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第1部 大韓の建国

【由子と趙嬋②】

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 晴れたとは言え、膝下まで雪で埋もれて足を取られ、歩くだけでも体力を消耗して行く。暫く歩いていると、茂みがガサガサと揺れた気がした。
「避けろ!」
由子は飛び退きながら、怒鳴った。茂みの中から白い雪に覆われた手玉が飛び出て来たかと思うと、仲間1人の顔半分が吹き飛んでいた。鮮血が霧の様に辺りに吹き散らすと、真っ白な大地と重なって、より一層鮮やかな朱に見えた。ゆっくりと仲間が倒れる様は、スローモーションみたいに流れていた。
 それは、仲間を倒すと、斜め前にいた仲間にも襲いかかった。咄嗟に抜刀して、振り下ろされた前脚の一撃を受け止め様としたが吹き飛ばされ、上にのしかかって来ると、執拗に顔面を前脚で殴られ、顔の形が変わった頃には動かなくなっていた。そのまま仲間の顔に齧り付くと、食いちぎって食べ始めた。
 ヒグマは内臓は勿論だが、大好物なのは顔などの突起物であり、獲物の鼻、耳、眼球、頬骨などを美味そうに齧り付くのだ。400kgにもなる体重をかけて獲物を押さえつけ、生きたまま食べ始める。これがネコ科やイヌ科であれば、獲物の首に噛み付いて窒息死させた後から食べ始める。しかしヒグマの場合は、生きたまま食べるのだ。絶命するまでの間、恐怖と苦痛、絶望を味わい続けるのだ。犬の嗅覚は人間の1万倍以上と言われているが、ヒグマの嗅覚はその犬の100倍である。餌と認識した獲物に対して、異常とも言えるほどの執着を持つ。かつてアイヌ民族がヒグマに襲われて食われる事件が起こった。半分食い散らかされて、埋められた遺体を取り戻して葬式を行っている所へヒグマが現れて遺体を咥えると、森に去って行ったと言う。ヒグマが遺体を埋めていたのは、食い残した獲物を他の肉食獣や虫から守る為であり、また腐りかけの肉が大好物である為でもあった。またその巨体からは信じられないほど俊敏であり、走っても時速60km以上だ。逃げ切る事はまず不可能である。
 ヒグマは身に危険を感じて二本足で立ち上がると、両手を広げて身体を大きく見せて威嚇して来た。自分よりも遥かに小さい奇妙な姿をしている猿が、全身から放つ異様な殺気に対して怯んだ。しかし、猿2匹を仕留めてようやく得た獲物だ。ここで諦めるのは惜しい。そう思ったのか、体格差を活かして覆い被さる様に前脚の一撃を加えると、驚いた事に受け止められた。
「うぉおおお!」
立ち上がったヒグマが、倒れ込みながら繰り出された前脚の一撃を、左手一本で受け止めると、そのまま後方へ投げ飛ばした。
 ヒグマは雪で覆われた大地に背中を打ち付けたが、ほとんどダメージは受けておらず、直ぐに起き上がった。その目の前に現れて神速の斬撃を繰り出すと、左前脚を半分斬り落とした。続けて突きを繰り出して右目を潰すと、ようやくヒグマは逃げて行った。
 由子は2人の遺体を担がせて遼へと急いだ。6人いた仲間が半分になっていた。
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