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夢から醒めた朝

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 激しい夜の夢は、いつも後ろめたさを覚える。
 朝、いつものようにダイニングチェアに腰掛け、新聞を広げるブレインの後ろ姿に、ドキリと心臓が跳ねた。
 別に彼と本当に一線を越えたわけではないが。
 それでも不埒な夢で性的対象にしてしまったことを申し訳なく思う。
「どうした? ふらふらしているぞ。気分が悪いなら休んでいろ」
 新聞から目線だけ上げたブレインに、ニーナはぎくりと身を強張らせた。
 夢の中の猛々しい顔が過る。
 現実の父は、エレーナから「死神」とまで悪様にこき下ろされる無表情なのに。
「顔色が悪い。無理するな」
 淫夢を見た翌朝は、いつも喉が嗄れているし、涙の筋が頬に残っているし、何より体が重だるく、まるで内臓に鉛を詰められてしまったかのように手足が動かない。
「だ、大丈夫。すぐ支度するわ」
 ブレインに養ってもらっている身としては、出来る限りの恩は返さなければ。幾ら稼ぎが良いと言えど、全くの赤の他人の子供を育てるなんて、そう成せることではない。
 そう奮い立たせ、包丁を握る。 
「今朝はジャガイモのスープにするわね」
 などと言ったそばから、取り落としてしまい、ころころと床を転がっていく芋。
 まるで力が入らない。
 夢ではなく、本当にブレインとセックスしてしまった後のように、自由がきかない。
「貸せ」
 ブレインはニーナの手から包丁を引っ手繰った。
 長い指が器用に動いて、芋が剥かれていく。
 包丁捌きは、ニーナよりもずっと上手だ。
 ニーナが料理を買って出なくとも、彼は難なく家事をこなせる。
 役立たずとなったニーナは壁に背をつけて、ぶくぶくと泡立つ鍋を遠巻きに、突っ立っていることしか出来ない。


 不意に、ニーナの顔スレスレでどんと壁が鳴った。
 気がつけば、ブレインが真正面に立ち、壁に手をついていた。
 背が高い彼の影に、ニーナはすっぽり入ってしまう。
「ニーナ」
 昏い声が耳を掠める。
「え? 」
「朝の儀式」
 抑揚のない彼の一言に、ビクリと肩が揺れた。
 昨夜の夢が蘇る。
 たちまち全身の血液が沸騰した。
「で、でも。まだ朝食が」
「そんなもの後だ」
 言うなり、彼の唇はニーナの首元へ。
 夢はあくまで夢でしかない。
 しかし、肌を這う唇の動きは生々しく、夢の記憶と重なる。
 甘い痺れがジンジンと下腹部を刺激し、意識から遠ざけていたはずの艶めかしさがニーナを熱くさせた。
 とろりと下着に溜まる雫。
 欲望の火が灯った。
 首筋にチュッと大きめの音を立ててから、ブレインは何事もなかったように離れた。
 ニーナは、その薄くて凛々しい引き結びから目が離せない。
 夢と現実が混ざり合う。
「ニーナ。俺は今日一日、留守にする。エレーナが昼過ぎに訪ねるから、それまでは家で大人しくしていろ」
 ブレインのいつもと変わりない声のトーンに、ニーナはハッと現実に戻った。
 首を横に振り、雑念を散らす。
「こ、今回も泊まり? 」
 声の震えは誤魔化せない。
「いや。日暮れには帰る」
 ブレインはそんなニーナの変調には何ら気にする素振りはなく、いつも通り事務的に答えた。
 






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