部屋に篭って読書三昧。
ここでは、のんびりと時間が流れる。
馬車馬の様に働いていた頃を思えば、大袈裟でも何でも無く、本当に天国みたいだ。
しかもここの使用人は、シャヴァリエ家にも負けないくらい、温かい人達ばかりなのだ。
デュドヴァン侯爵のあの噂に不安を感じていたのが嘘みたいに、満ち足りた生活だった。
迷惑なだけのお飾りの妻が、こんなに良い生活をさせて貰って良いのだろうか?
何かお役に立てる事が無いか、考えないといけないな。
だが、私が出来る事と言えば、治癒魔法か簡単な事務仕事くらいだ。
昨日今日知り合ったばかりの人間を家政に関わらせる訳には行かないだろうし、治癒を施すために機密事項が多そうな騎士団内をウロウロするのも迷惑だろう。
どちらにしても、もう少し信頼関係を築いてからでないと動けないか。
『何もしなくて良い』と言われたのも、『信用出来ないから何もしないでくれ』と言う意味だったかもしれないし。
「今日は生憎の雨ですが、いかが過ごされますか?」
「午前中は義実家に手紙を書きます。その後は書庫で新しい本を借りたいわ」
改めて、ここでの生活が幸せである事を、シャヴァリエ家の家族に手紙で伝えておこう。
きっと皆んな心配しているから。
「かしこまりました。後ほど、新聞もお持ちしますね」
「ええ、お願い」
国境に近い場所にいると、王都での出来事は耳に入り難い。
だから、シャヴァリエ邸にいた頃から、毎日欠かさず新聞を読む様にしていた。
数分後、届けられた新聞の大きな見出しを見て、私は眉根を寄せた。
『王都上空の結界に大きな穴!?鳥型の魔獣が侵入』
(……早くも始まったのね)
特殊なインクで紙にサラサラと魔法陣を描き、手を翳して魔力を流すと、魔法陣の中の古代文字がポゥッと一瞬光を放った。
「……よし」
これで、シャヴァリエ領とデュドヴァン領だけを覆う結界が構築されたはず。
窓の外の雨は激しさを増している。
遠くで雷鳴が轟いていた。
温かなベッドに後ろ髪を引かれながら、カーテンを開け外を見ると、どんよりとした空が広がっていた。
「今日は雨か……」
枕元のベルを鳴らすと、すぐに侍女のチェルシーが私の身支度を手伝いに来た。
「おはようございます、ミシェル様。
本日は私がお世話をさせて頂きます」
「よろしくね、チェルシー」
デュドヴァン邸で暮らし始めて、早くも四日目。
初日の侯爵様との話し合いのお陰でここでの生活に全く不安が無くなったので、連れて来た騎士達は早々にシャヴァリエ家に帰した。
その際、『意外と上手くやれそうなので、心配いりません』という内容の義両親宛ての手紙を託した。
チェルシーとグレースは日替わりで私の世話をしてくれている。
ドレッサーの前で髪を櫛削られながら欠伸を噛み殺していると、鏡越しにチェルシーがフフッと笑った。
「今日は少し起床が遅かったので心配しましたけど、体調が悪い訳では無さそうですね」
「ごめんなさい。昨日ちょっと夜更かししてしまったからだわ」
ベッドサイドのテーブルに置いてある本にチラリと視線を送ると、チェルシーは納得した様に微笑んだ。
「ああ。あの小説、私も昔読みました。展開が読めなくて、ハラハラしますよね」
数年前に爆発的に流行った恋愛小説なのだそうだが、私は昨日初めて読んだ。
「ええ。恋愛小説って、なかなか面白い物なのね。
私は少し前まで、小説を読む時間なんて無かったから……」
チェルシーとグレース、そしてフィルマンには、私の事情と婚姻の契約に関する事を話してある。
身近な使用人には、今後協力して貰う事もあるかも知れないし、デュドヴァン侯爵もこの三人なら信用出来ると言うから。
「これから沢山本を読む時間がありますよ。
デュドヴァン家が誇る書庫には、ミシェル様が一生かけても読み切れない程の小説がありますし。
それに、夜更かしして朝寝坊しても、誰も叱ったりしませんから」
「ふふっ。それは楽しみだけど、そんなに怠惰な生活を送ったら、なんだかダメ人間になってしまいそうだわ」
「良いではないですか。
ミシェル様は今まで忙し過ぎたのですから、少しくらいダメでもバチは当たりません」
「……それもそうね。
そういう事にしておきましょう」
私達は顔を見合わせて頷き合った。
朝の身支度が整うと、自室の中に用意した簡易の祭壇に向かって祈りを捧げる。
光魔法は毎日朝晩の二回、神に祈りを捧げる事によって、少しずつその力を強める事が出来ると言われている。
本来ならば領地内の教会で祈りたいのだが、残念ながら、デュドヴァン邸からは少し離れた場所にあるらしいので断念した。
祈りを終える頃、ちょうど良いタイミングでチェルシーが朝食のワゴンを運んで来た。
新鮮な野菜をたっぷり使った具沢山のスープに、ポーチドエッグを乗せたアスパラガスのソテー。それから焼き立てのパン。
私の好物ばかりだ。
料理人に手間をかけさせてしまうのは申し訳ないが、私の分は侯爵様が召し上がっている物よりも、質素で消化の良い物を用意して貰っている。
王都にいた頃は食事を取れない事も多かったので、豪華な食事には、まだ胃が慣れないのだ。
「あー、今日の朝食も美味しかったわ。ここは天国ね」
「料理長にお伝えします。きっと大喜びしますわ」
綺麗に完食した食器を片付けながら、チェルシーは嬉しそうに微笑んだ。
フカフカのベッドでたっぷり眠って、好物ばかりの朝食を頂く。
晴れた日には買い物や観劇に出掛けたり、庭を散歩し、花に囲まれながらグレースご自慢の紅茶を飲む。
雨の日には、部屋に篭って読書三昧。
ここでは、のんびりと時間が流れる。
馬車馬の様に働いていた頃を思えば、大袈裟でも何でも無く、本当に天国みたいだ。
しかもここの使用人は、シャヴァリエ家にも負けないくらい、温かい人達ばかりなのだ。
デュドヴァン侯爵のあの噂に不安を感じていたのが嘘みたいに、満ち足りた生活だった。
迷惑なだけのお飾りの妻が、こんなに良い生活をさせて貰って良いのだろうか?
何かお役に立てる事が無いか、考えないといけないな。
だが、私が出来る事と言えば、治癒魔法か簡単な事務仕事くらいだ。
昨日今日知り合ったばかりの人間を家政に関わらせる訳には行かないだろうし、治癒を施すために機密事項が多そうな騎士団内をウロウロするのも迷惑だろう。
どちらにしても、もう少し信頼関係を築いてからでないと動けないか。
『何もしなくて良い』と言われたのも、『信用出来ないから何もしないでくれ』と言う意味だったかもしれないし。
「今日は生憎の雨ですが、いかが過ごされますか?」
「午前中は義実家に手紙を書きます。その後は書庫で新しい本を借りたいわ」
改めて、ここでの生活が幸せである事を、シャヴァリエ家の家族に手紙で伝えておこう。
きっと皆んな心配しているから。
「かしこまりました。後ほど、新聞もお持ちしますね」
「ええ、お願い」
国境に近い場所にいると、王都での出来事は耳に入り難い。
だから、シャヴァリエ邸にいた頃から、毎日欠かさず新聞を読む様にしていた。
数分後、届けられた新聞の大きな見出しを見て、私は眉根を寄せた。
『王都上空の結界に大きな穴!?鳥型の魔獣が侵入』
(……早くも始まったのね)
特殊なインクで紙にサラサラと魔法陣を描き、手を翳して魔力を流すと、魔法陣の中の古代文字がポゥッと一瞬光を放った。
「……よし」
これで、シャヴァリエ領とデュドヴァン領だけを覆う結界が構築されたはず。
窓の外の雨は激しさを増している。
遠くで雷鳴が轟いていた。
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