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第七章 複雑なる縁
39 機動軍馬の決着
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「!?」
さすがにそれは考えていなかったアスラン。フォンゼルがついてきているのですっかりその気になっていたのだが、一周を捨てたジークヴァルトが、元の位置から全く動かずそこに突っ立って、寄ってきたアスランとフォンゼルに遠距離から何の良心の呵責も感じさせないミサイルランチャーの乱射を始めた。
「あいつがいたか!」
極夜を飛ばす事に夢中で半ばジークヴァルトの存在を忘れていたアスラン。
「そういう奴だったわ……」
フォンゼルは眼鏡の下で顔をしかめ、ランチャーの煙に咳き込みそうになっている。
要するに、走る事に集中しなくても、アスランとフォンゼルを仕留めた後に三周回れば自分の勝ち。そう考えたジークヴァルトは最初からそこに棒立ちして、射程範囲内に入ってきた「敵」をいけしゃあしゃあと狙撃しまくっているのである。
確かに頭がいいだろう。だが賢くはない。真面目に一周走ってきたアスランとフォンゼルは、黙ってアイコンタクト。
アスランが極夜を大きく右に寄せ、フォンゼルは蒼星を左に寄せた。そしてお互いに、阿吽の呼吸で、ジークヴァルトのスレイプニール=prototype金蓉を自分たちのマシンガンで撃ち始めた。
「二対一か!!」
連携攻撃を取り始めたアスランとフォンゼルにジークヴァルトが叫ぶ。
「当たり前だろ!!」
怒鳴るアスラン。
「お前、元から、戦場で走らないやつじゃねーか。腹案ばっかりあっためて」
さらにジークヴァルトに突っ込むフォンゼル。
実際に、戦場においてもジークヴァルトはそういう行動が特に多い。自分が損するか得するかを考えて行動している。魔王の首級をあげよ! と陛下から命令されれば何も考えずにパーティを組んで無我夢中で魔王を倒してくるのがアスラン、魔王城まで突破する度胸はないがそういう自分を自覚して、せめて魔道士軍団を引き連れ魔方陣を守護する役割をこなすのがフォンゼル。そしてジークヴァルトは、自分が大穴当てられないかと頭をひねって腹案を温めているうちに出番を逃すタイプだった。
そういうジークヴァルトの性格をある程度把握しているから……そりゃ同じ中将で同期であるから……。
ジークヴァルトも、金蓉とともによく持ちこたえたが、アスラン/フォンゼルの二人同時攻撃ではどうしようもない。分断工作を取りたくても、一周捨てても~というジークヴァルトの作戦にむかついている二人に隙はなかった。
五分とかからず、アスランとフォンゼルはジークヴァルトを倒してしまうと、元の二人の追いかけっこに戻った。
そして結局、勝者はアスランであった……。何しろ、アスランは、飛ばすと決めたらどこまでも飛ばす性格なので、常識がセーブするフォンゼルに比べこういう場面は本当に強いのである。
「勝者アスラン! ……気を引き締めていけよ」
中将三人のじゃれ合いをたっぷり見物したベンは含み笑いをもらしながらそう言った。
年の離れた大将からしてみれば、そんなものである。
エリーゼはピアノの練習を続ける日々を送っていた。
初日はゲルトルートの案内で教室まで行ったが、次の回からは、一人で20分歩いてミカエリス子爵の教室へと向かった。
ゲルトルートはメイドのパウラでも連れて行けと言ったが、前回の教室でも、大人の付き添いをつれてきているのはエリーゼだけで、彼女は「教室で浮いてしまうから」と供回りを断った。
ゲルトルートは渋ったが、確かに、エリーゼが教室になじめなくてすぐにやめてしまったらもったいない。彼女の言う通り、一人で行かせたのである。そのかわり、行き帰りは明るくて広い通りを通って十分注意するようにと言い含めた。
そのことは、エリーゼはわかっていた。アスランのパーティで、彼がビンデバルドの令嬢に”風の毒針”を使った事を、ハインツにはすぐ報告したからである。ハインツは表情を変えなかったが、事細かにエリーゼにその前後の様子を話させた。
その上で、エリーゼがビンデバルドのイレーネに目をつけられた可能性を考えたようだった。だが、あの場でエリーゼは、クレメンスのメロディを奏でただけなので、イレーネは「偶然」の出来事と捉えているかもしれない……。そこが微妙な判定なのである。
実際、イレーネは、目立ちたがり屋の地獣人の姫達が、みなしごをちやほやして点数稼ぎをしていると、いやらしい考え方をしており、目下、エリーゼはたまたまピアノを弾いただけの田舎者の孤児! ぐらいにしか思っていなかった。
だが、ハインツにはそれはわからない。娘がビンデバルドのターゲットに入ったか、入っていないのか……?
そういう話をされたのだが、エリーゼとしては、イレーネがその後自分に絡んでこないので、多分、偶然と思われただろうと報告していたし、そのつもりだった。
警戒していて損する事はないだろうが……。
ピアノ教室に行くと、まだ予定より少し早い時間だったので、グランドピアノがおいてある部屋で少しの間待つ事になった。
一人で、隅っこの席に座り、机にピアノの鞄を引っかけて、エリーゼはぼんやり考え込んだ。考える事なら山ほどあった。ピアノの事もだったが、アスランのこと、イレーネのこと、春から始まる帝国学院のこと、など、など……。
「こんにちは」
そのとき、遅れて部屋に入ってきた女子が、エリーゼに声をかけてくれた。
「あ、……こんにちは。クレッテンベルク……さん?」
びっくりしてエリーゼはうつむいていた顔を上げた。
そこには、やや濃い灰色の髪を一本結びの三つ編みにした、銀灰色の目の女の子が立っていた。にこにこ笑いながら、会釈して、エリーゼの隣の席に座る。
「そう。私、ヨゼフィーネ・フォン・クレッテンベルク。これからよろしくね」
「あ、はい、よろしく……」
エリーゼは胸が苦しくなるのを感じて、そんな自分に驚いた。
ヨゼフィーネは、自分と同い年ぐらいの女の子で、本来、エリーゼはそういう女子の事が大好きだった。
現代日本の中学時代は、学校へは、友達と遊びに通っていたタイプだったのだ。
それが……。
ネット炎上をこじらせて、中学校では誰も友達がいなくなり、最終的に、友原のゆりは、一家心中でガス自殺をしなければならなくなったのである。
親が、子どもを連れてそこまでしなければならないほどの、ネットの炎上と現実の炎上があったのだ。
最初は仲がよかった、学校へ行くのも帰るのも一緒だった友達が、のゆりに顔を背け、どこの輪にも入れなくなっていった時の衝撃。
そのことが、どういうわけか思い出された。
ヨゼフィーネはただ、にこやかに笑っている普通の女の子に過ぎないというのに。胸がバクバクする。顔が、熱い。
「ねえ、今日は、クレメンスの新しい楽譜に入るのよね。練習してきた?」
結構、おしゃべりな性質なのか、ヨゼフィーネは、練習曲集を開きながらエリーゼにそう聞いた。
「弾いてきたけれど、トリルのところが少し難しくって……ヨゼフィーネさんは?」
自分の異常な緊張を、必死に覆い隠しながら、エリーゼはそう答えた。
「あ~、トリルのところ、指がつまずくよね。私もよ。エリザベートさんも、そうなのね。今日、先生の前で失敗なく弾けるかな」
ピアノ教室なら、どこにでもあるような会話。
神聖バハムート帝国の楽譜にも、ピアノ教室で配るようなものであれば、指を運ぶ1 2 3 4 5 の数字は打ってある。だが、トリルのように素早く動かすところになると、なかなか運指運動が必要になってくるのであった。
エリーゼもヨゼフィーネも、現代日本で言うハノンに当たる、運指運動の楽譜もすすめるように言われていたので、しばらく、指の動かし方の話をした後、自然と、自分が弾ける好きな曲の話になった。
「私、ミカエリスのソナタが好きなの。今は、簡単な、7番や4番しか弾けないけれど、いつか堂々と、アスランさまの好きなソナタの18番とかを弾いてみたいわ」
「アスランさま?」
話し込んでいるうちに夢中になったのか、ヨゼフィーネはぽろっとアスランの名を言った。だが、そのとき、他の二人の生徒を連れて、ミカエリス子爵が部屋に入ってきたので、二人は私語をやめ、真面目な顔でピアノの方を向いた。
さすがにそれは考えていなかったアスラン。フォンゼルがついてきているのですっかりその気になっていたのだが、一周を捨てたジークヴァルトが、元の位置から全く動かずそこに突っ立って、寄ってきたアスランとフォンゼルに遠距離から何の良心の呵責も感じさせないミサイルランチャーの乱射を始めた。
「あいつがいたか!」
極夜を飛ばす事に夢中で半ばジークヴァルトの存在を忘れていたアスラン。
「そういう奴だったわ……」
フォンゼルは眼鏡の下で顔をしかめ、ランチャーの煙に咳き込みそうになっている。
要するに、走る事に集中しなくても、アスランとフォンゼルを仕留めた後に三周回れば自分の勝ち。そう考えたジークヴァルトは最初からそこに棒立ちして、射程範囲内に入ってきた「敵」をいけしゃあしゃあと狙撃しまくっているのである。
確かに頭がいいだろう。だが賢くはない。真面目に一周走ってきたアスランとフォンゼルは、黙ってアイコンタクト。
アスランが極夜を大きく右に寄せ、フォンゼルは蒼星を左に寄せた。そしてお互いに、阿吽の呼吸で、ジークヴァルトのスレイプニール=prototype金蓉を自分たちのマシンガンで撃ち始めた。
「二対一か!!」
連携攻撃を取り始めたアスランとフォンゼルにジークヴァルトが叫ぶ。
「当たり前だろ!!」
怒鳴るアスラン。
「お前、元から、戦場で走らないやつじゃねーか。腹案ばっかりあっためて」
さらにジークヴァルトに突っ込むフォンゼル。
実際に、戦場においてもジークヴァルトはそういう行動が特に多い。自分が損するか得するかを考えて行動している。魔王の首級をあげよ! と陛下から命令されれば何も考えずにパーティを組んで無我夢中で魔王を倒してくるのがアスラン、魔王城まで突破する度胸はないがそういう自分を自覚して、せめて魔道士軍団を引き連れ魔方陣を守護する役割をこなすのがフォンゼル。そしてジークヴァルトは、自分が大穴当てられないかと頭をひねって腹案を温めているうちに出番を逃すタイプだった。
そういうジークヴァルトの性格をある程度把握しているから……そりゃ同じ中将で同期であるから……。
ジークヴァルトも、金蓉とともによく持ちこたえたが、アスラン/フォンゼルの二人同時攻撃ではどうしようもない。分断工作を取りたくても、一周捨てても~というジークヴァルトの作戦にむかついている二人に隙はなかった。
五分とかからず、アスランとフォンゼルはジークヴァルトを倒してしまうと、元の二人の追いかけっこに戻った。
そして結局、勝者はアスランであった……。何しろ、アスランは、飛ばすと決めたらどこまでも飛ばす性格なので、常識がセーブするフォンゼルに比べこういう場面は本当に強いのである。
「勝者アスラン! ……気を引き締めていけよ」
中将三人のじゃれ合いをたっぷり見物したベンは含み笑いをもらしながらそう言った。
年の離れた大将からしてみれば、そんなものである。
エリーゼはピアノの練習を続ける日々を送っていた。
初日はゲルトルートの案内で教室まで行ったが、次の回からは、一人で20分歩いてミカエリス子爵の教室へと向かった。
ゲルトルートはメイドのパウラでも連れて行けと言ったが、前回の教室でも、大人の付き添いをつれてきているのはエリーゼだけで、彼女は「教室で浮いてしまうから」と供回りを断った。
ゲルトルートは渋ったが、確かに、エリーゼが教室になじめなくてすぐにやめてしまったらもったいない。彼女の言う通り、一人で行かせたのである。そのかわり、行き帰りは明るくて広い通りを通って十分注意するようにと言い含めた。
そのことは、エリーゼはわかっていた。アスランのパーティで、彼がビンデバルドの令嬢に”風の毒針”を使った事を、ハインツにはすぐ報告したからである。ハインツは表情を変えなかったが、事細かにエリーゼにその前後の様子を話させた。
その上で、エリーゼがビンデバルドのイレーネに目をつけられた可能性を考えたようだった。だが、あの場でエリーゼは、クレメンスのメロディを奏でただけなので、イレーネは「偶然」の出来事と捉えているかもしれない……。そこが微妙な判定なのである。
実際、イレーネは、目立ちたがり屋の地獣人の姫達が、みなしごをちやほやして点数稼ぎをしていると、いやらしい考え方をしており、目下、エリーゼはたまたまピアノを弾いただけの田舎者の孤児! ぐらいにしか思っていなかった。
だが、ハインツにはそれはわからない。娘がビンデバルドのターゲットに入ったか、入っていないのか……?
そういう話をされたのだが、エリーゼとしては、イレーネがその後自分に絡んでこないので、多分、偶然と思われただろうと報告していたし、そのつもりだった。
警戒していて損する事はないだろうが……。
ピアノ教室に行くと、まだ予定より少し早い時間だったので、グランドピアノがおいてある部屋で少しの間待つ事になった。
一人で、隅っこの席に座り、机にピアノの鞄を引っかけて、エリーゼはぼんやり考え込んだ。考える事なら山ほどあった。ピアノの事もだったが、アスランのこと、イレーネのこと、春から始まる帝国学院のこと、など、など……。
「こんにちは」
そのとき、遅れて部屋に入ってきた女子が、エリーゼに声をかけてくれた。
「あ、……こんにちは。クレッテンベルク……さん?」
びっくりしてエリーゼはうつむいていた顔を上げた。
そこには、やや濃い灰色の髪を一本結びの三つ編みにした、銀灰色の目の女の子が立っていた。にこにこ笑いながら、会釈して、エリーゼの隣の席に座る。
「そう。私、ヨゼフィーネ・フォン・クレッテンベルク。これからよろしくね」
「あ、はい、よろしく……」
エリーゼは胸が苦しくなるのを感じて、そんな自分に驚いた。
ヨゼフィーネは、自分と同い年ぐらいの女の子で、本来、エリーゼはそういう女子の事が大好きだった。
現代日本の中学時代は、学校へは、友達と遊びに通っていたタイプだったのだ。
それが……。
ネット炎上をこじらせて、中学校では誰も友達がいなくなり、最終的に、友原のゆりは、一家心中でガス自殺をしなければならなくなったのである。
親が、子どもを連れてそこまでしなければならないほどの、ネットの炎上と現実の炎上があったのだ。
最初は仲がよかった、学校へ行くのも帰るのも一緒だった友達が、のゆりに顔を背け、どこの輪にも入れなくなっていった時の衝撃。
そのことが、どういうわけか思い出された。
ヨゼフィーネはただ、にこやかに笑っている普通の女の子に過ぎないというのに。胸がバクバクする。顔が、熱い。
「ねえ、今日は、クレメンスの新しい楽譜に入るのよね。練習してきた?」
結構、おしゃべりな性質なのか、ヨゼフィーネは、練習曲集を開きながらエリーゼにそう聞いた。
「弾いてきたけれど、トリルのところが少し難しくって……ヨゼフィーネさんは?」
自分の異常な緊張を、必死に覆い隠しながら、エリーゼはそう答えた。
「あ~、トリルのところ、指がつまずくよね。私もよ。エリザベートさんも、そうなのね。今日、先生の前で失敗なく弾けるかな」
ピアノ教室なら、どこにでもあるような会話。
神聖バハムート帝国の楽譜にも、ピアノ教室で配るようなものであれば、指を運ぶ1 2 3 4 5 の数字は打ってある。だが、トリルのように素早く動かすところになると、なかなか運指運動が必要になってくるのであった。
エリーゼもヨゼフィーネも、現代日本で言うハノンに当たる、運指運動の楽譜もすすめるように言われていたので、しばらく、指の動かし方の話をした後、自然と、自分が弾ける好きな曲の話になった。
「私、ミカエリスのソナタが好きなの。今は、簡単な、7番や4番しか弾けないけれど、いつか堂々と、アスランさまの好きなソナタの18番とかを弾いてみたいわ」
「アスランさま?」
話し込んでいるうちに夢中になったのか、ヨゼフィーネはぽろっとアスランの名を言った。だが、そのとき、他の二人の生徒を連れて、ミカエリス子爵が部屋に入ってきたので、二人は私語をやめ、真面目な顔でピアノの方を向いた。
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