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帰還
しおりを挟む役目が終わったので上栫が帰れることになった。
瑛士はダレクの魔力によって半分以上こちらの人間になったので帰れない。でもそれでいい。
国で大々的にお祝いして、上栫の帰還の儀式が始まる。
花弁が舞い、歓声が沸き上がる。
主役は上栫。ここに来た時の格好でパレードだ。
素晴らしい日だった。呪いから解放された日だと、国中で祝いに祝った。
表向きは神子である上栫が魔王の封印を完全なものにした、となっている。理由は簡単。瑛士の存在と能力を隠すためだった。
その方が今後安全に暮らせる、ということ。
もちろん知っている人も緘口令(かんこうれい)を強いた。
どこまで持つかはわからないが、少しの間でも平安に暮らせれ良いと思う。
街を回った上栫は最終的に城に戻り、ここに来た時と同じ部屋にやって来た。
薄暗い部屋だが、壁際に薄く青色に光る魔法陣のおかげで、神秘的な空間に仕立て上げられている。もちろん瑛士達、魔法士団が頑張った。
部屋の真ん中に上栫が向かう。そこにはひとつの魔法陣。
上栫と瑛士が連れてこられた魔法陣だ。
何故この魔法陣に来たのかと言えば、召喚の魔法陣は同時に帰還の魔法陣になるからである。
面白い構造で、二つの魔法陣が複雑に重なり、魔力を入れる位置で役割が変わるのだ。
シンシアの後ろに瑛士は控え、儀式を補助する。
何故そんなことをするのかって?
封印の魔法陣での功績が認められ、瑛士は国家魔術師、魔法士団副団長として大出世していた。史上初めての魔眼持ちツートップで誇らしい。
きちんと起動できるまでの魔力の注入が終わり、巻き込まれないように後ろに下がった。
あとは、上栫が真ん中に立ち、シンシアが起動させるだけ。
上栫が魔法陣へと向かう。
それを眺めていると。
「栗原さーん!」
帰還の魔法陣に到着する前に上栫がこちらに向かって手を振った。そして──
「栗原さんお幸せに!」
と言われた。もしや、バレていたのだろうか?今さら恥ずかしくなったが、ここは公共の場だ。グッと耐えていつもの顔を装った。
「上栫さんも、お気をつけて」
聞こえるか聞こえないか位の声で返す。
ふふっ、意味深な笑みを浮かべて上栫は魔法陣の上に乗る。
上栫は魔法陣の前にいるサルトゥーア陛下に「お世話になりました」とお礼をすると、サルトゥーア陛下は何処か寂しそうな表情を浮かべ、「達者でな」と返した。
サルトゥーア陛下がゆっくりと後ろへと下がる。
安全地点まで下がり、サルトゥーア陛下が合図を出す。その合図でシンシアが魔法陣を起動させると魔法陣が光輝き、二つの光の玉が現れた。
見たことのある光だった。
それが上栫の周りを高速回転して光量が一気に増すと、上栫の姿が光に飲まれて消えた。
帰還、したのだ。
「これにて帰還の儀は完了した」
そう言ってサルトゥーア陛下はお付きの者と部屋を去っていく。
やはり、何処か寂しそうな後ろ姿だった。
儀式の片付けをしながら、瑛士はついさっき上栫が帰還した魔法陣を見つめた。
「よくもあれで帰れるとか言ったものだ…」
魔法陣を見れば分かる。これは、帰還する為の魔法陣ではない。ついでに言うならば、召喚するための魔法陣でもない。
コレは、条件の合った人間をコピーして構成する為の魔法陣だ。
だから正確には上栫は帰れていない。コピーはあちらにいる本体に吸収され、ここでの出来事を全て夢として記憶するだろう。
でも、それでも、コピーであったとしても上栫はその事には気が付かない。
物凄く長い、不思議な夢を見たと言いながら起きるのだ。
□□□帰還□□□
ようやく、平和な日常が訪れた。
さんさんと柔らかな日の光が差し込む部屋で、瑛士とダレクは二人で一つの長椅子に座っていて、互いの指のお揃いの指輪が差し込む光でキラキラと光っていた。
穏やかな一時に思わず微睡んでいると、隣のダレクが話し掛けてくる。
「エージ」
「ん?」
「その、……」
言い淀んだダレクだが、瑛士にはダレクが何を思っているのかは手に取るように分かる。きっと、瑛士は帰らなくても本当に大丈夫なのかと訊ねたいんだろう。
「良かったのか?向こうには大切な人達だっていただろうに」
ほら、正解。
「ねぇ、ダレク。俺は一度死んだじゃないですか?いや、仮死状態か。意識が消えるその時、何を思ったと思います?」
突然何の話だと言いたげなダレクだったが、そのまま瑛士に言葉を促した。
「なんだ?」
瑛士はあの時を思い出す。
とても痛くて苦しくて、悔しくて。でもそれよりも悲しみが強かった。
もうダレクの顔を見れない悲しみと、クレオフェンによってダレクが傷つけられるんじゃないかという恐怖と、最後に言葉を交わしたかった後悔でいっぱいだった。
三途の川でダレクの姿を見た時どんなに嬉しかったのか、きっと話しても全部は伝わらない。
「ダレクの事を思ってました。そして悔やみました。あの日、行ってらっしゃいを言えてなかったこと、クレオフェンの企みに気付けなかったこと、せっかく助けて貰ったのに死んでしまうこと。そして…」
ダレクの手を握る。
「自分の、ダレクの事が好きなんだって気持ちに気が付けなかったこと。……いやー、バカですよね。まさかこんな死の間際で気が付くなんて遅すぎるって自分でも思います」
「………」
何も返さないダレクをチラリと盗み見てみると、なんとダレクの顔が真っ赤になっていた。ちょっとした仕返しが成功した気分だ。
ワナワナと唇を震わせたダレクが口を開く。
「そ、それって…」
ダレクに微笑みかける。
「元の世界に帰れないことを後悔なんかしてないですよ。俺はむしろ、ダレクと居られて今凄く幸せなんです」
「エージ!!」
思い切り抱き付かれ、抱き返す。そしてキスの雨が振ってきた。それに瑛士は答え、互いに笑い合う。
どうかいつまでも共に在りますように、と。
□□□
ある日の午後。昼休み。
「え、ダレク魔力の全譲渡なんてやってたの!?なにやってるのあの人!死んじゃうじゃん!!!」
瑛士のあまりの剣幕にシンシアが困った顔で言い訳をする。
「ほら、あのときは緊急事態だったし、もう終わったことだから」
「だからって全譲渡はないよ!俺知っているんだからな!魔力枯渇の恐ろしさ!」
魔力枯渇は恐ろしい体調不良だけではない。瑛士は例外としてこの国の人達は魔力が自然に回復する。だけど、それは全体の半分程の量がない場合の話。
全譲渡は、生命活動に使うギリギリまで失くなるということだ。そうなると自然回復はまず無理という話になる。
簡単に言うなら、独り暮らしの途中でいきなり手元のお金(=魔力)がゼロになるということ。
家賃も払わないといけない。食費もない場合、どうやっても個人だと詰む。それに薬を使っても完全回復には酷いと年単位掛かるし、ダレクの場合恐らく十数年掛かる見込みだったという。
そうなるともちろん騎士団団長なんて勤められず、下手したら一族からの追放もあり得た話だったと。
絶対に家に戻ったら怒ってやるんだと瑛士は息巻いた。
「まぁ、でもほら、実際はほんの一週間で元通りだった。恐ろしいよ、お前の旦那さんは」
「………まだ結婚してない」
プロポーズはされたし、受けた。
指輪もしっかりと嵌まっている。だけど、これは瑛士の国の風習をダレクが尊重してくれたもので、この国での結婚の方法とは違うから、実際にはまだ結婚してない。
幸いにもこの国は同性同士の結婚が認められている。
「そうなの?さっさと結婚しちゃえよ。互いに惚れてるんだからさ」
「あのなぁ、結婚にも、その、色々準備とか、心の準備があるだろ?」
「知らんな。恋人いないし」
「………」
むー、とニヤニヤするシンシアを睨む。
こういう口喧嘩でシンシアには勝てない。もういいさと瑛士は残りのパンを口にいれた。
咀嚼している最中、思い出したことがある。
「あ、でも一つだけ体質が変わったのはある」
「ん?なんだ?」
「ダレクのな、月一の発作が無くなったんだよ。今までは俺が看病していたんだけど、あれ以降全く無くて。関係あると思う?」
発作?と訊ねられたので簡単に溜め込みすぎた魔力が暴走するのだと説明すると、シンシアは少し考えて頷いた。
「ありはするかも。一度リセットしたことで流れが良くなったとか?」
「………じゃあ怒るのはやめておこう。ダレクの役に立ったのなら万々歳だ」
瑛士は体内の魔力循環が正常になり、ダレクは暴走しなくなった。
一石二鳥だ。
デザートの果実を摘まんでいると、「あ」とシンシアが声を上げた。
「そういえば旦那さんに伝えといてくれ。例の魔法陣見付かったって。もし欲しくなったら、双方の同意の上有効活用してくれってな。上手くやればきちんと受け入れる側に出来るって」
「? なんの話?」
ふふっ、とシンシアが意地悪な笑みを浮かべて、瑛士の耳元に耳打ちした。それを聞いた瞬間、瑛士の顔が真っ赤になった。
アイツ、なんてものシンシアに頼んでいるんだ。
「前言撤回!絶対に家に戻ったら怒ってやるー!!!」
しかし、ダレクがシンシアから手に入れたこの“授け身”の魔法陣を使うことになるとは、この時の瑛士は思ってもみなかったのであった。
────────
明日で完結です!
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