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第二章 呪いを探す話
第7話 自宅での調査と電話
しおりを挟む愛美の自宅は、豪華な西洋風の家だった。
総一郎の屋敷よりは小さいが、一般の家よりは大きい。鬼降魔一族の財力に、日和は圧倒された。
美梅が率先して、インターホンを押す。
本家の使いだと名乗って暫く待つと、玄関からエプロン姿の恰幅の良い中年の女性が現れた。女性は家政婦の人らしい。
家政婦の女性に案内されて、四人は客間に入った。
見るからに高級そうな家具が並ぶ。壁には絵画も飾られ、部屋の隅には沢山の薔薇の花が飾ってあった。
(お金持ち凄い……)
「旦那様を呼んで参ります。どうぞ、座ってお待ちください」
家政婦が退室した。
座るように言われたのは、四人掛けソファ。大きなソファなので、全員で座っても余裕だろう。碧真はソファの端に座った。美梅と咲良子が嫌がるだろうと思い、日和が碧真の隣に座る。日和の横に咲良子、その隣に美梅が渋々と座った。
暫く待っていると、部屋に男性が現れる。
男性の目の下にはクマが出来ていた。服装は整っているが、髪型は少し崩れている。見るからに憔悴した男性の姿に、日和は息を呑む。
「お越しくださり、ありがとうございます。私は愛美の父親です」
家政婦が人数分の茶を用意してくれた。話を始める前に、愛美の父親は家政婦を退室させた。
出されたフルーツティーから良い香りが漂っているが、部屋の空気は重い。
「これが、私達が調べた情報です」
愛美の父親は、一冊のノートをテーブルの上に置いた。
碧真が手に取り、ページを捲る。愛美の周辺にいる人物の名前や、話した内容が記されていた。
「愛美の学校の友人やクラスメイト、連絡をとっている元同級生の子達に話を聞いて回りました。愛美がよく行く場所も調べてあります」
「愛美さんが使用している術に、何か心当たりはないですか?」
美梅の問いに、愛美の父親は首を横に振る。
「愛美は鬼降魔の力を持ってはいますが、弱いです。術を使えるとしても、初歩レベルのものです」
愛美の父親は、ノートと一緒に持って来ていた藤色の和綴じ本を差し出した。
「愛美が読んでいた呪術書です。愛美は、その本に載っている術の半分も使えません」
(よ、読めない……)
美梅が受け取った呪術書の表紙を見て、日和は眉間に皺を寄せる。古い時代の物なのか、毛筆の崩し字で書かれていた。
「こんな簡単な術を全部使えないのなら、高度な術は無理ね」
呪術書を読んでいた美梅が、バッサリと吐き捨てる。咲良子は美梅の手から本を奪い取り、頁を捲った。
「ちょっと、咲良子!」
怒る美梅を無視して、咲良子は呪術書を読み進めていく。咲良子の横から呪術書を覗いてみたが、日和には文字がのたくっているようにしか見えない。咲良子は崩し字を難なく読み取れているようだ。
目を通し終わった呪術書をテーブルの上に置いた後、咲良子は眉間に皺を寄せる。
「一番可能性があるのは、相手を強制的に眠らせる術。けど、対人用の術で、効果は二時間程度。継続的に術をかけ続けない限り、三日も眠らせることは出来ない」
咲良子の言葉に、愛美の父親も頷く。
「病院では、私と妻が交代で娘を見ています。外部の人間が、娘に術をかける事は出来ません」
「あんた達夫婦が術を使っているなら、出来なくはない」
頬杖をつきながら言う碧真の言葉に、日和はギョッとする。
「……が、術者は、娘の方で間違いないな」
碧真は溜め息を吐く。美梅と咲良子も同じ考えのようだ。
「愛美の部屋を見たい」
咲良子の言葉に、愛美の父親が頷いて立ち上がる。
「案内します。どうぞ、こちらへ」
二階にある愛美の部屋に入る。
愛美の部屋は可愛らしかった。黄色が好きなのか、黄色の小物が多くある。棚やベッドの上には、可愛いぬいぐるみが並べられている。本棚には少女漫画が数冊と勉強の本。部屋の壁には、海外の風景が描かれた美しい絵葉書や、友人と一緒に撮ったのであろう写真が飾られていた。
「部屋の物に触っても大丈夫ですか?」
美梅の問いに、愛美の父親が頷く。日和以外の三人が部屋の中の物を動かし、調査を始めた。日和は何をしたらいいのかわからずに、戸惑いながら壁に飾られた写真を見る。
「これが愛美です」
愛美の父親が指を差して教えてくれた。
写真の中の愛美は、友人達に囲まれて笑顔を浮かべている。見ているだけで、愛美の楽しそうな感情が伝わってきた。日和は写真を一枚一枚見ていく。
愛美の人生の一部を切り取った写真は興味深かった。
写真を見終わった後、日和は手がかりになりそうな物がないかと、机の上を調べる。
三十分後。
「本棚にあるのは普通の本。呪術関連は無い」
本棚を調べていた咲良子が報告する。
「クローゼットの中にも何もなかったわ」
美梅が疲れたように言う。
碧真は無言だった。碧真が調べていたのは、棚や家具の裏。碧真の険しい表情から推測すると、何もなかったのだろう。
美梅が日和を見る。日和は首を横に振った。日記などがあるか期待して調べていたが、机には教科書やノート、本が一冊あるだけ。
ノートや教科書に何かヒントが書き込まれていないか見てみたが、勉強のこと以外は書いていない。
本には、友人と写った写真が二枚挟まれていただけで、特別な物は無かった。
全員が、呪いに関する手がかりを見つけられなかった。
「携帯とかに何かないのかな? メモとか、メッセージとか」
日和の言葉に、携帯の事が全く頭になかった美梅が「あ」と声を漏らす。
愛美の父親に頼んで、愛美の携帯を見せてもらう事が出来た。
教えてもらった暗証番号で、携帯の画面ロックを解除する。メッセージアプリの直近の履歴をザッと見てみると、友達との楽しそうなやり取りがあるだけで、関係の拗れは見当たらない。
「あれ? おかしいな。電話の履歴が無い」
日和は通話履歴がゼロな事に疑問を抱く。
「電話を使わないのは普通。私も使わない」
大抵はメッセージアプリで連絡を済ませるから不自然ではないと、咲良子が言う。
(これがジェネレーションギャップか!)
日和は驚く。日和もメッセージアプリは使うが、電話も使う。全く使わない事は無い。
「私は電話しか使わないわよ」
「美梅は機械音痴の時代遅れだから、電話以外は使えないだけ」
「な! 違うわよ! そもそも、電話以外の機能は必要じゃないでしょ! 電話の方が相手との距離が近いし、やり取りも早くていいじゃない!」
美梅は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、早口で取り繕う。咲良子に再び鼻で笑われて、美梅の眉が吊り上がった。
「あんたねぇ!!」
「あの! 愛美さんの部屋以外を探してみるのはどうかな?」
美梅が怒り出すのを止めようと、日和は提案する。
家の中を手分けして探そうとした時、携帯の着信音が二つ鳴り響いた。鳴っているのは、碧真の携帯と愛美の父親の携帯だ。
二人はそれぞれ電話に出た。
「何です? ……はあ? 何でまた? 今の調査はどう………………護符が?」
碧真の顔が不機嫌そうなものから驚きに変わる。
「どうした!? 何かあったのか……え!? 本当か!? 目を、目を覚ましたのか!?」
愛美の父親の目から涙が零れた。悲しみの涙ではない事は、口元に浮かぶ笑みでわかる。
電話を切った愛美の父親は、日和達を振り返る。
「娘が! 愛美が、目を覚ましたそうです! 私は今から、病院に向かいます!!」
愛美の父親は、一目散に玄関の外へ飛び出して行った。
「一体、どういうこと? 何も見つかっていないのに……」
美梅は戸惑いながら、愛美の父親が去った方向を見つめた。
「術者が目を覚ましたようです。………そうですね。タイミングが良すぎる。……わかりました」
電話を切った碧真が、日和達を振り返る。
「病院に戻るぞ」
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