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ダレク・アレキサンドライト(r18g)

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 拷問して吐かせた情報を照らし合わせる。一応合ってはいるのだけれど、言い表せない違和感があった。
 あまりにも情報が一致しすぎている。
 捕まえた奴は組織の末端。与えられる情報なんか限られているはずなのに、一から十まで全く情報がぶれないのだ。
 しかも情報があるのにも関わらず、“本当の組織”の尻尾が掴めない。

 頭を抱えながらもまたしても起こった暴動の鎮圧を完了し、連行準備をしていると、慌てた様子のパパラチアがやって来た。

「団長!」
「なんだ、パパラチア」
「団長宛に緊急の魔鳥です!」
「は?」

 ダレクは手を止めてパパラチアの手に止まっている白い鳥に目をやる。白の鳥は魔法士団のものだ。何だと、逃げ出そうとしている奴を素早く拘束し、白い鳥の足に付いている手紙を開いた。

 シンシア・ケンジアライトという奴だ。シンシアという名前に覚えがある。確か瑛士と一番仲の良い同僚と聞いたことがある。急いで手紙を開き、ダレクは固まった。
 それは瑛士に危険が迫っているという内容のものだった。

「団長?どうかしたのですか?」

 すぐさま部下に馬を連れてくるよう指示を出す。

「すまないパパラチア。あとを任せる」
「え?ちょっと──」
「ヤッ!」

 馬を飛ばして城へと戻る。そのまま瑛士の所属する魔法士団の部屋へ行く途中で、話に聞いていたシンシアとの外見が一致する青年が血相を変えてやってきた。

「アレキサンドライト卿!!」
「どうした!?クーの事か!?」
「はい!あの、先にこちらを見てもらって良いですか!?」

 シンシアに連れられて部屋に来ると様子がおかしい。
 皆そこにいるのだけれど、誰1人として反応しない。別に気を失っているわけではない。いつも通りだ。研究して、隣の奴に相談して、実験して。これが平時ならば何の疑問も浮かばない。
 だが、今は違う。
 シンシアがどんなに揺すっても声をかけても反応を返してくれない。まるでそこにシンシアなんかいないと言うように。

「……まさかな…」

 この状態にダレクは一つの可能性が思い浮かぶ。だけど、そんなこと信じられなかった。だって、ここは国中でも魔法に長けた者が集まる魔法士団だ。

「ケンジアライト…、ちょっと来い」
「は、はい」

 シンシアがダレクの元にやってくる。

「もし、私の考えが当たっているのなら、大事件だ」
「なんですか?」
「洗脳魔法だ」
「洗脳!?」
「一つ、試してみる」

 近くの男の目の前でダレクは掌に魔力を貯めて、強く両手を打った。洗脳魔法ならば、この膨大な魔力の振動で何かしらの反応を見せるはず。

「ぁ…」

 目の前の男と近くの人達は糸が切れたように倒れ付し気絶した。それが決定打だ。そんな、と後ろでシンシアが震えた声で呟いている。しかしそれ以上にダレクの腕が震えていた。

「ケンジアライト。クーに危険が迫っているという内容は、これ関連か?」
「お、恐らく…。あの町で襲われた頃くらいから、クリハラに無事に帰れたかどうかの判別が出来る魔法陣を施したものを持っていて貰っていたんです…、それがいつもとは違う方向へ向かって、信号が途切れ掛けてて……。……それに」

 ごくりとシンシアは唾を飲み込む。

「私は、千里眼の魔眼持ちです」

 そう言ってシンシアは前髪で隠れた右目を晒す。そこには千里眼特有の銀色の重瞳(チョウドウ)(※一つ眼球に二つの瞳孔がある)があった。

 存在しているのは知っていたが、見るのは初めてだ。

「この千里眼が視せたんです。森の中にクリハラの乗っていた馬車が破壊されているのを」

 ダレクは怒りで目の前が真っ白になった。だが、ここは落ち着かなければならない。深呼吸すると、ケンジアライトに問い掛けた。

「案内はできるか?」
「できます!!」

 残りの人達も洗脳を解くやダレクはシンシアを担いで駆け出した。
 そして馬に跨がり、シンシアの示す方向へと全力で駆けさせた。魔力で馬の負担を減らし、かつ速度を上げていく。
 その途中、第二騎士団連中と鉢合わせた。

「団長!!何処にいかれるんですか!???」
「ちょうど良かった!!!お前ら付いてこい!!!魔法士団を洗脳に掛けた奴を追っている!!!」

 ダレクの言葉にパパラチアが「ハァ!?」と盛大に顔を歪める。

「魔法士団が洗脳!?どんな冗談ですか!??」
「冗談なら良かったんだがな。証人がいる。このケンジアライトだ」

 シンシアがペコリと頭を下げた。しかし視線はとある方向から外さない。

「これは立派な国家転覆罪に該当する。責任は私が取る。だから、来い!!」
「……、分かりましたよ! 二手だ!連行班はそいつらを連れていった後に追ってこい!残りはそのまま団長に続くぞ!!」




 □□□ダレク・アレキサンドライト□□□




 封印の地、禁忌の領域の近くの森を探し回っていると、惨殺された馭者と無惨に破壊された馬車を発見した。
 扉を開けるも瑛士の姿はない。
 団員にまだ周囲にいるはずだと、捜索を指示する。その時。

「………!」

 ダレクは突然森の奥に視線を滑らせた。

「ケンジアライト、乗れ」

 シンシアを馬の上へ引っ張り上げ、走らせた。
 なんでか呼ばれている気がする。それに、急がなければ、間に合わない。

「エージ!!!」

 突然現れた野盗を蹴散らす、すると目の前にとある光景が飛び込んできた。

「アレキサンドライト卿!!あれ!!」

 シンシアの示す方向に彼がいた。
 探し求めていた人は鎖で両手を繋がれ、さらには誰かが馬乗りになって何かをしていた。
 いや、胸を刃物で突き刺し、グリグリと抉っていた。
 よく見てみたら彼は身体中血まみれで、口からは刃物が動かされる度に泡が混じった血が伝っている
 視界が怒りで赤く染まった、体から炎が吹き出すように、魔力が暴走した。

 ダレクが叫び、瑛士を殺した男に向かって魔力の塊を撃ち放った。

 とっさに張ったであろう結界ごと吹っ飛んだ男を、馬から飛び降り様に飛び蹴りをかます。こういった魔法用結界は物理攻撃に弱いため、ダレクの蹴りによって結界はくだけ散り、男は近くの木へと衝突して、幹を砕いた。

「あああああ!!!!!!」

 周りにいる奴らを、腕を凪払った際に発生した魔力の塊でぶっ飛ばす。

「な!?嘘、まさか早すぎ──」

 砕けた木から何とか立ち上がろうとしている犯人がこちらを見て驚愕の声を上げていた。
 知っている顔だったが、頭に血が上りすぎてそんなの関係ないとばかりに距離を詰め攻撃を仕掛ける。
 その服についた血が、腕を染めている血が、全てアイツのもの。
 こいつが殺した。
 なら、容赦はしない。
 更に膨れ上がった魔力が木々まで吹っ飛ばし、腰の剣を抜き様振り払う。
 奴は防御したらしいが結界は粉々に砕け、空間にも作用した斬劇が男の骨を砕いた。

 地面に倒れ付した男は気絶をした。

 フーッフーッと肩で息をしていたダレクだが、少し冷静になると男を拘束する。裏切り者はこいつだったのかとおもうが、こんな奴に割いている時間もないと、すぐに瑛士に駆け寄った。

「ッッ」

 全身ズタズタだった。赤しかなかった。喉が絞られる感覚を感じながらダレクは震える手を瑛士に伸ばす。

「エージ…、エージ!!頼む!息をしてくれ!!!」

 僅かに空いた目は瞳孔が開き切り、呼吸もない。心臓はぐちゃぐちゃに破壊されて、もうどうやったって手遅れなのは目に見えて分かった。
 それでもダレクは瑛士を抱き締め、懇願するように泣き叫んだ。

 なんであの時俺はスファレライトを紹介してしまったんだ。
 なんで違和感があるなと思ったときこいつにもっと気を配ってやれなかったんだ。

 頭に浮かぶのは後悔ばかりで、しかもどれだけ悔やんだところで全てが遅いと突き付けられた
 願うなら、こいつの傷を引き取ってやりたい。
 なんでこいつがこんな目に遭わないといけないんだ。

 激怒したダレクに恐怖して明後日の方向へと走ってしまったダレクの馬に乗ってシンシアが戻ってくる。

「はぁ、はぁ…。………………」

 死んでしまっている友を抱き締め泣きじゃくるダレクを見て、シンシアは馬から降りると、すぐ傍らにしゃがみこんだ。

「……………、アレキサンドライト卿。ひとつだけ、クリハラが助かるかもしれない方法があります」
「!」
「だけど、もしかしたらそれで貴方は今まで築き上げたものを全て手放すことになるかもしれない
 それでもいいですか?」

 そんなこと些細なことだ。こいつが助かるのなら何だって差し出してやる。

「勿論だ」

 シンシアが眼帯を外して、右目の魔眼を解放した。瞳は黒く染まり、深い穴のようになった。










 ダレクの体内魔力の殆どを瑛士に移してシンシアが壊された体内を作り直す。ホムンクルス的な作り方に似ているが、この際人道的なんて言葉は溝に捨てた。

 シンシアの魔眼はパイプの能力も持っていた。通常の接触よりも、粘膜接触よりも、はるかに流し入れる純度も量も多い。

 シンシアがダレクの背中に触れ、ダレクがひたすら瑛士に魔力を祈りと共に注ぎ込む。失敗する可能性もあるが、二人は必死に瑛士に魔力を注ぎ込んだ。

「はぁ……はぁ……、くそ、まだ足りないのか……」

 頭がガンガンと痛み、目眩も酷い。
 ダレクは魔力量だけなら国の中では一番だ。世界的に見ても恐らくトップ付近にいると自負していた。そんなダレクの魔力ならば瑛士のこの体でさえ直してみせると。
 しかし、こんな枯渇寸前になっても瑛士は息を吹き返さない。

 泣きそうになりながらもダレクはめったに祈らない神に祈りながら全力で瑛士に魔力を注ぎ入れた。

「頼む、戻ってきてくれ…っ」

 ダレクの意識の途絶えるギリギリで、瑛士の心臓が僅かに動き始めた。

「!」

 即座に心肺蘇生法を施す。意識を無理やり覚醒させ、戻ってこいという気持ちごと叩き込んだ。

「げほ…」
「エージ!」

 瑛士が息を吹き返した。
 シンシアが魔眼を閉じ、額に滲んだ汗を脱ぐって安堵の息を付いた。

「ふぅ、内蔵の損傷の90%は何とか修復できました。皮膚の再生は…止血分しか回せなかったですが…」
「いいや、これでエージは助かる。ありがとう…」
「いえ、友の為ですから…」







「アレキサンドライト卿!何だこれは!?」







 響き渡る低い声にダレクとシンシアがそちらを向いた。
 モステンが第二騎士団と第一騎士団を連れてやってきていた。

「どう言うことか説明して貰おうか?」

 ぎろりとモステンの鋭い眼光がダレクへ向けられたが、すぐに表情を変えた。

「…………いや、その顔を見る限りだと“違う”みたいだな」

 モステンは血だらけの瑛士と泣き張らしたダレク、顔色の悪いシンシアを見て違うと思い直した。確かにこの場からは暴走したダレクの魔力が感じられるが、瑛士のその無惨な状態から“やむを得ず暴走した”と考えることが普通だと思い直したのだ。

 恐らく、何かしらの事件に巻き込まれた瑛士を助けるためにやったのだろう。

 モステンはふいと三人から視線を離し、周囲を見た。そこで、魔力拘束を施されたクレオフェンを見つけた。
 事件に巻き込まれたのは瑛士とクレオフェンだったかと、モステンは馬を降りうつ伏せになっているクレオェンを仰向けにすると、即座にその考えを訂正した。
 胸元にあるアークラーの紋章のネックレスが、このものこそが犯人なのだと指し示していた。

 モステンは一つ溜め息を付いた。まさかこんな近くに裏切り者がいるとは思わなかったのだ。

「こいつを連れていけ。そこの三人はすぐに衛生班と共に病院へ運ぶのだ」







 □□□









 暗い空間で胸元まで水に浸かってる。
 冷たく海のような生臭い匂いがしている。

 これは三途の川か。

 死んじゃったんだなぁ。
 悔いの残る人生だった。

 脳裏によみがえるのはダレクの顔。

 そして嬉々として語るクレオフェンの言葉。

 神様お願いです。
 俺の魂はどうなっても良いのでダレクを救ってください。

 あいつ、結構寂しがりやで、俺が死んじゃったらしばらくの間責任感じちゃうかもしれないので。






「クー」






 ダレクが俺を呼んでいる。
 ああ、幻聴だとしても嬉しい。
 これで少しは穏やかに彼岸に行ける。






「エージ」





 あれ?珍しいこともあるものだ。
 あいつが下の名前を呼ぶなんて。

 思わず微笑んだ。
 ダレクのおかげで心が少し晴れた。
 そろそろ行かないと。

 一歩踏み出したら、何かが水中で腕を掴んだ。

「エージ」

 耳元でダレクの声。
 驚き振り替えると、ダレクが泣きそうな顔で俺の手を掴んでいた。

「エージ、頼む戻ってきてくれ」
「ダレク…」

 ああ、冷たい水で冷やされていた腕がダレクに触れられた所から熱を帯び始める。

 それと同時に血なまぐさい水が引いていった。


 ああ、ダレクの元に戻りたい。
 身体を前へ前へと引っ張っていた力が緩んでいく、ダレクへと向き直る。
 戻っていいのか。


 空間が明るくなっていく。
 まるでダレクが夜を照らす太陽にのように、俺を闇から引っ張りあげていく。


 ああ、良かった。


「俺はまだ、ダレクと一緒にいていいんだな」


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