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第三章 世界を巡る

第69話 実験

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「あっ、お兄様!」

 秘密の書庫を後にし取りあえず家に戻ろうと魔導協会の玄関扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、僕の姿を見つけて嬉しそうに走り出してきた妹の姿だった。

「げぇっ! メアリ!」

 予想外の妹の強襲に思わず心に浮かんだ言葉をそのまま吐き出してしまい後悔する。
 案の定妹の眉は吊り上りこめかみには青筋が浮かぶ。

「げぇっとはなんですのげぇっとは! お兄様! こんな可愛い妹が待っていたんですのよ!?」

「ご、ごめんメアリ! アカデミーに用事があるって言っていたからこんな所にいるなんて思わなかったんでビックリしただけだよ。いや~可愛い妹に待って貰えるなんて兄冥利に尽きるな~」

「まぁ、お兄様ったら。こんな人目の多い場所で『可愛い妹』だなんて~。恥ずかしいですわ」

「ハハハ、ソウダネ~」

 最初にメアリが言い出したんだろ! と反論したかったけど、そんな事したら更に大きい声で言い返してくる事が分かっていたので心を殺して棒読みで肯定する事にした。
 今のやり取りでさえ周囲の人達の注目を浴びているんだ。
 これ以上やり合っても恥かくだけだしね。
 以前思わず言い返してしまった時なんて最後は力尽くで人前で『可愛いメアリが大好きです』って言わされたんだから、同じ轍は二度も踏まないよ。
 何より結局あの後疲れて寝ちゃったライアをおんぶしている状態だし起こしたくないし。

 両手を頬に当てると言うわざとらしいテレ仕草でこちらを見ながらモジモジしているメアリだったけど、その視線が僕の背後を見て固まった。
 なんだろうと思って後ろを振り返ると、丁度母さんが扉を開けて出てくるところだった。
 まだ仕事が有る父さんと一緒に入門証を事務局に返しに行っていた母さんが追い付いて来たみたいだ。

「あら、マーシャル。扉の真ん前で立ち止まっていたら危ないわ……よ? ……げぇっ! メアリ!」

 メアリと遭遇してしまった所為で出入り口を塞ぐ形で立ち止まっていた僕を注意した母さんだけど、その先に凄い目付きで睨んでいるメアリに気付いて驚きの声を上げた。
 母さんもメアリが待ち伏せしているとは思わなかったみたいだ。

「お母様!! げぇっとはなんですかげぇっとは! それよりなんでここに居るんですの!?」

「ご、ごめんなさいメアリ! アカデミーに用事があるって言っていたからこんな所にいるなんて思ってみなかったもんでびっくりしたのよ。あははは」

 母さんは慌てて言い訳をしている。
 なんか僕が言った言い訳とそっくりだな。
 
「そんな事はどうでも良いですの! 家で留守番していると言ったのに何でお母様まで魔導協会にいるんですの? 私だけ仲間外れなんて酷いですの!」

 思った通り仲間外れにされたと思ったメアリが大声で文句を言ってきた。
 実際仲間外れでは有るから仕方無いんだけど……。
 こうなる事を予想出来たから早く帰ろうと思っていたのに出るのが遅れたのは、ライアの事を僕の従魔だと登録してたから仕方無い。
 勿論ライアの種族に関しては父さんが理事の権限を行使してカイザーファングではなくワーベアの変異体として登録している。
 これ公文書偽造なんだけど大丈夫かな~?

「違うんだって、クリスがお弁当を忘れていったから届けに来ただけよ。ほら、朝食後そのままマーシャルを連れてったじゃない? あの人って気になる事が有ったらそこしか見えないところが有るからね。で、丁度廊下で帰ろうとするマーシャルとバッタリ会ったから一緒に帰ろうって事になったのよ」

「え? そ、そうでしたの? そう言えばお父様ったら食べた後、慌ててお兄様を引っ張ってらしたわ。なるほど~。なぁ~んだ安心しましたわ~」

 え? そんな言い訳をあっさり信じちゃうの?
 う~んメアリって首席卒業した筈なんだけど……思ったより馬鹿なんだろうか?
 将来詐欺にあわないか心配になって来た。

「まぁ事情はどうあれ、結果的に仲間外れの形になったのは変わりません。お兄様、この一年間を含めて私に寂しい思いをさせた罰として、お願いを一つ聞いて頂きますわ」

 ぎゃぁぁーーー!! 思ったよりじゃなくて思った以上に馬鹿だった!
 これアレだ。
 頭の中で既に僕に対して何かを要求する事が決定済み状態になってるから母さんの言葉なんてどうでもよくなってるんだ。
 多分この場に母さんが居なくても要求して来たんだと思う。

「お、お願いって何? お金はこの前ブロー……ゲフンゲフン」

「ブロ……?」

「い、いや、この前剣士を目指そうかと思ってブロードソードを買ったんだけど、やっぱり使えなくて叔母さんの家に置いて来たんだ。残りの稼ぎもここに来るまでに使っちゃってあんまり持ってないんだよ」

 やべ~!! 思わずブローチの事を喋る所だった。
 一瞬メアリの目が狩人みたいな目付きになったよ。
 殺されたくない一心で死神に貢いだ訳なんだけど、死神についてはまだメアリには喋れないし、そもそもそんな言い訳が通じる訳がない。
 死神とは言えその時の姿形は普通の女の子だったんだから、そこだけ都合よく切り取られて追及されるだけだもんね。

「まぁ、そうなんですの? ふふふお兄様ったらやっぱり男の子ですの。けどお兄様には剣なんて似合いませんわ。けど安心して下さい。買って欲しい物が有る訳ではないんですの」

「違うの?」

 要求はなんだろう? と言う気持ちよりもバレなくて助かったって思いの方が強いよ。
 なんか母さんが後ろで必死に笑いを堪えてるけど、そんなに身体をプルプルさせてたらメアリに気付かれるんで止めて欲しい。
 何よりライアも起きちゃいそうだ。

「はい……、それで……あの……」

 あれ? なんか急に頬を赤らめてモジモジとし出したぞ?
 けれどさっきみたいな演技でもないみたい。
 なんかとんでもない事を要求するんじゃないだろうな?
 しかもこんな人気の多い所で。
 結婚してとか言われたら大声でツッコミ入れてしまいそうだ。
 これ以上周囲からの注目を浴びたくないんだけど。

「え……っと、何かな?」

 ヤバい事を言いそうになったら急いで口を塞がないと。
 僕はいつでも素早く動けるように体制を整えながらメアリに要求を尋ねる。

「えっと……その……、お、お兄様と二人っきりで街を歩きたいですの!」

「へ?」

 真っ赤な顔をしたメアリの口から飛び出して来た言葉があまりにも予想の斜め下過ぎて呆気に取られてしまった。
 え~と、『街を歩く』って言うのはなんか隠語とかじゃないよね?
  本当に二人きりで歩くだけ?
 なんでそこまで恥ずかしがる事が有るんだ?
 メアリからの要求の意図が分からずに首を傾げる。

「本当にそれだけで良いの?」

「え? 他にも良いんですの?」

「ち、違うよ。本当に街を二人で歩く事で良いのって意味だよ」

 それだけで良いなんて言葉を言って後悔した瞬間にすかさずぶっ込んで来るところが侮れない。
 慌てて言い直したら一瞬残念そうな顔をしたけど、メアリはコクリと頷いた。

「そんな事だったらお安い御用だよ。でもなんで? 学校だって二人で歩いて登校してたじゃないか」

「……それはそうですが。お兄様ったら休日はいつも街に遊びに出掛けられてしまっていたですの。街をただ目的も無く二人で歩くなんてした事有りませんでしたわ」

「うん、まぁそうだけど……」

 それは仕方無いんじゃないかな?
 妹を連れて友達の家に遊びに行くなんてあまり無いし、特にメアリの場合は僕と違ってお爺さんに似たのか貴族然とした振る舞いするしね。
 うちは男爵と言っても肩書だけだし、遊び友達に貴族なんて居なかったもん。
 と言うか、この妹を連れて歩きたくなかったってのが本音だけど。

「だから……あの……明日一日二人っきりでデートしましょ!」

「えぇぇぇ!! デッデーーートぉぉぉぉ!?」

「もう……お兄様ったらこんな人前で恥ずかしいですの」

 いや、そうさせたのはメアリだろ!!
 ただ歩くんじゃなくてデートと言い切ったのが悪いんじゃないか!

「う、にゅ……?」

「あらあら、マーシャル静かになさい。ライアちゃんが起きるでしょ」

 僕の叫び声でライアが起きそうになっている。
 僕は慌ててツッコみそうになる口を押えた。

「……う~分かった。メアリ明日街を歩こう」

「デートです。デート」

「くっ最初自分が言ったくせに。分かった。デートをしようメアリ」

「嬉しいですの~」

 僕がそう言うとパァっと顔を輝かせて僕に飛び付いて来た。
 周囲の人達も『あらあらお若い者同士お熱いわね~』的な事を言っている。
 いや、あなた達僕んちの事知っているよね?
 そこは『兄妹仲が睦まじくて微笑ましいわ』でしょ?
 大声で否定しようにもライアを起こしてしまうので何も言えない僕は諦めの境地でただ抱き付かれるまま耐えるしかなかった。 

 おかしいなぁ~? 一年前は人前で自分からこんな事する奴じゃなかったのに。
 どちらかと言うと僕にそうさせるように策を練るタイプだったんだけどな。
 それもこれも後ろで笑ってる母さんが変な事を吹き込んだ所為だな、くそ~!

 でもま、変な策を用いて僕を言いなりにさせようってして来た頃よりかは今のメアリの方がマシなのかな?
 人前では勘弁して欲しいけど……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「マーシャルお願いするわね」

 魔力視認眼鏡を掛けた母さんが僕に合図を送ってきた。
 その合図に僕は頷く。

 魔導協会支部の前で繰り広げられた地獄の様な出来事から何とか家に帰って来た僕らは、取りあえず昼ご飯を食べた後、メアリとライアの二人をリビングに残して僕と母さんはまた地価の実験場にやって来ていた。
 その理由は『起動』の実験を行う為なんだ。
 実験内容は僕の『起動』が一度に何体まで効果有るのかと言う事と、隠れている相手と異次元で隔離している相手にどう影響を及ぼしているのか探る事が目的。
 ちなみに僕も魔力視認眼鏡を掛けている。
 父さんみたいに術式は見えないけど、魔力自体は見えるから何が起こってるかはキャッチの時と同じで分かる筈。

 現在僕の目の前に居るのは母さんの従魔七体の内の三体。
 喋れるゴブリンのぶーちんとラミアのみやこ、後はメアリを寝させた安眠羊の……安眠羊の……あれ? 名前知らないや。
 まぁいいか、その他にも何体かは実験場の影に隠れているんだって。
 と言っても全員ではなく我が家のメイド役を担っているドライアドのドリーはメアリの監視役としてリビングに待機中だし、残りの三体の内何対隠れているかは自動判別の実験だからと教えてもらってない。
 そうそうスライムのエルもあの時と一緒で母さんのポケットの中に入ってる。
 つまり今この場に居るのは真名が分かるものばかり。
 これなら『起動』を掛けても魔石の魔力が枯渇して死ぬ事も無いから安心だ。

「じゃあ行くよ!『神の造りし器成る物、我の求めに応じその真名を唱えよ!』う、うわぁ! なんだこれ!?」

 『起動』を唱えた瞬間、僕の周りには無数の魔力溜まりが突如出現したんで、思わず大声を上げて驚いてしまった。
 恐らくこれが父さんが見たと言う多重の術式なんだろう。
 残念な事に魔力視認眼鏡では術式自体は見えないから、何重の術式が浮かんでいるのかは分からないけど結構な魔力量みたいなので、少なくともそれぞれ単体の術式と言う訳ではないみたいだ。

 おかしいな? これだけの魔力を放出した筈なのにやっぱり魔力を消耗した感じはしないんだけど?
 そんな疑問を思い浮かべていると、次々に浮かんでは消えていた魔力溜まりの全てが消えたかと思うと、次の瞬間僕の中から七つの光が実験場のあちこちに飛び散っていった。
 その内四つは目の前の三体を包み、母さんのポケットの中に入り込む。
 どうもその光が『起動』の魔法の正体のようだ。
 その光に包まれた途端、魔物達はそれぞれの魔石を中心に輝き出したんだから。
 辺りは眩しいばかりの光に包まれ其処彼処から従魔達が一斉に喋り出した。
 でも今回は大丈夫。
 なんたって魔力視認眼鏡は強い光を遮断するからね。
 それに眩しいと言ってもライア一体分より光量は弱いみたい。

『マスターの命により真名を詠唱します』
『メェーーメェーー』
『ヒヒィーン』
『ワウワウゥゥゥーン』

 始まりはピッタリと合っているんだけど人語喋れないのが混じっているので煩い事この上ない。
 『メェーメェー』は安眠羊で、『ヒヒーン』は姿が見えないけどバイコーンだと思う。
 『ワウワウ』とハモッて鳴いているのはオルトロス双頭獣のタロジロだろう。
 こいつも隠れていたのか……しかし二体とも巨体なのにどうやって隠れているんだ?

 ん? なんかおかしくない?
 僕は開始の言葉に少し違和感を持った。
 ライアの時もこの言葉から始まってたんだけど、キミ達の主人マスターは僕じゃないよね?
 本当の主人の前でそんな事言って良いのかな?
 ……まぁいいか、始祖の手記によると『起動』って先史魔法文明の人達が魔物を創り出した時に魔石に仕込んだ機能を呼び起こしているみたいだし、開始の定型文に意味は無いのかもしれないしね。

『我が名はぶーちん、真なる名はブーティニアス・デュン・ガイウース、種族名はゴブリン……』
『我が名はみやこ、真なる名はダイナス・エトラス・マルキ、種族名はラミア……』
『メェメェメェメェ~』
『ヒヒィーーン』
『アウアウオォォォン』
『ぼそぼそぼそ……』

 う、うるせぇーーー! 一斉に喋るから何がなんだか分からないよ!
 この密閉された地下実験場に響き渡る『起動』の呪文に掛かった魔物達の大合唱に耳を塞いで苦しんだ。

 今度は眼鏡だけじゃなく耳栓も用意しとかないと!
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