47 / 226
第三章 呪いを暴く話
第17話 地獄への誘い
しおりを挟む集会場の建物の中。
外から聞こえる子供達の笑い声が別世界の物に感じられる程に、室内の空気は重かった。
狂った様に笑う絵理に、日和は眉を寄せる。
「私が地獄に行くって……どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。あなたは富持さんのお気に入りみたいだから。私達よりも、ずっと辛い目に遭うんでしょうね。可哀想に」
”可哀想”と口にした絵理の顔に哀れみの色は無く、むしろ愉悦が滲んでいた。
生贄になった女性より、生き残った女性が地獄を見る。
絵理は死よりも苦しい目に遭ったという事だろう。彼女の足が悪い事も、その地獄に関係しているのだろうか。
”富持のお気に入りだから、辛い目に遭う”という言葉の意味もわからない。
(まず、お気に入りになった覚えもないけど……。このまま村にいたら、富持さんか、もしくは村の誰かから酷い目に遭わされるって事?)
難しい顔で考え込んだ日和を見て、絵理は嬉しそうに笑う。
「わからない? まあ、わからないでしょうね。あなた、幸せそうだもの。愛する人と結婚して、一緒にいられて。本当、妬ましいわ。……でも、幸せから一気に転がり落ちていく姿が見られるんだもの。私、とっても楽しみだわ」
ケラケラと笑う絵理に戸惑いながら、日和は周囲にいる女性達を見る。
女性達は顔を逸らして沈黙していた。絵理の言葉を否定する人はいない。
ニイッと口角を吊り上げて、絵理は狂気じみた笑みを浮かべる。
「私達と同じようになったら、優しく慰めてあげる。だから、安心してここまでおいで」
地獄に落ちる事を歓迎する甘い声に、日和の体にゾクリとした恐怖が走る。
立ち上がった碧真が、日和の腕を掴んで立たせた。
「一旦戻るぞ。丈さん達と合流した方がいい」
これ以上、ここにいても意味がないと判断したのだろう。この場から早く逃げ出したい気持ちだったので、日和は素直に頷いた。日和は絵理と村の女性達に向かって頭を下げる。
「お忙しい中、ありがとうございました。失礼します」
日和が礼を述べて顔を上げると、無表情の絵理と目が合った。
「もう、あなたは逃げられない。最後の時間を、後悔しないように過ごしなさい」
憐れみの言葉の意味も理解出来ないまま、日和は碧真と共に集会場を後にした。
***
丈は目を閉じ、加護の子達の扱いに意識を集中する。
現在、十五匹の子が三チームに分かれて、村の中で活動している。
各チーム、五匹ずつ。内、一匹をチームリーダーに任命している。丈が下した命令を遂行する為、リーダーが他の子に指示を出している。
鬼降魔の術者は、使役する加護と意識を共有する事が出来る。
術者が口に出して命令しなくても、加護が意思を汲み取って行動する。加護が見た物を、術者が見る事も可能だ。
意識を共有していない時は、加護である動物特有の能力が発揮出来る。意識を共有している時は、術者の五感が優先される為、得られる情報は自分の耳や目で捉えられるレベルのものだ。
また、加護は言葉を話す事は出来ないので、対人での聞き込みなどの調査は出来ない。
一般的な人間は、鬼降魔の加護を見る事は出来ない。
見えたとしても、ぼんやりとした黒い霧のように映るだろう。
丈の放った子達が、村長である木木塚の自宅へ到着する。
月人の話では、村長は邪神を鎮める術を使えるという。村に結界を張っていた術者は、木木塚の可能性が高い。
五匹の子に、家の中をくまなく探させる。
中庭に出た子が、違和感のある箇所を見つけた。丈の今までの経験が、”ここだ”と告げる。
怪しい場所を探り、欲しい情報を得た丈の口元に笑みが浮かぶ。
碧真達の様子も探ろうと、集会場に向かわせていた子達へと意識を移す。
外や建物の中を探ってみたが、碧真と日和の姿はない。既に集会場を後にしているようだ。
丈はもう一つのチームへ意識を移す。
子達が追っているのは、村長の息子である富持だ。
日和に過剰な接触と興味を持っていた人物に、丈も壮太郎も碧真も警戒していた。
村長が術者だと仮定するのなら、息子である富持も何らかの関わりを持っているだろう。
加護の目を通して見えた物に、丈は渋い顔をする。
(嫌な予感がするな……)
***
日和と碧真が宿に戻った時、丈と壮太郎の姿はなかった。
日和と碧真は自分達が宿泊している部屋で、丈達が帰ってくるのを待つ事にした。
座卓の前に向かい合って座り、一息つく。
碧真は集会場を出てから、ずっと無言だった。
険しい表情で考え込んでいるので、日和は声を掛ける事が出来ない。
室内の時計の針が進む音が、やけに大きく聞こえる。
気まずい空気を入れ替えられないかと思い、日和は立ち上がって窓を開けに行く。
緑の匂いを含んだ心地よい風が、日和の頬を撫でた。
窓から見える向日葵の群れも、風を受けて穏やかに揺れている。
(こんなに平和な景色なのに……)
今夜、平和を壊す事が起きる。
生贄、儀式、地獄。
絵理の言葉が、呪いのように重く絡みついて、心をざわつかせた。
「日和」
振り返ると、碧真が険しい表情のまま日和を見つめていた。視線の鋭さに、日和は緊張する。
「俺や丈さん達と逸れて、村の人間に捕まった時は、絶対に抵抗するな。例え、死にたくなるようなものだとしても」
「え?」
不穏な言葉に、日和は呆然とする。
「あんたは、村の連中にとって利用価値がある。抵抗さえしなければ、命までは取られないだろう」
「利用価値?」
生贄の条件に当てはまる事を言っているのだろうか。しかし、日和は既婚者だと、村の人達は思っている。日和を生贄に出来る事はバレない筈だ。
「丈さんと壮太郎さんが殺られる事は無いだろうが、助けに動けない場合もある。万が一、最悪の事が起こったとしても、数日後には総一郎や天翔慈家が動くだろう。それまで、生き残っていれば……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 一体、何の話をしているの?」
意図が読み取れない話をされた日和は混乱する。
碧真は溜め息を吐いた。
「もしもの、最悪の場合の話だ」
(……そういう話をするって事は、それだけ今の状況は危険だって事?)
再び沈黙が流れる中、部屋のドアをノックする音が響いた。
日和はビクリと肩を揺らす。碧真が警戒するようにドアを睨みつけた。
鍵が掛かっているドアノブが、ガチャガチャと音を立てて揺れる。
「日和さーん。いるんでしょう? 開けてください」
親しい人に話しかけるような楽しげな声。聞き覚えのある声に、日和は緊張で体を強張らせる。
(富持さん……)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる