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第三章 呪いを暴く話
第16話 待宵月之玉姫の罰
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壮太郎は深く息を吐き出す。
待宵月之玉姫は、月人を”好きな人”と言った。その目に映るのは、人間という生き物への親愛ではなく、恋情だ。
壮太郎の頭の中に、祖父から聞いた『神隠し』の話が過ぎる。
神が気に入った人間を自分の世界に閉じ込めてしまう話。現実世界へ帰る事も出来ずに一方的な愛情を注がれて、老いる事もなく、神が解放するまで命を終える事が出来ない。
今回、壮太郎達が調査する対象の『神隠シ』の術と名は同じだが、対照的なモノだ。
(好きな人に知られたくないとは、神も随分と人間らしい考えを持つなぁ。まあ、神と人間の恋心は、また違う理を持つから、どう作用するかはわからないけど)
待宵月之玉姫の表情は頑なだ。壮太郎が聞いても、何があったのかは教えてくれないだろう。遠巻きに様子を見ていたのに、わざわざ壮太郎の前に出てきたのは、これ以上追及されたくないからだ。
壮太郎は丈を見る。
丈は待宵月之玉姫の姿が見えていない。声も聞こえない。
壮太郎にとって、丈は守るべき存在だ。待宵月之玉姫の怒りを招いて戦闘になる事態は避けたい。
「それなら、答えられる範囲でいいから教えてくれない? 僕達、天翔慈家からのおつかいで、術の事を調べなくちゃいけないんだよね。このまま帰ったら怒られちゃうからさ」
おどけ混じりに言いながら、壮太郎は真剣な目で待宵月之玉姫を見据える。待宵月之玉姫は少し思案した後、頷いた。
「じゃあ、まず一つ目。君は数年に一度、村を襲う邪神に変わるって聞いたけど……今夜がその日なのかな?」
壮太郎の問いに、待宵月之玉姫は目を伏せた。肯定はしないが、否定もしない。
村で行われる祭りが邪神化を鎮める儀式を行う為の物だという壮太郎の考えは外れてはいないのだろう。
「でも、おかしいよね。この神社は、よく管理されている。僕は神の専門ではないけれど、ちゃんと祀られた神は、邪神にはならないんじゃない? 現に、今の君に穢れは感じない。君が邪神化する要素が無い」
寂れた神社に祀られた神が邪神に変わったという話なら、祖父から聞いた事がある。邪神に変わる神は、穢れが体に纏わりついて、徐々に存在を蝕まれるように姿を変えていくのだと。
答えられないという事なのか、待宵月之玉姫は沈黙した。構わず、壮太郎は言葉を続ける。
「あの晴信が、すぐに邪神化する神を再びこの世に出られるような術を作る筈が無い。そんな存在なら、完全に閉じ込めるような術にする筈だ。実際、晴信が他の地で数回、邪神を封じている記録がある」
壮太郎は射抜くような目で、待宵月之玉姫を見つめる。
「君は、どうやって邪神化するの?」
『……私は、村の人間を見守り、願いを聞き届ける存在。その役目を果たすだけ』
待宵月之玉姫は眉を下げて答えた。壮太郎は思案する。
(彼女の邪神化には、自身の意思ではなく、村の人の意思が関係しているのか……)
「君を歪めている存在は、一体誰なの? どうして、君は自分を歪める存在の願いを叶えようとするの?」
神の力を持ってすれば、人の子の力など歯牙にも掛けないものだ。
人は神に願う事は出来ても、従わせる事は出来ない。
『それが、私の罰だから』
待宵月之玉姫の目が悲しげに伏せられる。
(罰……ねぇ。神が自分を罰するなんて、随分と滑稽だな)
壮太郎は皮肉げな笑みを浮かべる。
『この村から無事に出たいのなら、村人に見つからない様に早く出て行って』
待宵月之玉姫の忠告に、壮太郎は笑う。
「あはは。まるで、村の人達が僕達を害する様な言い方だね?」
待宵月之玉姫は再び沈黙した。
「『神隠シ』の術式についての情報は手に入ったけど、欠落しちゃってるし。結局、術に関する事もわかっていないから帰れないね」
やれやれという仕草をした後、壮太郎は呆然と立ちすくむ月人へ視線を向ける。
「月人君は、これからどうするの?」
「え?」
突然話しかけられた月人は肩を震わせた後、戸惑いながら壮太郎を見る。
「邪神化を止める儀式だよ。『神隠シ』の術の継承は不完全だったし、どうやって邪神を鎮めるの?」
壮太郎の言葉に、月人は俯く。
「今夜行われる儀式では、村の子達が生贄となって、待宵の邪神化を鎮めます。その儀式をしてくれるのは、村長さんです。僕は初めての儀式に失敗して以来、一切関わっていません」
月人は自分の無力さを恥じるように、袴をギュッと握りしめる。丈が訝しげな顔で眉を寄せた。
「村長が?」
「はい。村長は、村の人達を守る為に遠くの地に行き、荒ぶる神を鎮める術を習得したそうです。『月人』が不在の間や僕が二十年前に失敗した儀式でも、村長が待宵の力を抑えてくれたのだと聞きました。お陰で、村の人達が皆殺しにならずに済みました」
壮太郎は、丈と顔を見合わせる。きっと同じ思いだろう。
「僕が弱くて出来損ないだから、たくさんの人に迷惑を……」
「月人君。自己卑下を聞かされるのは面倒すぎるからやめてね」
月人が泣きそうな顔で吐き出した言葉を、壮太郎は笑いながら遮る。丈が無言のまま、壮太郎の脇腹を肘で軽く突いて注意した。壮太郎は溜め息を吐く。
「まあ、君が自分をどういう存在なのか決めるのは自由だけどさ。君は、待宵月之玉姫が邪神になるのを黙って見過ごしていいの? 自分の無力さを哀れむだけで何もしないのが、君のしたい生き方なの? 僕なら、そんな人生は御免だ。僕は、自分が成したい事に最善を尽くし続ける」
壮太郎の言葉に、月人の肩が震える。
「……だって、……‥だって、仕方がないじゃないですか!」
月人が声を荒げる。目には涙が滲んでいた。
「僕じゃダメだったんです! 生まれた時から『月人』としての役目を果たす事を期待されていたのに、何一つ上手くできなくて! 村の人も、待宵の事も守れなかった! 僕は弱い人間なんです!! 強く生きられないんです!!」
月人の慟哭が辺りに響き渡る。待宵月之玉姫が、心配そうに月人に寄り添っていた。
「言い訳ばかりだね。言い訳するなら、考えるくらいやってから言いなよ」
「考えましたよ! たくさん考えたんです!! でも、僕じゃダメだったんです!!」
「君の『考えた』は、『思考』では無い。『動かなくていい言い訳を探し』なだけだ」
「壮太郎」
それ以上は責めるなという意味を込めて、丈が声を掛ける。壮太郎は不満を露わに口を開く。
「だってさー、目の前に天才術者が二人もいるのに頼らないなんて、馬鹿だと思わない? せっかくの大チャンスなのに!!」
「へ?」
月人は目を丸くした。間の抜けた顔を見て、壮太郎は笑う。
「最初から無理だと決めつけるなんて、悲しい事をしないでよ。君の望みを叶える為に、『悩む事に時間を浪費して動かない』んじゃなくて、『考えて、行動してみる』んだよ。失敗したら、また考えて行動すればいい。失敗とか恥とか考えなくていいよ。どうせ人間は失敗するし、恥をかいて生きるんだから」
「僕は……」
月人は唇を震わせる。
願いを口にするのが怖いのだろう。月人は決意を込めるようにギュッと拳を握りしめ、顔を上げて真っ直ぐに壮太郎の目を見る。
「僕は、待宵に人を殺させたくないです! お願いします! 僕達を助けてください!!」
頭を下げる月人を、壮太郎は優しい目で見る。丈も穏やかな笑みを浮かべた。
待宵月之玉姫は痛みを堪えるように目を伏せた後、その場から姿を消した。
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