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第七章 複雑なる縁
38 ピアノと軍馬
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ゲルトルートが選んだピアノ教室は、旧市街の瀟洒な屋敷で、エリーゼの足で片道20分ほどの距離にあった。
現役の音楽家であるミカエリス子爵が、エリーゼのピアノを週に二回(帝国学院が始まったら週に一回)指導する事となった。
ミカエリス子爵は、三十代後半のいかにも芸術家然として繊細そうな上品な中年で、ピアノや音楽の事に関しては実に饒舌であった。そして、話し上手の人間によくあることで、ポイントを押さえて教えるのも上手だともっぱらの評判であった。
ゲルトルートは、エリーゼがピアノ教室に通いたいと言った三日後には、ミカエリス子爵に話をつけて、彼の屋敷までエリーゼを歩かせる事にした。そして、最初の日は、自分が付き添いとして送り迎えをしたのだった。
エリーゼが、はじめてピアノ教室に行くと、そこには、3人の同い年ぐらいの少女達が既に室内に入っていて、ピアノの小授業を受けるのを待っていた。
(え? シュルナウのピアノ教室ってこんな感じ??)
エリーゼは目が点になった。
ゲルトルートは当然のような顔をしている。
すぐに、ミカエリス子爵が教室のために開放している広い室内にやってきて、授業を開始した。エリーゼは初めての事で驚いたが、授業は約二時間で、子爵が、黒板いっぱいにピアノの知識とテクニックなどを、情熱的に書き込んで熱弁するターンと、子ども達が順番にピアノを弾いてお互いに意見交換をするターンが、交互二回ずつあった。
どうやら、現代日本とは違う形式であるらしい。
エリーゼはびっくりしたのもつかの間、音楽について熱を込めて語る子爵の様子に感銘を受け、非常に面白い気持ちで授業を受けた。
二時間、ゲルトルートと一緒にピアノの授業を受けたエリーゼは、帰り際に、子爵に
「肩の力を抜いて」
などと、声をかけられた。
「今日は初めてで緊張していたんだろうけれど、何もそんなに固くなる事はない。ピアノの音が強ばってしまうよ。ピアノを、愛してね」
子爵がおっとりとした口調でそう言ってくれたので、エリーゼも大分気が落ち着いた。
旧市街に出ると、ピアノの鞄を抱えて、同じ方角にてくてくと歩いて行く女の子を見かけた。
同じ教室に通う、ヨゼフィーネ・フォン・クレッテンベルクである。
確か近所の伯爵家の令嬢と聞いていたが、供回りもつけずに、平然と歩いているようだった。
同い年ぐらいのピアノ好きの令嬢に、エリーゼは興味を覚えたが、そのときは、ゲルトルートと帰路についていたため、話しかける事などはなかった。
ほぼ同日。
その年の、一月の十八日の話である。
近衛府に、アイブリンガー社の新型の機動軍馬が搬入された。
搬入されると同時に、アイブリンガー社の技術者が簡単な講義を開き、新型と旧型の性能について詳細を伝えてくれた。
質疑応答の後、早速、機動軍馬に乗って試験走行をすることとなった。無論、アイブリンガー社の方では試験走行はすませているのだが、念を入れて軍部でも点検することとなったのである。
当然ながら、近衛府における機動軍馬の名手を選んで走らせる事になった。
「そうだな、アスラン」
ベンは当然のように、可愛がっている近衛中将を呼んだ。
「それにフォンゼル。ジークヴァルト」
アスランは思わず目を上げた。どちらも、自分と同じ近衛中将の名前である。
フォンゼル・ライアン・フォン・クーベルフ。
彼は、アスランと同期で、リュウとはまた別格の親友である。
そしてジークヴァルトと言ったらジークヴァルトしかいない。ジークヴァルト・ディートリッヒ・アル・ガーミディ。
彼は、実のところ、アスランと同じ近衛府の中将なのであった。
アスランとジークヴァルトの目が一瞬あった。途端に、二人は絶対に引き下がれない空気を感じ取り、お互いに視線をそらせなくなった。
「今から、調練場で、機動軍馬の試験走行を始める。軍馬は既に、調練場に出してある。すぐ来い。他の奴も、心して見学するように」
近衛大将は、近衛府の略式の制服のまま、短いマントを翻して、さっさと練馬に向かっていった。それが合図でアスランとジークヴァルトは同時に視線を外し、大将に続いて練馬へと急いだ。
新型の機動軍馬は、旧型のものよりも一回り大きく、乗馬の際の安定性に細心の注意を払ったものだと聞いていた。
アスランに用意されたのは漆黒の機動軍馬で、長い首の下の周りに小型のマシンガン、そして腹の横にはランチャーを備えたものであった。
その名をスレイプニール。
色と製造順に名前が分けてつけられている。さらに、高性能のAIを搭載した機動軍馬は、騎手の性格に応じて”成長する”と言う代物だった。
馬力はアイブリンガー社の中でもトップクラス。どこの戦場に出しても、力で押し負ける事はないだろう、全ては機動軍馬を乗りこなす騎手次第だと言う話だった。
ジークヴァルトは金色、フォンゼルは青色の、アスランと同型の軍馬を与えられ、練馬のコースの方へと進み出てきた。
三人とも、伊達に中将は名乗っていない。機動軍馬を乗りこなす腕には自信があった。
「俺が合図をしたら、この練馬のコースを三周。一番最初にコースを回りきった奴の価値だ。レース中に、互いへの妨害や攻撃は許可。ただし相手の命を奪うようなやり方はするな。わかったな」
三人は勢いよく返事をした。
似たような訓練は常日頃から行われている。望むところだとも言えた。特に--ジークヴァルトは。
(アスランとイヴは破談になりそうだと、イレーネから聞いていたが……。いずれ、新興勢力など、歴史と伝統を誇る皇帝陛下のそばに接近していいはずがない。今のうちに調子に乗らないように自信をへしおってやる)
そういうつもりでいる。
「……START!」
ベンは、大きく右腕を振って叫んだ。アスラン達は同時に、機動軍馬の首に縄をかけ、軍馬をコースへと突撃させた。
近衛府の調練場は広い。だだっ広い平らな空間の約半分が、機動軍馬を走らせるコースになるのだが、白線が引かれているアスファルトのそれは、外周1050メートル、幅50メートル。左側は調練場のグラウンドにつながっていてがら空きだが、右側は鉄条網が張り巡らされ、その向こうは雑木林になっている。
三機のスレイプニールはベンの合図に応じて一気に走り出した。
まず、競馬の先馬のごとく走り出したのはアスランだった。アスランの騎乗する軍馬はスレイプニール=極夜.0。アスランは他の二機と距離を離すために一気に駆け出した。
「させるか!」
青いスレイプニール=蒼星mark2に乗るフォンゼルが、すかさず小型マシンガンを連射して、極夜の腰から後ろ足を狙う。足下をぐらつかせれば、こちらのものだ。
だが、非常識な事にアスランはそれを無視して、一気に極夜のスピードを上げていった。既に、法定速度は大幅に超えている。
「スルーかよ」
軽く毒づくとフォンゼルは、マシンガンを連射しながら自分も蒼星の速度を上げ、振動でぐらつきながらも絶妙なバランス感覚を見せてアスランを追った。
アスランは相変わらず無視。走る時は走る事に集中する性格である。どんどん速度をあげてフォンゼルを振り切ろうとする。それを感じたフォンゼルは、射撃の方に気を取られているとアスランに差をつけられると察知。自分も、銃機器に気を散らすことはやめ、軍馬の高速操縦に集中し始めた。
フォンゼルがアスランに追いつき始めると当然アスランは平気で速度を上げて振り切ろうとする、そのまま一周--
と思った途端に、ミサイルがすっ飛んできて、いきなりアスランが狙撃された。
現役の音楽家であるミカエリス子爵が、エリーゼのピアノを週に二回(帝国学院が始まったら週に一回)指導する事となった。
ミカエリス子爵は、三十代後半のいかにも芸術家然として繊細そうな上品な中年で、ピアノや音楽の事に関しては実に饒舌であった。そして、話し上手の人間によくあることで、ポイントを押さえて教えるのも上手だともっぱらの評判であった。
ゲルトルートは、エリーゼがピアノ教室に通いたいと言った三日後には、ミカエリス子爵に話をつけて、彼の屋敷までエリーゼを歩かせる事にした。そして、最初の日は、自分が付き添いとして送り迎えをしたのだった。
エリーゼが、はじめてピアノ教室に行くと、そこには、3人の同い年ぐらいの少女達が既に室内に入っていて、ピアノの小授業を受けるのを待っていた。
(え? シュルナウのピアノ教室ってこんな感じ??)
エリーゼは目が点になった。
ゲルトルートは当然のような顔をしている。
すぐに、ミカエリス子爵が教室のために開放している広い室内にやってきて、授業を開始した。エリーゼは初めての事で驚いたが、授業は約二時間で、子爵が、黒板いっぱいにピアノの知識とテクニックなどを、情熱的に書き込んで熱弁するターンと、子ども達が順番にピアノを弾いてお互いに意見交換をするターンが、交互二回ずつあった。
どうやら、現代日本とは違う形式であるらしい。
エリーゼはびっくりしたのもつかの間、音楽について熱を込めて語る子爵の様子に感銘を受け、非常に面白い気持ちで授業を受けた。
二時間、ゲルトルートと一緒にピアノの授業を受けたエリーゼは、帰り際に、子爵に
「肩の力を抜いて」
などと、声をかけられた。
「今日は初めてで緊張していたんだろうけれど、何もそんなに固くなる事はない。ピアノの音が強ばってしまうよ。ピアノを、愛してね」
子爵がおっとりとした口調でそう言ってくれたので、エリーゼも大分気が落ち着いた。
旧市街に出ると、ピアノの鞄を抱えて、同じ方角にてくてくと歩いて行く女の子を見かけた。
同じ教室に通う、ヨゼフィーネ・フォン・クレッテンベルクである。
確か近所の伯爵家の令嬢と聞いていたが、供回りもつけずに、平然と歩いているようだった。
同い年ぐらいのピアノ好きの令嬢に、エリーゼは興味を覚えたが、そのときは、ゲルトルートと帰路についていたため、話しかける事などはなかった。
ほぼ同日。
その年の、一月の十八日の話である。
近衛府に、アイブリンガー社の新型の機動軍馬が搬入された。
搬入されると同時に、アイブリンガー社の技術者が簡単な講義を開き、新型と旧型の性能について詳細を伝えてくれた。
質疑応答の後、早速、機動軍馬に乗って試験走行をすることとなった。無論、アイブリンガー社の方では試験走行はすませているのだが、念を入れて軍部でも点検することとなったのである。
当然ながら、近衛府における機動軍馬の名手を選んで走らせる事になった。
「そうだな、アスラン」
ベンは当然のように、可愛がっている近衛中将を呼んだ。
「それにフォンゼル。ジークヴァルト」
アスランは思わず目を上げた。どちらも、自分と同じ近衛中将の名前である。
フォンゼル・ライアン・フォン・クーベルフ。
彼は、アスランと同期で、リュウとはまた別格の親友である。
そしてジークヴァルトと言ったらジークヴァルトしかいない。ジークヴァルト・ディートリッヒ・アル・ガーミディ。
彼は、実のところ、アスランと同じ近衛府の中将なのであった。
アスランとジークヴァルトの目が一瞬あった。途端に、二人は絶対に引き下がれない空気を感じ取り、お互いに視線をそらせなくなった。
「今から、調練場で、機動軍馬の試験走行を始める。軍馬は既に、調練場に出してある。すぐ来い。他の奴も、心して見学するように」
近衛大将は、近衛府の略式の制服のまま、短いマントを翻して、さっさと練馬に向かっていった。それが合図でアスランとジークヴァルトは同時に視線を外し、大将に続いて練馬へと急いだ。
新型の機動軍馬は、旧型のものよりも一回り大きく、乗馬の際の安定性に細心の注意を払ったものだと聞いていた。
アスランに用意されたのは漆黒の機動軍馬で、長い首の下の周りに小型のマシンガン、そして腹の横にはランチャーを備えたものであった。
その名をスレイプニール。
色と製造順に名前が分けてつけられている。さらに、高性能のAIを搭載した機動軍馬は、騎手の性格に応じて”成長する”と言う代物だった。
馬力はアイブリンガー社の中でもトップクラス。どこの戦場に出しても、力で押し負ける事はないだろう、全ては機動軍馬を乗りこなす騎手次第だと言う話だった。
ジークヴァルトは金色、フォンゼルは青色の、アスランと同型の軍馬を与えられ、練馬のコースの方へと進み出てきた。
三人とも、伊達に中将は名乗っていない。機動軍馬を乗りこなす腕には自信があった。
「俺が合図をしたら、この練馬のコースを三周。一番最初にコースを回りきった奴の価値だ。レース中に、互いへの妨害や攻撃は許可。ただし相手の命を奪うようなやり方はするな。わかったな」
三人は勢いよく返事をした。
似たような訓練は常日頃から行われている。望むところだとも言えた。特に--ジークヴァルトは。
(アスランとイヴは破談になりそうだと、イレーネから聞いていたが……。いずれ、新興勢力など、歴史と伝統を誇る皇帝陛下のそばに接近していいはずがない。今のうちに調子に乗らないように自信をへしおってやる)
そういうつもりでいる。
「……START!」
ベンは、大きく右腕を振って叫んだ。アスラン達は同時に、機動軍馬の首に縄をかけ、軍馬をコースへと突撃させた。
近衛府の調練場は広い。だだっ広い平らな空間の約半分が、機動軍馬を走らせるコースになるのだが、白線が引かれているアスファルトのそれは、外周1050メートル、幅50メートル。左側は調練場のグラウンドにつながっていてがら空きだが、右側は鉄条網が張り巡らされ、その向こうは雑木林になっている。
三機のスレイプニールはベンの合図に応じて一気に走り出した。
まず、競馬の先馬のごとく走り出したのはアスランだった。アスランの騎乗する軍馬はスレイプニール=極夜.0。アスランは他の二機と距離を離すために一気に駆け出した。
「させるか!」
青いスレイプニール=蒼星mark2に乗るフォンゼルが、すかさず小型マシンガンを連射して、極夜の腰から後ろ足を狙う。足下をぐらつかせれば、こちらのものだ。
だが、非常識な事にアスランはそれを無視して、一気に極夜のスピードを上げていった。既に、法定速度は大幅に超えている。
「スルーかよ」
軽く毒づくとフォンゼルは、マシンガンを連射しながら自分も蒼星の速度を上げ、振動でぐらつきながらも絶妙なバランス感覚を見せてアスランを追った。
アスランは相変わらず無視。走る時は走る事に集中する性格である。どんどん速度をあげてフォンゼルを振り切ろうとする。それを感じたフォンゼルは、射撃の方に気を取られているとアスランに差をつけられると察知。自分も、銃機器に気を散らすことはやめ、軍馬の高速操縦に集中し始めた。
フォンゼルがアスランに追いつき始めると当然アスランは平気で速度を上げて振り切ろうとする、そのまま一周--
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