呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第二章 呪いを探す話

第6話 総一郎の婚約者候補達

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「術者の家に向かうぞ」
 碧真あおしの言葉に、日和ひよりは頷く。

 四人は碧真の車に乗り込んだ。碧真がカーナビを操作して、愛美の自宅の住所を入力している時、後部座席からお腹が鳴る音が聞こえた。

「お腹空いた」
 咲良子さくらこがボソリと呟く。日和がカーナビ上部の時計を確認すると、時刻は午後一時を過ぎていた。お腹も空く時間だ。

「私もお腹が空いたわ。愛美さんの家に行く前に、休憩しましょう。へび憑き、お食事処に寄りなさい」

 美梅みうめが碧真に命令する。気分を害したのか、碧真は顔を歪めた。

「偉そうに言うな」
「実際、一族で最底辺のあんたより、私の方が偉いわ。いいから寄りなさい。日和さんもお腹が空いたでしょう?」
「え?」
 険悪なやりとりに引き込まれると思っていなかった日和は慌てた。碧真が睨んでくる。

(……ど、どうしろと)

「牛丼大盛り」

「かつ丼も可」

「ラーメンも可」

「唐揚げ定食も可」

 咲良子が一呼吸置いて、ガッツリメニューを呟き続ける。碧真は盛大な溜息を吐いて、車を発進させた。

「定食屋に行く」
 碧真が吐き捨てるように言うと、咲良子も美梅も満足そうな笑顔を浮かべた。


 某有名定食屋のチェーン店を訪れた。
 美梅はもっと高級感のある店が良かったようだが、咲良子に腕を引かれた日和が店の中に入ると、諦めて一緒に入店した。

 一番混む昼の時間を過ぎたのか、店内は思ったより空いていた。
 碧真が一足先に店の奥へと進んでいく。日和も後に続こうとしたが、咲良子に腕を引かれて止められた。

「咲良子さん? どうしたの?」
「巳とは別。私達は、こっち」

 どうやら咲良子は、碧真と一緒に食事をしたくないようだ。咲良子に手を引かれるまま、碧真とは別れて、女性三人でテーブルを囲んだ。

 注文を終えて料理を待つ間に、日和の隣に座った咲良子が真剣な顔で口を開く。

「日和。巳には近づきすぎない方がいい」
「咲良子の言う通りよ。巳憑きに気を許してはいけないわ」
 向かいの席に座る美梅も賛同して頷いた。

「日和は鬼降魔の人間ではないから、わからないかもしれない。巳は『呪罰じゅばつ行きの子』だから危険」
 咲良子は嫌悪感をあらわに眉を寄せた。
 
 『呪罰行き』は、禁呪を使った者に与えられる罰。『呪罰行きの子』と呼ばれる碧真は、親が禁呪を使った事で一族から蔑まれている。

「でも、あの人自身が何か悪い事をしたわけじゃないんでしょ?」
 親が禁呪を使ったとしても、碧真に罪は無い筈だ。日和の言葉に、咲良子と美梅は顔をしかめる。

「『呪罰行き』になった時点で、禁呪を使った人間とその家族も『存在自体が悪』なのよ。一族の恥。嫌悪されて当然なの」
 美梅が当たり前のように話す価値観は、日和には理解出来ない。

「でも、愛美あいみさんのお母さんは、あの人に普通に接していたよね?」
 一族から嫌われていると言うが、愛美の母親は碧真に普通に接していた。碧真に対する嫌悪感も感じなかった。

「本家と関わりが薄い分家だと、『呪罰行きの子』である巳憑きの存在は知っていても、姿までは知らないのよ。『本家の使い』という扱いね。『呪罰行きの子』だと知ったら、一族の者は誰だって態度を変えるわ」
 
(……やっぱり、鬼降魔の価値観は理解出来ない。理不尽すぎる)
 価値観は人それぞれだ。否定する権利は誰にも無いが、受け入れられないものもある。
 
総一郎そういちろうが、何故、巳の近くに日和を置こうとしたのかはわからない。けど、絶対に油断しないで」
 咲良子が念を押して、日和に警告した。美梅が眉を吊り上げて咲良子を睨む。

「咲良子。総一郎”様”でしょ? 呼び捨てなんて偉そうよ! ちゃんと敬称をつけなさい!」
「……ハッ!」
(は、鼻で笑った!?)
 明らかに美梅を見下した後、咲良子はゆっくりとお茶を飲んだ。

「咲良子!」
 咲良子の態度に苛立ったのか、美梅は更に眉を吊り上げて前のめりになる。

(け、険悪再びですか!?)

「私は、総一郎の婚約者候補。本人も呼び捨てでいいと言った。美梅に指図されるいわれはない」
 余裕の笑みを浮かべる咲良子。日和は目が点になる。

(そういえば、総一郎さんの婚約者候補はもう一人いるって、美梅さんが言ってたけど……。え? もしかして……)

「二人が、総一郎さんの婚約者争いをしているって事!?」
 婚約者争いをしているというのなら、美梅と咲良子の仲がここまで険悪なのは納得だ。
 
「争いなんてしていないわ。咲良子なんて、私の敵じゃないもの。勝つのは私よ」
 美梅が胸を張って、自信満々に言う。

「争いをしてないと言いながら、”勝つ”はおかしい。敵対心を燃やしているのバレバレ。それに、無い胸を張られても、私は興奮しない」
 咲良子の言葉にダメージを受けたのか、美梅は「ぐっ」と呻いた。

「あ、あんただって無いじゃない!」
 美梅は咲良子の胸を見て言う。咲良子と美梅の胸のサイズは同じくらいだろう。

「私はいい。胸が無くても、容姿は最高レベル。頭も良いし、能力も高い。それに、自分の胸より、人の胸を揉んだり見る方が楽しい」

 咲良子がドヤ顔で言う。

「そうだ! 日和、ちょっと胸を張ってみて」
 咲良子は弾んだ声を上げて日和の胸を見る。咲良子の視線を遮るように、日和は両手で壁を作り、首を横に振って拒否した。

「あ、あんたねぇ! 同性の……む、胸を揉むなんて、乙女としてどうなの!? それに、いちいち発言が下品なのよ! 変態!」

「下品? おっぱいは上品。おっぱいは神秘。豊満な胸、美乳、全てが至高。人類はもっと、おっぱいを讃えるべき。おっぱいの崇高さがわからないなんて、未熟!」

(……この子は一体、胸に何を見出しているのだろう?)
 咲良子の演説に、日和と美梅は黄昏たそがれた。

「お待たせしましたー。ご注文の品でーす」
 注文した料理を店員が笑顔で運んできた。同時に運ばれてきたので、三人で食事を始める。
 二人とも食事中は喋らないようで、険悪な雰囲気や胸の話にはならずに、平和に食事を終える事が出来た。
 会計は、咲良子が総一郎から預かっていたカードで三人分支払った。

 三人で店を出ると、碧真は既に車の中にいた。

「お待たせしました」
 日和は助手席のドアを開けて、碧真に声を掛ける。碧真は顔を上げるだけで、何も言わなかった。
 碧真は扱っていた携帯を上着のポケットにしまうと、全員がシートベルトを着けたのをミラーで確認してから、車を発進させた。

(二人に「関わらないで」って言われたけど、そもそも、この人に近づくのは無理じゃない?)

 碧真は他人に対して壁を作っていると感じる。日和も他人に壁を作る方なので、お互いに近付く事は無いだろう。
 咲良子と美梅の警告は無意味だ。

(まあ、程よい距離感で仕事をやって行けたらいいよね)
 日和は一人頷いた。
 
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