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第三章 呪いを暴く話
第8話 見つけたもの
しおりを挟む「ピヨ子ちゃん、チビノスケ。入っていい?」
部屋の前にやって来たのは、壮太郎だった。碧真が警戒を解く。
「どうぞ」
日和が返事をすると、壮太郎が部屋のドアを開けて姿を現した。
「僕達の部屋で、一緒にご飯を食べよう。宿の人にも、一緒の部屋で食事をしたいって言ってあるからさ」
日和は頷く。碧真は面倒そうな顔をしていたが、異論はないのか黙っていた。
丈と壮太郎が泊まる部屋を目指して廊下を歩く。
宿の客室は一階と二階に分かれて五部屋あるようだ。丈と壮太郎の部屋は、二階の東側。日和と碧真の部屋は、一階の西側だった。どちらの部屋も、階段から離れた場所に位置している。
「わざとらしい程に、部屋が離れていますね」
碧真が皮肉気に言うと、壮太郎は苦笑した。
「片方に何かあったとしても、すぐには駆け付けられなさそうだよね」
二人のやりとりに、日和は首を傾げる。日和が理解していない事に気づいたのか、壮太郎が振り返って笑う。
「宿泊客は僕達だけ。そして、僕達は親戚同士。一部屋空けるならまだしも、わざわざ一番離れている部屋を選んだ。隣同士の部屋にした方が、配膳とか掃除とか面倒臭くないのにね。さて、ピヨ子ちゃん。どういう事だと思う?」
謎かけをする様に、壮太郎は問う。日和は思案した後、考えを口にする。
「単に、宿の中で良い部屋を選んで案内しただけじゃないですか? でも、壮太郎さんと碧真君の言い方だと、宿の人がわざと部屋を引き離して、何かしようとしているように聞こえます」
日和としては、二人が何故その様な疑いの思考へ至ったのかが謎である。
「ハハハ。ピヨ子ちゃんは随分と平和的思考の持ち主だね。僕の姉や妹も、結人間の女性は皆、隙あらば”利用しよう、傀儡にしてやろう”っていう思考だから、ピヨ子ちゃんみたいな意見は新鮮だなー」
(何、その怖い思考の人達……)
日和は少し引いた。
「ハッキリ言わないと、日和には伝わりませんよ。馬鹿だから」
「なんで!?」
「逆にこっちが聞きたい。何で、そんなに花畑思考なんだよ」
碧真が苛立ったように、日和の頭を鷲掴みにする。
「痛い! だから、何で頭を掴むの!?」
「チビノスケ。奥さんには優しくしないとダメだよ?」
話している内に、丈と壮太郎の部屋に着いた。
部屋のドアを開けると、丈が座布団とお茶を用意してくれていた。
四人で座卓を囲んで座った時、タイミングよく料理が運ばれて来た。
「御用がありましたら、お呼びください」
宿の女将が笑顔で告げて、退室した。
(デザート……は無いか。でも、美味しそう!!)
宿の夕食は、ご飯と味噌汁、川魚や野菜の天ぷら、味噌田楽。どれも美味しそうだと日和は目を輝かせる。
女将の足音が遠のいたのを確認して、壮太郎はズボンのポケットから取り出した物を襖に向かって投げつけた。
突然の奇行に、日和はポカンと口を開けて固まる。襖の下に転がったのは、シルバーの指輪だった。
指輪から白銀色の光が放たれる。指輪を基点にして、白銀色の光が一気に室内へと広がって行った。
(な、何!?)
畳も天井も壁も白銀色の膜に覆われて、室内全体が包み込まれた。戸惑う日和に、壮太郎が得意げに口を開く。
「結界だよ。僕達からは部屋の外の音が聞こえるけど、部屋の中の声は外には漏れないように防音機能が付いている。結界がある内は、外部からの侵入も出来ないようになっているよ」
「あの指輪は何なんですか?」
「天才の僕が作った呪具だよ。ほら」
壮太郎がズボンのポケットから何かを取り出した。壮太郎の掌の上にあったのは、指輪、ピアス、ブレスレット、ネックレスなど複数のアクササリーだった。パッと見ただけで十個以上ある。
「指輪が結界。他は色々。普段は身に着けているんだけどね。ここは閉鎖的な村だし。印象が悪くなったら、調査の時に支障が出るかなって思って外してたんだ」
「お前は身に着け過ぎている気がするけどな。普段はチャラついて見える」
丈が呆れた様に言う。確かに、今あるアクササリーを全て身に着けていたらチャラチャラした印象になるだろう。
「僕は天才発明家だし、使う分より作る量が多くなっちゃうんだよね。だから、なるべく頑張って消費してるんだよ。そうだ! 村にいる間に使えそうな呪具をピヨ子ちゃんに分けてあげよう!」
壮太郎は座卓の上の空いたスペースに、アクセサリーを並べた。
「相手に投げつけた時に発動する物がいいよね。まず、これが相手が爆発する呪具。これが十日くらい全身麻痺で苦しむ呪具。これが体を細切れに……」
「物騒が過ぎる!! いらないです!!」
物騒ワードと共に危険物を勧めてくる壮太郎を遮って、日和は拒否する。
「大丈夫だよ。結人間家の呪具は質が良いから不発は無い。効果は保証するよ」
(そ、そっちじゃない……)
全力で首を横に振って受け取り拒否をする日和に、壮太郎は不思議そうに首を傾げる。何故いらないのか、本気でわからないという表情だ。
(結人間家……怖過ぎるよ)
「使いたくなったら言ってね」
(そんな機会はないと思う)
壮太郎が少し残念そうにアクセサリーをポケットに戻した。物騒な物が見えなくなって、日和は安堵の息を吐いた。
「そろそろ、話を始めてもいいか?」
「あ。ごめんね、丈君。料理も冷めるし、食べながら話そうよ」
壮太郎が箸を手に取る。丈は頷いた。
「では、今日わかった事を話そう」
丈が口を開く。
「まず、最初に見に行った物件についてだが、赤間さんが村長の息子と話している間に、俺と壮太郎で室内と庭を調べていたんだが」
(そういえば、二人とも姿が見えない時があったな)
日和は午前中の出来事を思い出す。丈と壮太郎は、二人だけで行動していた時間があった。
「そこで、庭に埋められた遺体を発見した」
「…………え?」
言葉が素直に飲み込めず、日和は戸惑う。
「果樹の下にね。成人している男女の物だったよ」
遺体がある事だけでも衝撃なのに、被害者は二人もいた。
「きちんと埋葬されていたわけじゃないよ。遺体の手足は縛られていて、置き方も乱雑だったし。犯罪の証拠隠蔽だろうね」
土葬が行われているのかもという日和の希望的観測を、壮太郎はあっさりと折る。
「遺体の損傷が激しかった。おそらく、男女共に暴行を受けたのだろう」
丈が渋い表情で説明した。
「でも、どうしてわかったんですか?」
日和は疑問を口にする。
丈と壮太郎が姿を消していたのは、十五分程度だろう。埋められていた遺体を見つけて調べるなど出来る訳が無い。
「あれ? 丈君の加護の事、ピヨ子ちゃんは知らないの?」
壮太郎が首を傾げる。日和も首を傾げた。
(丈さんの加護?)
”鬼降魔は、干支の動物の加護がついている”と、美梅が言っていた事を思い出す。
丈が加護の力を使ったであろう場には居たのだが、あの時は呪術関連が見える眼鏡ではなかった為、何の加護かまではわかっていなかった。
(土を掘れるとしたら、土竜? でも、干支にはいないよね?)
考え込む日和を見て、丈が自分の肩を指差す。日和が視線を向けると、丈の肩に緑色の光を纏った純白の鼠が乗っていた。丈の加護の子なのだろう。
「鼠って、穴を掘れるんですか?」
「感想それなの?」
日和の言葉に、壮太郎は苦笑する。確かにリアクション的にはどうかと思うが、純粋に疑問だった。
「地面を掘って巣穴にする種類も存在する」
丈も少し苦笑しながら答えた。
「小さくて可愛い」
幼い頃に動物園のふれあいコーナーで触ったハツカネズミを思い出して、日和は和んだ。
「加護は小さくても、丈君は優秀だよ。丈君は加護を複数使役できる。広範囲で動かせるし、一体の情報を全体に共有出来るから、情報収集するには凄く便利。遺体が埋まっている正確な位置の特定も、土を掘り返す作業も、丈君の加護がしてくれた。僕は遺体の大まかな場所を見つけて、証拠隠滅するだけの簡単な事しかしてないし」
(証拠隠滅って、何をしたんだろう……)
壮太郎の説明に、日和は不安を抱く。出来れば、掘り返した土を元通りにしただけだと思いたい。何かが爆発したり、切り刻まれていない事を日和は祈った。
「話を戻すが、この村では殺人が起きた可能性が高い」
「あの富持って人が、”村では人間同士が争うような事件は起きない。平和だ”って言っていたよね。殺人が起きた事を知らないのか、もしくは知っていて隠しているのか。後者の場合、演技なら相当危険人物だよね。嘘をついているような顔ではなかった。罪悪感や焦りなんて微塵も感じなかったもん」
壮太郎の言う様に、日和も富持が嘘を吐いているようには見えなかった。
「でも、村長の話は嘘だね」
「え?」
壮太郎の言葉に、日和は首を傾げる。
「最初に見学した家の住人の話さ。わかりやすい矛盾だらけだったでしょ?」
壮太郎に問われて、日和は考える。碧真が呆れた目で日和を見た。
「あの家、怪我人の婆さんが一人で住むような家だったか?」
手摺りの無い階段を思い出す。年配の女性が、怪我をして体が動かしにくいという理由で家をリフォームをするなら、バリアフリーにする筈。他に同居する家族がいないのなら、子供部屋は不要だ。あの家は、どう見ても若い家族向けだった。
「た、確かに……」
聞いた時は疑問を抱かなかったが、今思えばどうして気づかなかったのかとショックを受ける程におかしな話だ。
「あと、時期も気になるな」
「時期?」
丈の懸念がわからず、日和は首を傾げる。
「季節とか虫とか湿度とか、条件で変わるから不確かだけどね。見つけた遺体は、そこまで年月が経っていないみたいだった。あの遺体が本当の家の持ち主なら、ここ二年の間に、殺された可能性が高いんだ」
壮太郎がサラリと言った言葉に、日和はサアッと青ざめる。食欲が一気に失せた。
「それに、子供の遺体は無かった。その子供達は今、何処にいるんだろうね?」
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