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上栫と栗原

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 目が覚めた。
 全てが嘘で悪夢だったと、そう思ってしまうくらい壮絶な体験だった。けれどそれが現実だと分かったのは目が覚めた場所のせいだった。
 消毒液の匂いに、腕には点滴のような管が繋がっている。そして、手に感じる温もりに視線を向けると、傍らにはダレクがベッドに寄りかかるようにして寝ていた。

 意識を失う直前に聞いたあの声は、きっと幻聴なんかじゃなかった。助けに来てくれたんだ。

 愛おしげにダレクの頭を撫でた。





 □□□上栫と栗原□□□




 あの事件から一月経っていたらしい。目が覚めたダレクに抱き付かれ「………生きていて良かった…」と耳元で呟かれたときに、思わず泣きそうになってしまった。

 二人で存分に抱き締め合い、ようやく落ち着くと、ダレクが医者を呼んでくれた。






「こっちはどうだ?痛むか?」
「突っ張りますけど、平気です」
「ふむ。まぁ、大丈夫そうか」

 健康確認のためにあちこち体を点検された。
 胸元や腹、見えないけれど背中には相当の傷跡が残っているらしい。特に酷いのは胸元。心臓の真上。
 執拗に心臓を滅多刺しにしていたのを覚えている。

 それを医者の後ろでダレクが鬼のような顔をして見詰めていたけれど、数年経てば治るだろうと宥めようとしたら、医者に「いえ残ります」と全否定された。
 火に油を注ぎ入れてどうするんだ。

「一週間様子見で、あとはリハビリですね。寝たきりだったので筋肉低下しているので、筋トレ頑張りましょう」

 そう言い残し、医者は退室した。

 ダレクがすぐさま隣に座って瑛士の頬を撫でる。

「瞳、赤みが増したな」
「そうなんですか?」
「ああ。トマトみたいだ」
「だいぶ赤いですね」

 あとで鏡で確認しないとと思ったとき、クレオフェンのことを思い出した。
 あの後どうなったのかわからない。

 それをダレクに訊ねると、ダレクは全て答えてくれた。

 クレオフェンは国家反逆罪で投獄されたらしい。そこからは芋づる式にアークラーの幹部も次々に捕まった。

 ここ最近の暴動や、頻度が増すグレムリンは全てこのアークラーが原因で、特に封印の魔法陣への改悪はなんと50年も前から一族ぐるみで行っていたのだと言う。とんでもない話だ。

 おかげで現在、貴族の全調査、洗いだし、投獄がアホみたいに忙しくてモステンが死にそうになっているのだとか。
 ちなみにダレクはあの事件後、相当の無理で体が大変だったらしく一週間入院中していたらしい。
 今は退院しているが、重症者だったため、全回復するまでは全ての負担がモステンへといっているとのこと。
 可哀想。

「ああ、そうだ。魔法士団なんだが」

 突然ダレクがそう切り出して、反射的にダレクの方を向く。

「なにかあったのですか!?」
「ケンジアライト、シンシアが団長になった」

「は?」と瑛士は聞き直す。

「シンシアが、団長?なんで?」
「クレオフェンからの洗脳を一人だけ自力で解いていて、今回の事件に貢献したのもある。お前の命の恩人と言ってもいい」
「へぇ」

 前々からすごい奴とは思っていたけれど、思っていた以上にすごい奴だった。

「スファレライト卿は…、卿なんて言いたくもないな。スファレライトは煙草をやっていただろう」
「ええ、やってましたね」

 薄い紫の煙が出る謎のタバコ。
 本人はこれがないとストレス発散できないと言っていたが。

「あれだ。薄い毒のようなものでな。長い時間吸わされていると、その大本になっている人物に対して警戒心を抱かなくなり、なおかつ精神支配されやすくなる物質が含まれていた」

 副流煙って怖いんだなと、瑛士は納得した。

「だが、ケンジアライトも煙草を吸っていただろう。あれでアイツだけ無事だった」
「煙草がですか?」

 確かに吸っていたが、一体何の関係が。と、瑛士はダレクに言葉の先を促す。

「アイツが魔眼持ちなのは知ってたか?」
「はい。同じ魔眼持ち同士なので、それで仲良くなったんです」

 詳しい情報はわからない。聞いた話だと、魔力を視たり遠くを視たりできるとか。

「その魔眼のせいでケンジアライトは常に精神汚染の危険と隣り合わせだったんだが、あの煙草はその汚染を食い止めるための安定剤だったんだ。そのおかげで1人だけ無事。ついでにいうなら、常に近くにいたエージも影響が薄かった」
「なるほど…」

 普段飄々としていた友人がそんな危険と隣り合わせだなんて知らなかった。

「ということだ。元々副団長は不在だったから、そのままケンジアライトが団長だ。今度合うときは卿付けないといけないかもな」

 シシシと瑛士をからかうように笑うダレクに瑛士がムッとした時、スパンと病室の扉が開いた。

「クリハラ!!」

 大慌てでやってきたシンシアだった。

「シンシア!」

 ガシリと瑛士はやって来たシンシアに抱きついた。

「良かった…目が覚めて…」
「こっちこそ心配掛けてごめん…」

 そんな瑛士とシンシアをダレクは穏やかな笑みを浮かべながら黙って見詰めていた。




 □□□





「よ、ととっ」

 リハビリのおかげで松葉杖で歩けるようになった。
 事件から一月半。ようやく職場復帰である。

「栗原さん!」

 聞き覚えのある声に瑛士は立ち止まり振り返った。
 そこには神子、上栫がこちらめがけて走ってきている姿だった。その後ろから世話役の女性が「はしたないですよ!」と叫んでいるのにガン無視で。

 すぐ目の前に来た上栫は息を切らせながら、こう言った。

「栗原さん!大丈夫ですか!?」
「上栫さん。ええ、お陰さまで歩けるようになりました」
「良かったぁ!もう私どうしようかと心配していたんです!サルトゥ様にも全力で支援してくださいってお願いしましたから!お給料の件は任せてください!」
「あ、ありがとうございます」

 まさかの給料を守ってくれていた。





 久しぶりの職場に顔を出すと、同僚達皆に復帰祝いをされた。
 あんな事件の後だったから、皆もう戻ってこないんじゃないかと心配していたそうだ。そんなわけない。ここが唯一の職場なのだから。

「あ、そうだ忘れていた」

 とても大変なことを思い出した。

「シンシア!」
「なんだ?」

 団長席に座るシンシアがこちらを向いた。

「クレオフェンから封印の魔法陣に対しての大変な罠を仕掛けていたって情報を思い出した」
「なんだ!早く教えろ!」








 後日、これは重大な問題ということでサルトゥーア陛下の前で説明することになった。

 例の浄化ができなくさせるという魔法陣だ。
 その報告を聞いたサルトゥーア陛下は計画を一時保留。すぐさま解析と対策方法を構築した。

 シンシアと同僚達の全力支援のおかげですぐに対策と解決方法は出来上がったのだが、問題がひとつ。
 瑛士の恐ろしい程無い魔力量。

 なのだが。



「………あれ?」

 とりあえず現物確認しなければと、現地にやって来た瑛士は驚いた。

 なんともなかった。障気は全く感じず、体も元気である。

「体は大丈夫か?」

 護衛として付いてきたダレクにそう問われるが、あまりにもなんとも無さすぎて逆に瑛士は困惑した。
 まだ手も繋いでないのに、本当になんともない。

「ええ、はい。ビックリするくらい何ともないです」

 すると、ダレクが「まぁそうだろうな」と言いたげな顔をした。

「そうか。多分だが、私の魔力をほとんど移動させたから魔力循環が上手くいくようになったんだろう」

 ほとんど移動?

「なんですかその話。俺聞いてませんよ?」
「さて、いくぞ」
「後でちゃんと説明してくださいね!」

 魔法陣の元へ付き、先に来ていたシンシアと合流する。

「なんだ。やっぱり平気そうだな」
「もしかしてシンシアも俺のこの変化の原因知ってる感じ?」
「まぁな」

 1人だけ仲間外れにされている感じで、シンシアにも後で教えろと念押ししておいた。

「さて、始めますか」





 □□□




 拉致られる前に解析した魔法陣で上栫の浄化をある一定量から反転する魔法陣を見つけた。
 現物確認もすると、クレオフェンの言う通り本当にあった。今まで気が付かなかったのは、他の魔法陣の模様を利用して組み込まれていたから。

 シンシアとダレクと共に確認したから間違いない。

 他にも危ないものはないかと念入りに確認した後にサルトゥーア陛下に報告をした。





「うむ。ご苦労だった。クリハラ」

 あの事件以降、どういう心境の変化か、サルトゥーア陛下が瑛士をクリハラと呼ぶようになった。

「危うく何もかも失敗に終わることになる所だった。で、その魔法陣の修復はいつ終わる?」
「色々用意することがあります。修復分の魔力が一番ですが、障気を抑える魔法陣を大量に張り巡らせないといけないので、それを用意する時間などもあります」
「なるほど。ケンジアライト卿」

 サルトゥーア陛下がシンシアを呼ぶ。

「はい!」
「必要な金額を言え。全て用意する。あと貴重な魔法具も貸す。複写の魔法具だ。それで障気を抑える魔法陣を増やせ」
「はっ!」
「これで問題なかろう」

 仕事が早い。すぐに解決してしまった。
 なら、これも伝えておいた方がいいだろう。

「ありがとうございます。サルトゥーア陛下。あともう一つ、これは一つの提案なのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?聞くだけ聞いてやろう」
「この作戦では、上栫さんの助けが必要です」
「それは元よりだ。早く聞かせろ」
「はい。──」

 瑛士はサルトゥーア陛下にとある提案を伝えた。
 それはこの国の未来を変えるかもしれない作戦だった。
 危険はもちろんある。失敗だってするかもしれない。それでもサルトゥーア陛下は最後まで話を聞き、頷いた。

「おもろい。やってみろ」






 □□□





 良く晴れた空だ。
 決戦には良い日だろう。

「皆さん、準備は良いですか?」

 封印魔法陣指揮責任者の瑛士が声をかけると、はい!と返事が返ってくる。
 周りには魔法士団の皆と、シンシア。サルトゥーア陛下に従者、モステン、上栫にダレク。作戦を成功させるべく集まったもの達だ。

「さぁ、皆の者。始めようか!」

 サルトゥーアの魔法が展開される。効果は魔力精度の大幅上昇。これで失敗の確率が減らさせる。地味な魔法と言われるが、そんなことない。今一番重要な魔法だ。
 続いてモステンの魔法。それは防御魔法だ。
 いくら障気を魔法陣で抑えても、本格的に修復を開始すれば防ぎきれない。
 瑛士と上栫に重ね掛けし、覚悟を決める。

「こちらもいいぞ!」

 シンシアの森全体への大量に生成した結界設置完了の合図と共に、瑛士はダレクと手を繋ぎ魔法陣へと踏入る。

 よし、大丈夫だ。いけると判断し、瑛士は魔法陣の修復を開始した。


 線を一つ消す度に、一つ線を戻す度に魔力がごっそり持っていかれる。これも罠の一つなのか、戻す度に恐ろしい量の障気が吹き出す。だが、まだ大丈夫。まだいける。
 補給薬をダレクが飲み干し、濾過した魔力を瑛士に流す。そうやって、ようやく反転の魔法陣を消した。

 第一段階クリアだ。
 これで次へと進める。

「上栫さん!これで浄化が使えます!」
「わかりました!」

 上栫が両手を組み、祈る姿勢を取る。
 すると上栫を中心に黒い靄みたいになっていた障気が吹き飛ばされるように、みるみるうちに掻き消えていった。
 凄い、これが上栫の能力。『強制浄化』か。

 瞬く間にあからさまに空気が良くなっていくのを感じる。
 余計な障気が消えたことで、魔力の減りが抑えられ、瑛士は次の壊れた箇所の修復に取りかかった。

 どのくらいの時間作業していたのか。
 薬もすでに20本は飲み干した。魔法陣はほぼほぼ直せた。あとは、あの作戦を実行するのみだ。

 追加の補給薬を持ってきたシンシアも疲れが滲み出ている。
 無理もない。上栫の浄化が使えるようになるまで、結界で障気を押さえ込んでいてくれていたのだから。
 シンシアに瑛士は訪ねた。

「シンシア、このままいけると思う?」

 すると、シンシアはふっと笑ってダレクを指した。

「負担になってるダレクに聞け」

 そりゃそうだと、こちらも疲れが出ているダレクに訊ねた。

「試してみてもいいですか?」
「いけると思うのならやってみろ」

 許可が出た。
 瑛士は振り返り、未だ浄化作業を続けている上栫へと声をかけた。

「上栫さんも手伝って貰えますか?」
「いいよ!任せなさい!」

 ダレクと手を強く繋ぎ直し、更に結界内部へ向かう。

 息苦しさが増す。気持ちも悪いし、悪寒もする。
 あのオブジェクトはもう目の前だ。本当ならここには数分もいられないほどヤバい空間なのだが、上栫の浄化のお陰でまだ耐えられる。

「やりますよ!」
「ああ!」

 目の前のオブジェクトの上に、全反転の魔法陣を作成した。

 最近になって、ようやく瑛士の“本当の能力”が判明した。

 能力名は、『書き直し』。

 上栫の強制浄化は今ある原因の上から、無害にする力を被せて強引に無力化する能力だが、瑛士のものは違う。
 瑛士の書き直しは、その原因自体、その存在に干渉して別物に変える能力だ。

 だから、たとえ完成した魔法陣だとしても瑛士はそれを書き直しできた。

 今回は、その能力を最大限に使う。

 サルトゥーア陛下が貸してくれた魔法具のおかげで、魔法陣巨大化の魔法陣を大量にコピーすることができた。
 申請した内容とは異なるけど、赦して貰えるだろう。

 それを上栫対策であった反転の魔法陣、それを新たに作成してオブジェクトの上で巨大化。
 巨大化した反転の魔法陣をオブジェクトの上に落とした。

 この障気の原因、魔王の呪いであるこのオブジェクトから障気が外に向かって出ているのなら、それを外に出た瞬間に反転させて、浄化の気を内に向かって流し込む。

「ぐうううううううッッ!!」

 凄まじい拒絶があったけど、上栫の強制上書き能力と瑛士の書き直し能力で、魔王の呪いと反転の魔法陣を無理矢理合体させる。
 魔力消費がすさまじいけど、失敗するわけにはいかない。

「栗原さん!アレキサンドライト様頑張ってください!」

 後ろから上栫の浄化の気が送り込まれる。侵食しようとしていた呪いが上栫の強制浄化によって弾き返された。
 ひときわ大きなスパークが弾け、オブジェクトの氷面に魔法陣が定着した。

「成功、した」

 障気が消えた。成功だ。

「成功だ!やったぞダレクゥオオオ!?」

 突然ぐらりと倒れかかったダレクを抱き止めた。

「すまん、魔力が不足してふらついた」
「この作戦で一番魔力くれてましたもんね。おかげで成功しました。ありがとうございます」
「ふ、一番の功績者はお前だ。ほら、戻ろう」
「はい」

 これで意図的に書き直さなければ、呪いのオブジェクトは反転の魔法陣の効果によって自分の瘴気で浄化され続ける。

 ダレクに肩を貸しながら戻れば、拍手喝采に包まれた。
 サルトゥーア陛下ですら、今まで見たことのない笑みを浮かべている。その中でなんでか目をキラキラさせている上栫がこちらを見ているのが気になったが、その前にシンシアと魔法士団の皆に取り囲まれて揉みくちゃにされたのだった。
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