呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第2話 夫婦役

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 ”お二人には、夫婦になって貰います”。


「………………………………はい?」 
 総一郎そういちろうの言葉についてたっぷりと考えた後、やはり理解出来ずに日和ひよりは聞き返す。

「どういう事ですか?」
 寝ぼけていた碧真あおしも目を覚ましたのか、物凄く不機嫌そうな顔で総一郎を睨みつけた。眠たさと不機嫌が混ざり合って、今にも総一郎の息の根を止めにかかりそうな目をしている。

  総一郎は、碧真の表情に怯える事もなく、楽しそうに笑っている。

「今回の仕事の間、お二人には夫婦役を演じて欲しいのです」

「……どうしたら、そんな馬鹿な考えに辿り着くんです? またいつもの悪ふざけですか? 笑えないんですけど」
 碧真はイライラを隠さない早口で、総一郎を口撃する。

「これは、私のアイディアではありません。文句なら、その方に言ってくださいね?」
 総一郎がニコニコと笑って受け流す。
 総一郎の発案では無いと言われて、碧真は訝しげな表情で丈を見る。

「まさか、じょうさんですか?」
「俺でもない。今回の件で、俺が協力者を一人呼んだ。そいつの意見では、村に潜入する為には、二人に夫婦役を演じてもらうのが最良だという話だ」

「協力者?」
 首を傾げる日和に、丈は頷く。

「少し変わっているが、頼りになる奴だ」 
 丈の穏やかな笑みから、信頼関係のある人物なのだろうと感じた。

「碧真君と日和さんは、新婚夫婦として仲睦まじく過ごしてくださいね。日和さんは、ボロを出さないように、しっかりと演じてください」
 
 総一郎は楽しそうに笑いながら、日和に念を押した。

 日和は隣に座る碧真を見る。
 明らかに『不本意・不愉快』といった表情だ。

(ぜ、絶対に無理)
 日和は冷や汗をかく。

「い、今から仕事を辞退とか……」
 碧真と夫婦に見られる自信が一ミリもない。その前に、正常なコミュニケーションを取れる自信すらない。

「お仕事、頑張ってくださいね」
 総一郎のキラッキラの笑顔と『行け』という無言の圧力が返ってくるだけで、日和の望む答えは返ってこなかった。

「最悪な仕事だ」
 碧真が吐き捨てた言葉に、日和は心の中で激しく同意した。
 

 目的地である村へ向かう前に、協力者と合流する事になった。

 車の運転席に丈、後部座席に日和と碧真が座る。
 碧真はまだ眠いのか、シートを倒して目を閉じた。車が発進して少し経つと、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「丈さんは、村でどんな儀式が行われているのか、ご存知なんですか?」
 日和は前にいる丈に尋ねる。丈は頷き、唇を開いて言葉を紡ぐ。

「『神隠シ』」

 知っている言葉に、日和は目を見開いた。

「神様が人間を違う世界に連れて行くっていう、あの『神隠し』ですか?」
 
 『神隠し』は、昔話や怪異譚の題材になっている。人間が忽然と、この世から消えてしまうこと。それらは神の仕業と言われている。

(けど、神隠しって、神様がやる事だよね? それを人間が儀式でやっちゃうって事??)

天翔慈てんしょうじ家が作り出した術は、赤間さんが知っている『神隠し』とは真逆だ」
「真逆?」

「人間が神を隠す術だ」

「……神様を隠す?」
 日和はポカンとする。

「『神隠シ』の術を生み出したのは、天翔慈家稀代の天才と呼ばれる、天翔慈てんしょうじ晴信はるのぶ様だ。晴信様の手記によると、今から行く村は、一九〇七年に邪神によって村人が惨殺されていたらしい。晴信様が旅の途中で村を訪れ、村人に『神隠シ』の術を授けた。人の世ではない場所に神を隠して穢れを祓い、邪神の力を奪う術だという。穢れを祓い終えたら、神はこの世に戻ってくるようだ」

 神を隠せる程の力を持った術を作り出せるなど、天翔慈家はとんでもない一族なのではなかろうか。

「その邪神の正体は、村の守り神である”待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめ”。守り神から邪神に変わり、村人を襲ったらしい」

「どうして、邪神に変わるんですか?」
 守り神が邪神に変わる。それが”待宵月之玉姫”の性質なのか、何かしらの外的要因があるのか。

「晴信様の手記は傷みが酷くて読めない部分も多い。何故、待宵月之玉姫が邪神に変わったのかは不明だ。俺も訳があって、事前に村について調べる事が出来なかった。だから、現地で調査するしかない。赤間さんには、村人からの情報収集をしてもらう事になる。君は人当たりが良くて相手に警戒心を与えないから、頼りにしている」

 情報収集を任された日和は頷く。

(うまく出来るかわからないけど……。仕事だから、やるしかない)


 丈の運転する車が、高層マンション前の駐車場に停車する。
 丈がシートベルトを外して車から降りた。協力者は、この場所にいるらしい。

「丈くーん!!」
 弾むような声が聞こえて、日和は車の窓から外を見る。

 見知らぬ男性が、勢いよく丈に抱きついた。
 丈の表情は日和からは見えないが、丈に抱きついている男性は幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。

「会いたかったよー! 丈君も、僕に会いたかったでしょ?」
 男性は物凄いハイテンションで、丈に話しかける。日和は男性を見てポカンとした。

(もしかして、あの人が協力者なの??)
 男性のハイテンションな声で目を覚ましのか、碧真が体を起こす。 
 男性を見た碧真は、いつも以上に不機嫌な表情を浮かべた。

「……協力者って、あの人かよ」
 碧真が心底嫌そうに呟く。どうやら、碧真も知っている人らしい。

壮太郎そうたろう。少し落ち着け」
 丈が溜め息と共に、男性を宥める。壮太郎と呼ばれた男性は素直に応じて、両手を離した。

「いや~、久しぶりでついテンションが上がっちゃったよ!」

 壮太郎は、飄々とした印象の人だった。
 アシンメトリーな髪型で、髪色は緑系のブラウンアッシュ。肌は色白。細身で身長も高く、すらりとしている。服装は白シャツにチャコールグレーのベストと黒のズボンで、清潔感のある見た目だった。

 壮太郎が車に近づいてきて、助手席のドアを開ける。壮太郎は日和を見て、人懐っこい笑みを浮かべた。

「この子が、丈君が言っていた一般人の子かー。はじめまして! 僕は結人間ゆいひとま壮太郎そうたろう。丈君の同級生で、大親友。そして、義兄だよ」


***


 三人を送り出した総一郎は、母屋の縁側で一人ゆっくりとお茶を飲みながら庭を眺めていた。

「総一郎」
 名前を呼ばれて、総一郎は声がした方へ顔を向ける。

「おや、咲良子さくらこさん」
 廊下に咲良子が立っていた。

 儚げな少女というのが、咲良子を知らない人が見た時の印象だ。少しでも交流した事があるのなら、彼女の性格が見た目とは随分と違うとわかる。

「……私は、何か貴女を怒らせるような事をしましたか?」
 総一郎は内心冷や冷やしながらも、笑顔を取り繕って尋ねる。
 咲良子の表情は、一見すると無表情に見えるが、付き合いの長い総一郎には怒っているのだと一目でわかった。

「なんで、日和とへびを近づけようとするの?」
 咲良子の声は、咎める色を含んでいる。

 手に持っていた湯飲みを盆の上に置いて、総一郎は目を伏せた。

「……碧真君には、日和さんのような人が必要だと感じたからです」
「日和のような人?」

「碧真君には、側にいてくれる人が必要です。『呪罰行きの子』としてではなく、『鬼降魔碧真』という人間を見てくれる人が」

 一族の人間は、碧真の事を『呪罰行きの子』としか見ない。蔑むか、遠ざけて、誰も碧真を人間として見ようとしない。

「ただ、碧真君にとって、綺麗すぎる人間は毒でしかない。綺麗すぎるものに傷つけられる事もありますから。日和さんは、清濁どちらも合わせ持った人だと感じました。日和さんは、己の汚さを否定したり、隠す事はしなかった。迷いながらも悩んで、生きて、受け入れてきた人なのでしょう。そんな彼女なら、碧真君と対等に関わってくれると思いました」

 人を呪いたいと思ったことはないかと問われた時、日和は隠さなかった。
 どんな過去があるのかはわからないが、自分の汚さを思い知らされた経験があるのだろう。そして、苦しみながらも、その汚さを受け入れた。

 自分の弱さや汚さを受け入れられる人は、他人の弱さも汚さも受け入れられる。
 日和なら、碧真の事も否定するのではなく、受け入れてくれるのではないかと総一郎は考えた。

「巳の為に、日和を利用するの?」
 咲良子の膨れ上がった怒気に、総一郎は背中に冷や汗をかく。

「もし、日和が巳に酷い目に遭わされたら、責任取れるの?」

「……碧真君は、彼の父親とは違います。本来の彼は、優しい子です」

 総一郎は幼い頃の碧真を知っている。『呪罰行きの子』になる前の碧真は、よく笑う子だった。碧真を歪めたのは、彼の両親と一族の人間だ。

 咲良子の表情が険しくなったと思った瞬間、胸ぐらを掴まれる。
 射殺すような咲良子の強い視線が、総一郎を捕らえた。

「『呪罰行きの子』に、大切な婚約者を傷つけられた事を忘れたの?」
 
 ”総一郎さん……──”。

 過去の記憶がブワリと蘇る。
 室内に飛び散る赤い血。血だらけになった愛しい女性。笑いながら、彼女の体を突き刺した少年の顔。横たわる、親しい人達の死体。何も出来なかった自分。

 咲良子は、総一郎から乱暴に手を離した。

「私は、総一郎の中途半端な所、嫌い」
 咲良子は総一郎に背を向ける。

「あの子にかけた術にも、綻びが出来てた。今回は、私が直したけど」
「……申し訳ありません」
 術の綻びに気づかなかった事に、総一郎は驚きと共に自分の不甲斐なさを恥じた。

「しっかりして。あなたは、私の共犯者なんだから」
 そう言い残して、咲良子は去って行った。

 残された総一郎は、息を吐き出して床の上に寝転がる。

「私は、どうやっても、あなたの家の人間には嫌われますね」
 総一郎は片腕で両目を覆い隠して、自嘲的な笑みを浮かべた。
 
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