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転生したらまた魔女の男子だった件

71.カルロッタ先生と学ぶ赤ん坊の発達

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 スリーズちゃんの生まれた日、僕は眠くて帰りにセイラン様の背中で眠ってしまった。僕の体勢が崩れても落ちないようにセイラン様は風の術で支えてくれていた。

 目が覚めると小学校に行く時間で大急ぎで支度をする。
 まだ眠かったけれど、スリーズちゃんが生まれたことで興奮していた。
 アナ姉さんの声が聞こえる。

「遅刻しちゃうわよー!」
「待ってー! すぐ行くー!」
「マオお姉ちゃん、朝ご飯食べてる時間ないわ。ごめんなさい!」
「マオさん、ごめん!」

 謝るリラと僕にマオさんはすぐにおにぎりを作って持たせてくれた。
 魔女の森に行く途中に、お行儀が悪いのは分かっているがおにぎりを食べる。僕もリラも話したくてたまらないのだが、おにぎりを食べている間は我慢しなければいけなかった。
 おにぎりの最後のひとかけを口に入れて噛んで飲み込んで、水筒のお茶を飲んでから、僕はアナ姉さんに問いかけた。

「スリーズちゃんは、どうだった?」
「アンナマリ姉さんが診たけど、とても健康だって」
「お母さんは?」
「産んだ後ですごく疲れてるし、消耗してるけど、なんとか大丈夫よ」

 スリーズちゃんにも会いたいし、お母さんにも会いたい。
 その気持ちはリラも同じだった。

「小学校の帰りにお母さんの家に寄っちゃいけない?」
「いいと思うわよ。お社には伝えておいて、おやつは私が作りましょうね」
「アナお姉ちゃんのおやつ! 楽しみ!」

 アナ姉さんは料理の魔女と言うことで、料理がとても得意だ。どんな世界、どんな国のレシピや食材も召喚することができる魔法を使えて、魔法で料理の時間短縮もできるのだ。
 美味しいものを作れるアナ姉さんにリラは目を輝かせている。

 小学校に行くと、アナ姉さんがカルロッタ先生に説明していた。

「今朝がた、ラーイとリラには妹が生まれています。生まれるときに立ち会ったので、眠いかもしれません」
「分かりました。お母様におめでとうございますとお伝えください」
「ありがとうございます」

 僕とリラに妹が生まれたことも、カルロッタ先生にはちゃんと把握してもらっているのは安心だった。妹が生まれたことで僕とリラの生活に変化が起きるのは当然のことだから。

「ナンシーちゃん、妹が生まれたのよ! 私、お姉ちゃんになったの!」
「おめでとう、リラちゃん! よかったわね」

 リラは一番にナンシーちゃんに報告していた。ナンシーちゃんはリラを抱き締めて祝ってくれる。ナンシーちゃんも去年の夏に姉になったから、リラにとっては先輩に当たる。

「赤ちゃんに何をしてあげればいい?」
「最初は首が据わってないから、気を付けて抱っこしないといけないわ。お父さんとお母さんがいないときには抱っこはしちゃダメって約束したの」
「首が据わってないって、アンナマリお姉ちゃんも言ってた気がする。どんな感じなの?」
「自分で首を持ち上げたり、動かしたりできないし、支えないと首が後ろに倒れて行っちゃうのよ」
「それは怖い! 気をつけなきゃ」

 姉の先輩としてナンシーちゃんはリラに大事なことを教えてくれていた。僕も聞いていてよく覚えておく。

「生まれてすぐは顔にかかった布も自分で取れないから、寝ているときには注意しないといけないのよ」
「顔にかかった布も外せないの!?」
「そうよ。それくらい赤ちゃんは何もできないの」

 リラが驚いている隣りで僕も密かに驚いていた。
 僕が前世の記憶を思い出したのは生後すぐだった気がするが、やはり動きにくくて、目も見えにくかった。自分で動くことなんて全くできなかったし、着替えも全部セイラン様にしてもらっていたが、赤ちゃんは体がそんな仕組みだったなんて知らなかった。

「そろそろ授業を始めてもいいですか?」
「カルロッタ先生ごめんなさい」
「つい話し込んじゃった!」

 カルロッタ先生に声をかけられてリラと僕とナンシーちゃんは席に着く。カルロッタ先生は授業の内容を変えてくれた。

「皆さんの中には妹や弟がいるひともいると思います。今朝、ラーイくんとリラちゃんのところには赤ちゃんが生まれました。赤ちゃんの発達を勉強してみましょう」

 カルロッタ先生は黒板にゼロか月から十一か月までの数字を書いた。
 その下に文字を書いていく。

「ゼロか月の赤ちゃんは新生児と呼ばれます。首が据わっていなくて、自分で動くことはほとんどできません。目もあまり見えていないと言われています」

 昼夜の区別がつかなくて、いつでもお腹が空いたら泣き、オムツが汚れたら泣くというのは知っていたが、カルロッタ先生から改めて説明されると理解が深まる。

「一か月の赤ちゃんはふっくらしてきますが、まだまだ昼夜の区別がつかずに、短い時間間隔でお乳を欲しがります。二時間から三時間ごとにお乳をあげなければいけないお母さんがほとんどですね」

 二時間から三時間ごとだったら、母は眠る暇がないのではないだろうか。夜も昼もなく二時間から三時間ごとに呼ばれて、それ以外にもオムツ交換もある。とても一人で赤ちゃんの世話はできない気がする。

「そんなに頻繁で母は大丈夫でしょうか?」
「魔女の森では昔から親子や姉妹など、仲のいいもの同士で一緒に暮らして赤ちゃんを育てて来ました。アマリエ様も誰か頼る相手がいるでしょう」

 言われてみれば、母はアナ姉さんに頼っているし、アンナマリ姉さんにも頼っている。二人がいれば母も少しは休む時間があるかもしれない。

「二か月になると首に力が付いてきますね。腹ばいで少しだけ首を動かすことができるようになります。うんちの回数も減って来ますが、心配することではありません。消化機能が発達した証拠です」

 それまではうんちの回数が多いのかと思うとますます母が大変に感じられる。

「三か月になると、首が据わって来ます。まだ完全には据わっていない子も多いですが、少しずつ発達していきます。手の動きも発達して、両手を目の前で組み合わせたりする動きがみられます」

 そうだった。
 僕もその頃にやっと手が動かせるようになったのだった。
 でも上手く動かせなくて、手が口に当たると本能で反射的に吸ってしまって涎でびしょびしょになるのが嫌だったのを思い出した。

「四か月になるとほとんどの赤ちゃんの首が据わります。声も出すようになって、笑うようになります。オモチャなどを見せると自分から手を伸ばすような行動も出始めます」

 あれは四か月だったのか。
 いつ頃とははっきり覚えていないが、僕はおもちゃを持って涎でびしょびしょになってしまったことがある。赤ちゃんはオモチャを持つと、どうしても口に持っていってしまうのだ。
 あれは自分の意志ではないのに涎が出てすごく嫌だった。

「五か月になると、縦抱っこができるようになります。まだ一人では座れないので注意しましょう。離乳食を始めるのもこのころです。味付けをしていない滑らかに潰したものを、スプーン一杯から始めます」

 離乳食も僕はセイラン様に食べさせてもらった。
 あの離乳食はマオさんが作ったものだと記憶している。

「六か月になるとお座りの基礎ができてきます。数秒だけですが自分だけで座ることができるようになるでしょう。病気にかかりやすくなるのもこのころです」
「六か月は病気にかかりやすくなるんですか!?」
「それまではお母さんからもらった免疫があるのですが、それも弱まる頃ですね」

 カルロッタ先生の言葉に僕は声を上げてしまった。
 スリーズちゃんが六か月で病気をしたら僕は絶対に心配してしまう。

「七か月になると、お座りがかなり完成してきます。人見知りが始まるのもこのころです。指先も器用になってきていますね。掴んだものは口に持っていくので誤飲防止に努めなければいけません」

 危険なもの、飲み込んでしまいそうなものはそばに置かないというカルロッタ先生の言葉を僕は胸に刻む。

「八か月になるとお座りは完成して、はいはいが始まります」
「うちの弟は、はいはいで私のことを追い駆けて大変だったんですよ」
「腹ばいのままでしたか? 座ったままでしたか?」
「座ったまま動く赤ちゃんもいるんですか? うちの弟は腹ばいでした」
「座ったまま足で器用に動いて行く赤ちゃんもいます」

 発達はそれぞれなのだとカルロッタ先生は言うのに、僕はスリーズちゃんが定型の発達でなくても心配し過ぎないようにしようと思っていた。

「九か月ははいはいも上達してくる頃ですね。掴まり立ちを立ちを始める赤ちゃんも多くなってきます。声もたくさん出すようになって、表情も豊かになりますね」

 九か月になると掴まり立ちを始めるのか。そのときには転ばないように見ていてあげなければいけない。僕はお兄ちゃんなのだから。

「十か月になるとはいはいで後追いをする赤ちゃんが増えますね。ナンシーちゃんの弟くんもそうだったようですね。指先も発達して、二本の指で小さなものもつまむことができます。つまんだものは全部口に入れてしまうので気を付けなければいけません」

 僕も理不尽だったが、赤ちゃんの身体というのは、手にしたものを全部口に持って行ってしまうものなのだ。自分の意志とは関係なく、口に持って行く行為に僕は焦れていた記憶がある。
 スリーズちゃんが育って来たら、口に入れてはいけないものをそばに置かないように気を付けないと。

「十一か月の赤ちゃんは、前歯が生えてきます。一歳のお誕生日を迎える頃には前歯は生え揃っているでしょう。食事も食べられるようになって、お乳はほとんどいらなくなります。歯磨きが必要になるのもこの時期です」

 生まれてから一年の発達をカルロッタ先生は僕たちに教えてくれた。
 最後にカルロッタ先生は言う。

「赤ちゃんは生まれたときには何もできず、保護されて守られて育てられることを前提としています。赤ちゃんを育てるということは、それだけ環境が整っていなければ難しいことです。赤ちゃんは育てられることを前提として生まれて来る、私たちは社会性の生き物なのです」
「社会性の生き物……。どういうことですか?」
「動物は赤ん坊の時期がとても短いのに対して、人間や魔女や神族は赤ん坊や幼児の時期がとても長いのです。社会の中で育てられることを前提として生まれて来るのです」

 難しい話だったので完全には理解できなかったが、人間や魔女や神族は確かに子ども時代がとても長い。動物はすぐに乳離れして自分で食べ物を取ってくるのに、そうなるまでに十数年単位で時間がかかる。
 それが社会というシステムに支えられているとすれば、人間は確かに社会性の生き物なのだろう。

 授業が終わると僕はスリーズちゃんに会いたくなってきた。
 早く顔を見たい。
 スリーズちゃんは母と一緒にいるのだろうか。
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