呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第一章 呪いを見つけてしまった話

第8話 上総之介と身代わり守り

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 ひとり残された室内で、日和ひよりは畳の上に寝っ転がって顔をしかめる。

「本当になんなの、あの人」
 碧真あおしは術をかけた後、日和の頭を投げ捨てるように手を離した。倒れた日和を助け起こすこともなく、離れから立ち去った碧真の人間性に疑いしかない。
 
(あーもう、本当に意味わかんない! どうやったら、あんな思いやり皆無かいむひねくれ人間が出来上がるの!?)

 呪いをかけた人を捕まえる為に、日和に”餌”として役割を果たせと碧真は言った。あの時聞こえた馬のいななきから考えても、日和は術者に見つかったのだと思う。

 今夜、日和は囮として、呪いをかけた人と対面する事になるのだろう。

 日和は呪いをかけた人へ思いを馳せる。
 恨みか、憎しみか、妬みか、また別の感情か。目的はわからないが、小さな子供に呪いをかけて傷を負わせた。

(呪わずにはいられない、”何か”があったのか……)
 日和も人を呪いたいと思った時があった。自分のドス黒い感情に心が埋め尽くされていくのは苦しかった。

 呪いをかけた人には呪う力があり、止められる理由もなかった。

(だから、呪った)
 日和は重たい溜め息を吐き出す。

「今も、苦しんでいるんじゃないのかな……」
 呪いをかけた人の事情はわからないので、推測でしかない。

「……それにしても暇だなー」
 日和は天井を見上げて呟く。まだ夕方とも言えない時間。
 見事な庭園が広がっているが、他人の家を勝手に歩き回る事は出来ない。その上、日和は方向音痴なので、見知らぬ場所を歩き回れば迷子になるのは確実だ。

「アニメ~、漫画~、小説~、ゲーム~」
「ゲームしたいの?」
 ゴロゴロと畳の上を転がっていた日和は、突然聞こえた声に飛び起きる。声がした庭の方を見ると、二人の女中じょちゅうを連れた一人の青年が立っていた。

 恐ろしく綺麗な顔立ち。髪型はウルフカットで襟足が長い茶髪。服装はアジアテイストの涼しげでラフな格好だ。堅苦し過ぎず、程よいゆるさを感じさせる雰囲気の青年は、人懐っこそうな笑みを浮かべて日和を見ていた。

「俺、迎えが来るまで暇だからゲームしに行こうとしてたんだ。良かったら、一緒に遊ばない? といっても、この家にはロクヨンしかないけど」
「! やりたいです!!」

 古いゲーム機ではあるが、日和にとって”ロクヨン”はドンピシャの世代である。小学生の頃は、よく弟とロクヨンで遊んだ。魅力的なお誘いに目を輝かせる日和を見て、青年は笑う。

「じゃあ、行こう」
「あ、でも……勝手に動いていいのか分からなくて」
「大丈夫だよ。総一郎そういちろうには、俺が誘ったって言っておくからさ」

 青年は後ろに控えていた女中の一人に声を掛ける。伝言を頼まれた女中の一人が、青年に頭を下げて去っていった。青年はニコリと笑って日和を見る。

「これで大丈夫だよ。どうする?」
(……このまま此処にいても暇だし。誰かとゲームする機会も滅多にない事だし、何より面白そう)
 少し迷ったが、日和は青年についていく事にした。

 離れの玄関から靴を取ってきて、日和は青年と一緒に離れを出た。

「俺は上総之介かずさのすけ。お姉さんは、総一郎が言っていた”日和さん”?」
「はい。赤間日和です」
 上総之介は総一郎から事情を聞いているようだ。年下に見える上総之介が総一郎を呼び捨てにしている事から考えて、二人は親しい間柄なのだろう。

「今回のこと、本当にごめんね。鬼降魔きごうまの問題に、無関係な君を巻き込んでしまった」
「あ、いえ。気にしないでください」
 上総之介に悲しい顔で謝られ、どう答えればいいのか分からず、日和はありきたりな言葉を返す。

「お詫びと言ってはなんだけど、これあげる」
 上総之介はズボンのポケットから取り出した物を日和の手に握らせる。

 それは、小さな人形だった。
 黒い目が二つとV字型の口の人型の人形。可愛い顔をしているが、模様のような読み取れない文字が書かれた布で、ミイラのように頭と体をグルグル巻きにされている。

「俺が作った『身代わり守り』だよ。使い切りだけど、持ち主を呪いから守ってくれる。君が傷つけられる事はないと思うけど、念の為にね」

 『身代わり守り』は、日和も神社やお寺で見かけた事があった。

「ありがとうございます」
 日和は礼を言って、身代わり守りをスカートのポケットにしまった。

 上総之介の後について、縁側から母屋おもやの一室に上がる。
 生活感を感じさせない程に綺麗に片付けられた和室には、テレビが置いてあった。一緒にいた女中が、押し入れからゲーム機を取り出して、テレビの前に置く。

「わぁ、懐かしい!」
 久しぶりに見た懐かしのゲーム機に、日和のテンションが上がる。ケーブルやコントローラーを上総之介と日和で繋げた。

「どれやりたい?」
 並べられた数本のカセットは、子供の頃によく遊んだ懐かしいゲーム。日和は弟とよく遊んでいたカセットを指差した。

 二人でゲームを始める。上総之介もゲームは久しぶりだと言っていたが、かなり強かった。日和は結構負けたが、たまに勝てた。子供のように大声ではしゃぎながら、二人で笑い合う。飽きたら違うゲームに変え、二人は心ゆくまでゲームを楽しんだ。

「若、お迎えに上がりました」
 上総之介を迎えに来たのか、黒いスーツを着た男性が部屋を訪れた。

「え? もうそんな時間?」

 上総之介と日和が部屋の時計に目をやると、午後六時を過ぎていた。
 時間を忘れる程に楽しんでいた二人が名残惜しくもコントローラーから手を離すと、部屋の隅に控えていた女中が素早くゲームを片付けていく。

「楽しかった。ありがとう、日和さん。また遊ぼうね」
 上総之介は立ち上がると、笑顔で手を振って去っていった。日和は外を見る。

 夜が近づいていた。


***


 夕食をとる為に、女中から寝泊りする離れとは別の離れへ案内される。

 室内に入れば、険悪な雰囲気の碧真と美梅みうめがいた。
 美梅は斜め向かいの席にいる碧真を睨みつけている。碧真は胡座あぐらをかいて座り、不機嫌顔でそっぽを向いていた。

 上総之介とゲームしていた時の和やかで楽しい空間と、目の前の空間の温度差に日和はスンと表情を消した。

 日和は女中に促されて、美梅の隣の席に腰を下ろす。

「日和さん。さっきは、ごめんなさい」
 美梅が頭を下げてきた。日和は慌てて首を横に振る。

「あ、いや、謝らなくても大丈夫だから」
へび憑きが悪かったけど、あなたのことを配慮していなかったもの。巳憑きが悪いけど」

 碧真が悪いことを二度も強調する美梅。碧真が舌打ちする。
 二人の険悪な雰囲気にも慣れているのか、女中達は平然と仕事をこなして食事の場を整えていく。日和は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 食事の準備が終わり、総一郎とじょうが部屋に入ってきた。

 全員揃ったところで、静かな食事が開始される。

(……食べる事に集中しよう)
 険悪な雰囲気を変えようとする努力は最初から放棄する。この空気の中で喋る勇気はないし、失敗して更に空気が凍る事態は避けたい。

 見た目も華やかで旬の食材達の新鮮で繊細な料理に、日和のお腹も心も救われる。デザートに出てきた大好物の桃を日和は味わって食べた。

 食後のお茶が出てきたところで、ようやく総一郎が口を開く。

「さて、今夜の事について話しましょうか」

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