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第三章 世界を巡る

第68話 未来に向かって進む為に

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「父さんの言う通り確かに魔力消費はしていたけど、確認している間に回復しちゃう程度だったよ」

 感覚的に減った魔力は『起動』に必要な術式の一~二個分くらいだろうか?
 回復速度も通常の速度だったからどう考えても消費した魔力との計算が合わない。

「だろうね。恐ろしく魔力効率が良かったもの。しかも術式が二重だったんだ。恐らくライアちゃんとそのスライム分と言う事だろう。スライムが居る事を知らなかったと言う事は、範囲内に居る魔物を自動判別して発動していると言う事かな? しかし範囲空間内なら時空を越えようが関係無いとはね。いや~それにしても一瞬で次から次に湧き上がる多数の術式には久し振りに胸が躍ったよ」

 辻褄が合わない現象に悩んでいると父さんは更にとんでもない事を言ってきた。
 術式が二重とか自動判別とかマジで身に覚えが無いんだけど。
 だんだん怖くなって来たよ。
 僕の身体に何が起こってるって言うの?

「しまったわ~。こんな事なら『魔力視認眼鏡』を掛けておけば良かった。ねぇ、もう一度唱えてくれない? この眼鏡なら術式は見えないけど魔力の流れは直接見えるんだから、どうやって異空間に居るスライムを察知したのかも分かるかもしれないわ」

 父さんだけじゃなく母さんも同じようなキラキラした目で僕を見ている。
 そうだった、生粋の研究者って言うやつなんだろうか? 二人共研究対象を見付けるとまるで子供の様にはしゃいじゃうところが有るんだ。
 でも今はそんな事をしている場合じゃないよ。

「ちょっと待って、実験は後にしてよ。それより今はそのスライムを解呪しなきゃ。砕けた魔石で何とか蘇生したところなんだし、光ったままだとどんな悪影響が有るか分からないじゃないか」

「そ、そうね。あまりの事に思わず我を忘れていたわ」

「すまんマーシャル。……しかしどうやって解呪するんだい?」

 二人共我に返って謝って来たんだけど、続いて父さんは困った顔をしながらそう聞いて来た。
 あれ? 父さん解呪法を知っているんじゃないの?
 それにさっき僕が実践してみせたじゃないか。

「何言ってるの? 解呪は真名を唱えるだけだ……よ。あっ!」

「そう、発声器官があるライアと違いスライムはご覧の通り光っているだけ。解呪の為の真名を唱えるにしても知る術がないんだ」

「そうか! 『起動』を唱えても、喋れないと聞く事さえ出来ないのか。今までライアだけしか掛かったのを見た事なかったから気付かなかった。と言う事は、モコのままなら『コボコボ』言って分からなかったって事か……。喋られるようになってくれて助かったよ」

 僕は自分の従魔でありながらモコと念話が出来なかった。
 絆魔法によって人間の姿になったモコ……ライアが人語を喋ってくれるようになってくれたお陰で会話が出来るようになったんだ。
 もし元々僕がこの魔法を使えるのだとしたら、モコのままだったらヤバかったよ。
 本当に良かった。

「あっ! じゃっ、じゃあ、そのスライムと念話出来たら良いんだ。母さんか父さん、その子と契約してよ。そうしたら念話で真名が分かるんじゃないかな?」

 僕がそうしてあげたいけど、今の僕ではまだ普通の魔物と契約が出来ない。
 それに契約出来たとしても念話が出来ない僕にはどうしようもないんだ。
 母さんは昨日この子と実際に契約したし、父さんだって凄腕テイマーなんだからスライくらいならまだ契約出来る許容量は残っていると思う。
 そうしたら念話で真名を聞き出せる筈だよ。

「そ、そうね。やってみるわ。キャッチ! あたしの従魔になりなさい!」

 僕の案に母さんがすぐさまキャッチを掛けた。
 するとスライムの周囲に光輪が浮かび上がる。
 掌の上だからその効果はすぐに発揮されるだろう。
 そう思ったんだけど……。

 パリンッ!

 小気味良い破裂音が部屋に響き、母さんが掛けたキャッチの光輪が破裂して消えてしまった。
 
「キャッ。 ダ、ダメ。弾かれた」

「そうか、従魔術は創魔術から生まれた魔術。『起動』はその元となった創魔術による魔法だからその影響下にある魔物に対して重複出来ない。そう言う事か……」

 母さんの状況を見て父さんが今の現象をそう分析した。
 天才の母さんでもどうする事も出来ないなんて……。
 どうやったら止めれるんだ?

 僕は手記を読み返し真名を言う以外の解呪法を探した。
 しかし、どこにもそんな記述は見つからない。
 解呪方法は真名を唱える事のみの様だ。
 始祖はどうやって発声器官を持たない魔物の解呪を行っていたんだろうか?

 そうだ! 神聖魔法のディスペルの魔法なら解呪出来るかも……?

 いや、そもそも魔物には神聖魔法による癒しの魔法はその効果を発揮しないんだった。
 神聖魔法で魔物に対して効果があるのは攻撃魔法だけ。
 これは魔物が悪とされている根拠の一つだ。

 『神の恵みが魔物には働かない。これこそ魔物が人類の敵である事の証である』

 そんな教義が古くから信じられている。
 この事もテイマーが虐げられている大きな要因なんだけど、母さんが言うには神聖魔法の癒しの魔力は魔石の魔力と逆位相の関係に有るから打ち消し合うだけで、神の敵だから癒しが効かない訳じゃないと憤慨していたっけ。
 この手記を読んだ今なら母さんの言葉が正しかったと言う事が分かる。
 魔物は天地開闢遥かなる太古からの神の敵ではなく、たった数千年前に先史魔法文明が創り出した兵器なんだから。

 ではどうするか、『起動』も一応状態変化魔法の一種なんだからその効果時間が有るかもしれない。
 僕はもう一度手記に目を通したけど、効果時間に関する記述も見当たらなかった。
 
「ねぇ? 母さん実験したんだよね? この魔法って効果切れとか起こさないの?」

「う~ん分からない。実験中少なくとも丸一日はそのままだったわ。一応効果時間を測ろうと試したんだけどぶーちんがずっとイケボで生い立ちをリピートするのが鬱陶しくなって解呪しちゃったのよ」

 イケボ……? まあいいや。
 それより実験体はぶーちんだったのか、しかも鬱陶しくなって解呪したとか言われて可哀想。
 丸一日経っても消えない魔法か……下手すると解呪するまでずっとそうなのかもね。
 だから手記にも書いてないのか。
 しかし、その間も魔石は光り続けてるんだろうし、その魔力はどこから供給されているんだろう?

 ……あれ?

 光るスライムを見ながらその仕組みを考えていると少し違和感を覚えた。

「ね、ねぇ、その子。なんだかさっきより光が弱くなってない? もしかして効果が切れるのかな?」

「あら、本当。さっきより弱くなっているわね。魔導灯の明かりの方が強過ぎて気付かなかったけど、こうやって影に隠したら……、うん、明らかに弱くなっているわ。効果切れ……? いえ、これはそれよりも……」

「どうやら魔力切れを起こし掛けているようだ。それは恐らくそのスライムが従魔じゃないからだと思う。どうやら『起動』による効果は対象の魔石の魔力を使うようだね。けれど従魔の場合は契約によって主従は空間を超えて魔力の繋がりを持つ事になる。ぶーちんの場合はその繋がりによりマリアから魔力を供給されていたからこそ、一日放置しても大丈夫だったのだろう」

「そ、そんな……。ねぇ! 母さん! 魔物と会話出来る発明品ってないの? 無いなら父さんすぐ作ってよ! そうじゃないとその子が死んじゃうよ」

 あまりに冷静な二人の状況説明に苛立ちを覚えた僕は八つ当たりの様に叫んだ。
 分かってる、僕が招いた事態なのに勝手な事を言ってるなんて事は……。
 こんなに早く魔力が枯渇して死にそうになっているのも僕が魔石を砕いてしまった所為だろう。
 けど、天才の母さんなら……伝説の再来と呼ばれる父さんなら……。

「ごめんなさい、残念だけどそんな発明品は無いのよ。有ったらすぐに出しているわ。魔物との念話は従魔術の契約によって初めて実現可能となるの。その仕組みはまだ解明されていない。あたしでも未契約の魔物との念話は不可能なのよ」

 テイマーなら常識でもあるそんな母さんの言葉に、僕は何も返せずただ絶望に打ちひしがれて唇を噛むしか出来なかった。
 どうしたら良いんだ? 魔石の魔力が尽きてしまったら澱みを作ろうとも魔物は復活する事は無い。
 始祖の奴、ケモナーとか言いながらなんで『起動』を掛けたまま放置したら死ぬなんて重大な欠陥を書き残してないんだよ!
 僕は心の中で始祖を思いっ切り罵倒した。

 そうしている内にも刻一刻とスライムの寿命は僕の目の前で尽きようとしている。
 そんな中、ふと視線を感じた。
 父さんや母さんでもない、下からの視線。
 僕は視線の方に顔を向けた。
 するとそこにはライアの顔があった。

「ぱぱ、すらいうしんじゃうの?」

 目が合ったライアは、僕の事を心配そうな顔で見上げながら声を掛けて来た。
 普段はスライムなんて敵でしかない。
 けれど僕の必死な叫びを聞いて、そのスライムは仲間だとでも思ったのだろうか?
 なんだか泣きそうな顔になっていた。

「だ、大丈夫だよ。ライアはそんな顔しないで。僕が何とかしてみせるから」

 言葉の根拠やそんな事出来る自信なんて無いけどライアの泣きそうな顔を見ていたらついこんな事を言ってしまった。
 そうだ、僕の責任なんだから何とかしないと。
 しかしどうやって……?

「……手が無くも無いわ」

 どうしたら良いのか必死に考えていると突然母さんが口を開いた。

「本当? けど、どうやって? さっきは不可能だって言っていたじゃないか」

「えぇ、あれはあたしには無理と言う事よ。でも……」

「父さんなら出来るの?」

 父さんは僕の問い掛けに首を振る。
 そして僕をしっかりと見詰め口を開いた。

「それも違う。それが出来るのはマーシャル。キミだけだ」

「ぼ、僕が……?」

 父さんの言葉に慰めや嘘は感じない。
 僕だけが出来る?
 確かにライアにそう言ったけど、アイデアなんて無かったしそもそも僕は契約している魔物とさえ念話が出来ないんだ。
 そんな僕なんかに出来る訳が……。

「あれはあなたがまだ幼い頃の事。あなたは遊びに行ったまま暗くなるまで帰って来ない日が度々あったの。お母さん達は心配で探したら通りを一人で歩いてるマーシャルを見付けた。何をしていたか聞いても友達と遊んでいたと言うだけなの。勿論街の友達の家には居ない事を確認済みよ。不思議に思ったお母さんは従魔に尾行させる事にした。けれどいつもあなたを見失うのよ」

 母さんが昔を懐かしむようにそんな話を語りだした。
 しかし本人である僕にはそんな記憶が全く無いので首を捻る。
 何よりその話と僕だけがスライムを助ける事にどう繋がるのか理解出来ない。
 何が言いたいのか分からないけど、ここで反論しても話が進まないのでライアを抱き締めながら大人しく続きを聞く事にした。

「何度問い質してもマーシャルは友達と遊んだとしか返してこない。しまいには外出禁止にして家に閉じ込めたのに気付いたら消えていたの。しかも一瞬目を離した隙にね。念の為にと発信機を取り付けて助かった。それを辿るとなんとマーシャルは北の森の中に居る事が判明したの」

「北の森? ってあの大森林の事? 街から結構遠いよね?」

 それも記憶に無い。
 幼かったから憶えていないんだとしたら相当小さい頃だろう。
 大きくなった今でも街から森までは優に一時間掛かる道程だ。
 幼い僕がどうやって大森林に行ったのか?

「えぇ、最初はひみつ道具の存在を知った奴らが身代金目的でマーシャルを誘拐したんだと思った。けれど私の監視の目を掻い潜ってしかも一瞬で大森林になんて行ける筈がない。テレポートの魔法を使ったにしても、そんな高等魔法を私に気付かれずに発動させられる訳がないわ。となると考えられるのは魔物の存在。魔物の種族特性による能力は発動の際に術式構築が必要無いから一旦発動しちゃうと痕跡が残らないのよ」

「即ちこの誘拐劇の影には私達に敵対するテイマーの存在が居ると踏んだんだよ。そう考えた私達二人はすぐに大森林に向かった。あの時のマリアの怒り様は魔王ですら縊り殺すかの勢いだったよ」

「もうっ! クリスだってヤバい笑いを浮かべていたわよ? 『絶対犯人殺す』とか口走ってるですもの。それ見た近所の人が腰を抜かして大変だったじゃない。街の外に引っ越したのもそれが原因よ?」

「はははは、そりゃ私達の可愛い子供を誘拐する奴なんて生きる価値が無いからね。仕方無いよ」

「ちょっと二人共。そんな話は後にして! 誘拐された僕はどうなったの?」

 それだけ僕が心配だったのは分かるけど、今はそんな事はどうでも良い!
 ……しかし、てっきり屋敷ゴーレムの試作の為に引っ越したと思っていたけど、本当の理由は怒り狂う二人を見た住人が怖がったからなのか。
 そう言えば、街の皆が僕に優しいのは危害を加えると報復が怖いからなの?
 いいや、街の皆の優しさを信じたい。

「ごめんなさい、脱線しちゃったわ。結論から言うと誘拐じゃなかったの」

「誘拐じゃなかった? じゃあなんで僕は大森林に居たの?」

「発信機を辿り意気込んで大森林に乗り込んだ先であたしたちが見たものは信じられない光景だったわ」

「信じられない光景?」

「あぁ、大森林の奥。木々が開けた場所にマーシャルを発見した。一見楽しそうに笑っている。しかしその周りには取り囲む様に数多くの魔物達の姿が有った。慌てて助け出そうとしたけど、私達は気付いた。周囲にテイマーの気配はない。それなのにどの魔物からも殺気を感じなかったんだ。訳も分からず茫然とする私達に気付いたマーシャルは立ち上がり笑いながら駆け出してきた。しかし魔物達は逃げる獲物を追う事はせずただ見守るばかり。不意にマーシャルは振り返り魔物達に向かって『バイバイ』と手を振ったんだ。すると魔物達はその言葉が分かったのかの様に一斉に森の中に去っていったんだよ」

「え? それは……どう言う事……?」

 記憶に無い僕の話。
 父さんが語るその情景は、まるで夕暮れ時に公園へ迎えに来た両親に駆け寄り友達に別れの挨拶をした子供みたいに感じた。

「あたし達も分からなかったからね、仕方無いんで去ろうとしていた魔物を一体捕まえて契約し事情を聴く事にしたの。すると驚いた事にマーシャルをここに連れて来た理由は、マーシャルの願いを聞いたからと言っていたわ。その魔物達はあたしが契約出来た以上マーシャルの従魔達と言う訳じゃなかった。それなのにマーシャルは魔物達と意思の疎通を図り遊んでいたのよ」

「ちょ、ちょっと待って……そんな馬鹿な」

「あのねマーシャル。信じられないだろうけど幼い頃のあなたは契約せずとも魔物と話す事が出来たの。それを知ったあたしはあなたは絶対に従魔術の枠を超える存在なると確信したわ。まぁ、その頃の記憶を失くしてしまったあなたは、大きくなり従魔術を学ぶ内に常識を知った所為で魔物とは喋れないと言う固定概念に捉われてしまったんだと思うの。原初の四体であるカイザーファングが特殊な可能性も有るけど、ライアちゃんと念話が出来ない理由はそれが原因だと思うわ」

「それがライアと念話出来ない原因……? でもそんな事、覚えていないよ……。記憶を失くしたって僕に何があったの?」

「それはあなた自身の手で確かめなさい。冒険者になる事を許したのもそれがあたし達の目的だったのよ。マーシャル、よく聞きなさい。あなたの記憶が無かったとしてもその能力はあなたの中に有る。魔物と話せないと言う固定概念は捨てなさい。ただ願うの、このスライムを助けたいと思うのなら」

「願う……? ……うん、分かったよ。訳が分からないのは変わらないけど、それで助かるなら僕はなんだってする」

 僕の知らない過去の話、契約せずとも念話が出来ていたなんて話は信じられないけど、今は信じるしかない。
 いい加減な所が有る母さんだけど、こんな時に根拠の無いホラ話をする人じゃないからね。
 僕は一心に目の前で命尽きようとしているスライムを助ける事だけを願い、目を瞑りその言葉に耳を傾ける。

 ……どれだけ時間が経っただろうか?
 ただスライムの声を聴くと言う事に集中した僕は時間の感覚を失っていた。
 それだけじゃない、周囲の音、気配、膝の上に乗っている筈のライアの感触さえ消えさり、まるで何もない空間に漂っているような浮遊感を覚える。
 その時、遠くから微かに何かが聞こえて来たような気がした。
 僕はその声がする方向に身体を近付けていく。
 すると徐々にその微かな声は大きくなりやがてはっきりと聞き取れる様になってきた。

『……特異体の魔法により魔石は崩壊。生命維持を保てなくなるが転生体の処置によって蘇生……』

 その声はとても高音で可愛らしいものだったが、感情を感じ取れずただ抑揚も無い口調で本を朗読するかの様に何かを喋っていた。
 これが母さんの言っていた生い立ちを喋ると言う事だろうか?
 とくいたい? てんせいたい? よく分からないけど、状況的に昨日起こった事を喋っているようだ。
 ライアの場合は種族名を言った後、喋らなくなったのでこんな事を言うなんて知らなかったよ。
 と言う事はこれは間違いなくスライムの声なんだろう。
 良かった……僕は本当に魔物の声を聞く事が出来るんだ。
 ただ嬉しいけど、今はその喜びに打ち震える時じゃない!

「今はそんな事が聞きたいんじゃないんだよ。キミの真名を教えて!」

 僕は声の主に向かって叫んだ。
 だけど『起動』の魔法の影響で魔石に蓄積された情報を吐き出すだけの状態に陥っている相手には声は届かないようだった。
 そう言えば母さんはリピートすると言っていたっけ。
 もうスライムの生い立ちは今この状況を伝えている。
 と言う事はもうすぐ最初に戻る筈だ。
 僕は固唾を飲んでスライムの言葉に耳を傾けた。

『……現在特異体の魔法の影響下にあり。…………個体名無し、真なる名はマリス・エル・リトフェイト・リンデガルド、種族名はスライ……』

 長ぇ!! 真名長ぇ!! しかもスライムなのに立派過ぎでしょ!! って、ツッコミは後にしよう。
 解呪するのが先決だ。

「マリス・エル・リトフェイト・リンデガルド!!」

 僕はスライムの真名を思いっ切り叫んだ。
 その途端、浮遊感は無くなり感覚が一気に戻って来る。

「ハァハァハァ……」

「マーシャル!! 大丈夫?」

「う、うん。それよりマリス・エル・リト…長いな。え~とエルは?」

「マリ? エル? なにそれ? え~とスライムなら元に戻ったわよ」

 母さんが不思議そうな顔をしながら手の平に乗るスライム……エルを見せて来た。
 すると微かに放っていた青い光は消え、プルプルと揺れている。

「良かった~、助かったんだ」

「よくやったマーシャル。魔物と話す事が出来たんだね。しかし、いつ真名を唱えたんだい」

「え? いや今さっき大声で言ったじゃないか」

 僕がそう言うと二人は顔を見合わせて首を捻る。
 どう言う事? 声を振り絞って叫んだつもりなんだけど……?

「意識を集中させてずっと黙っていたマーシャルがいきなり大きく息を吐き出したから声を掛けたのよ。もしかして無意識下でスライムと繋がったのかもしれないわね」

「そうなのか。まぁエルが助かったんならそれでいいや。エルごめんな」

 そう言ってエルに手を伸ばそうとしたら、ピョンと母さんの手から飛び出して部屋の隅に逃げていった。
 あれ? もしかしてまだ怖がられてるの?
 そ、そうか。エルに取ったら母さんのポケットに訳も分からず突っ込まれて『起動』の魔法でずっと生い立ちを語らされてたんだった。
 意識が戻った途端、殺されかけた僕が現れたんじゃ怖がっても仕方無いよ。
 え~と、こんな時は使える様になった念話だ!
 『エル~! 僕は怖くないよ~』必死で念話を送った。
 しかし、エルは近付いてくるどころか本棚の隙間に入り込もうとしている。
 それにエルの声も聞こえて来ない。

「……あれ? 伝わらない? さっきはちゃんと声が聞こえていたのに何も聞こえなくなってるよ」

「そうなの? う~ん、それだけ助けたいって気持ちが強かったって事かしら? まぁ今まで忘れていた力だから上手く使えなくても仕方が無いわ。けれど一度使えたんだからまたすぐに使える様になるわよ。大事なのは話せると言う事を信じる事よ」

「ちぇ~。けど分かった。さっきは声が聞こえたんだしね。待っててエル! 話せるようになったら今度はちゃんとお話ししよう。そしていつかキミとも契約出来る様になるからさ」

 僕は部屋の隅で震えているエルにそう声を掛けた。
 母さん達は僕の宣言を優しい顔で見守っている。
 これでまた僕は強くならないといけない理由が出来た。

 だけど正体不明の僕の力……それに失った記憶。
 正直分からない事だらけ、僕はどこに向かって進めばいいんだろう。

「マーシャル。手記の続きを読んでみて。恐らく次章の道しるべが書かれていると思うわ」

 悩んでいる僕に母さんがそう声を掛けて来た。
 そうか、そうだね。
 まだ手記は終わっていない。
 僕は最後のページを捲る事にした。

『にゃははは、なんだか真面目な話は恥ずかしいにゃ~。
それにこれまで偉そうな事を沢山書いたけどキミは既にあたしより先に居るんだよね。
そんな絆魔術の始祖であるキミに次章への手掛かりを伝えるよ。
いや、また偉そうな事言ってごめんだけど、弟子達がキミの時代まで共同生活してるって事無いよね?
この書が全巻本棚に並んでいるんだったら赤っ恥だよ~。弟子達には旅に出ろ~って言っとかなきゃ。

んで、次章なんだけど次はその絆魔法について色々と語っちゃうよ。
始祖対して何言ってんだと思うでしょうけど、そこは発案者として熱い思いを語らせてってば。
特典として『疎通』の魔法を教えちゃうからね。
ここ読んでるキミはまだ『起動』を使えないでしょうけど、あれの取り扱いには十分気を付けてね。
従魔契約していない魔物が相手だった場合、真名が分からないと魔力切れ起こして魔物が死んじゃうんだから。
そんな時こそ『疎通』の魔法! これさえ有ればどんな魔物とも意思疎通が出来るようになるって訳。
この魔法も難しいけど大丈夫よ。
『起動』が使える様になる頃には『疎通』も覚えられると思う。
さぁ『起動』の魔法を精進しつつ次なる書を探すのだ~!

さて次の日記帳はパラケルススちゃんに渡しておくから彼女の子孫を尋ねてみて。
もし残念ながら彼女の家系が途絶えちゃってたとしても、この書は強力な状態保存の魔法が掛かってるから現存している筈よ。
キミの手に宿るあたしの力が導いてあげるからね、バイバーイ』

「うわぁ~……」

 また口からこんな声が出てしまった。
 母さんも気まずそうな顔をしているし、父さんも額に手を当てて俯いちゃってる。
 そうか、始祖の中では僕はまだ『起動』を使えないだろうと高を括って喋れない魔物に対する注意事項を書かなかったんだな。

「やっぱり『にゃ~』は無いわよねぇ」

「ってそこ!?」

 母さんは相変わらずズレているよなぁ。
 とは言え、これで僕が次に進むべき道が見えて来た。
 始祖が次章で教えると書いていた『疎通』の魔法は、多分僕がかつて自由に使いこなし、さっき僅かに使う事が出来た魔物と話す力の事だろう。
 そりゃ、なんでそんな物が教わる前から僕に使えたのか分からない。
 でも、教えてくれると言うなら願ったりかなったりって奴だよ。
 『疎通』が昔の様に自由に使える様になれば、忘れてしまった記憶を取り戻す事にも繋がると思う。

 僕達は未来に向かって進む為に始祖の手記が眠る書庫を後にした。


 ……何よりそろそろメアリが帰って来る時間だしね。
 早く帰らないと大変だ。
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