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娘ではない証

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「いい加減にしろ、ニーナ」
 ブレインは声を低めた。
「え? 」
「そんなわけがあるか」
 顔の筋肉は何ら動きはないのに、ブレインは凄みを増した。
「こんな中途半端な森に誰が乗馬をしに来るんだ? 整備された広々とした森は、この国には数多にあるんだぞ」
「い、言われてみれば」
 幾らブレインが欠かさず雑草の始末をしているとはいえ、わざわざ狭くて走りにくい道を選ぶなんてあり得ない。乗馬以外の何かがある。
「お前を狙うことが目的だったかもな」
「ま、まさか。立派な紳士よ、あの方は」
 年を経たからこそ身についた威厳と落ち着き。紳士に相応しい佇まい。年配にしか出せない色気は確かにあったが。
 決してニーナに対して野獣の目つきなど見せたりしなかった。
「随分、その紳士とやらに心酔しているんだな」
「そ、そういうつもりじゃ」
「なら、どういうつもりだ? 」
 ワットはニーナの好みから大きく外れているが、ブレインはそうは捉えていなかった。
 ニーナは彼の誤解を慌てて解いた。
「わ、私はただ……あの方と話していると、何だか父親のような親しみを感じて」
「ニーナ」
 言い終わらないうちに、ブレインは薬指の珊瑚石に唇を落として遮った。
「俺はお前の何だ? 」
 ぎくり、とニーナの頬が強張る。
「ち、父親よ。義理だけど」
「そうだ。お前の父だ」
 このところ甘ったるい雰囲気ばかりが続いており、彼の位置づけを見誤ってしまった。
 だが、ニーナの目に血のように赤い珊瑚石が飛び込んでくる。
「で、でも! ブレインは私の夫よ! 」
 血赤珊瑚がそれを証明している。
 この指輪を嵌めている今は、自分は彼の娘ではない。
「言ったじゃない! 私はブレインにとって、嫁の位置づけだって! 」
 宝飾品とは縁遠いニーナは知らないが、血赤珊瑚は宝石と例えられるだけある、世界で最も価値があるとされる石だ。血のように赤いそれは生育地が限られており、この国近辺では乱獲されて絶滅したと言われている。今は東の国の一部しか採取出来ず、かなり希少性が高い。
 わざわざそんな石を選んだのは、それほどニーナはブレインにとってかけがえのない存在だということ。
「そうだ」
 ニーナはブレインのそんな妄執には気づきもしない。
「尚更、事態は最悪だ」
 嫁だと宣言した上で、軽はずみなことをするニーナ。
 彼女はブレイン以外とは全く男性経験がなかったため、異性との距離感が測れていない。
 もっとも、ニーナから男を遠ざけた元凶はブレインにあったが。
「夫の留守に、妻が別の男を家に引き入れたんだからな」
 言葉にして初めて、ニーナは自分が取り返しのつかないことを仕出かしたのだと知った。
 例えワットが年寄りで、ニーナの恋愛対象外だとしても。
 ブレインは相手を知らないのだから、怒って当たり前。
「だ、だから。珈琲を淹れて話をしただけよ。疾しいことなんてないわ」
「悪びれないところが厄介だな」
 申し訳なさでいっぱいになり、誤解を解こうとした羅列は、ブレインに全く逆の意味で伝わってしまった。
「ブ、ブレイン? 」
 ぞくり、とニーナの全身の毛が逆立つ。
 ブレインの背後には、見えないはずの青白い炎が揺らめいていた。かなりの怒りを孕んでいる。
「ニーナには、手加減なくわからせるべきだというのがわかった」
 ブレインに掴まれた手首に彼の指が食い込んで、ニーナは苦痛に顔をしかめた。
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